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昼(5) フェゴールと泥門

 テツの講義が終わってしばらくのち、スマホがメロディを奏でた。アニソンなのはご愛嬌だ。


「あー、はいはい」

「マスター、爆撃機の回収を済ませましたわ」


 電話の相手は聡子先生。

 思い付きでメールを送って、わずか10分ほどでゴトーショップ到達とか、動作に無駄がないなぁ。

 さすがは元ガイノイド。効率効率♪ってか。

 まぁ、そんなことはともかく。


「で、使える?」

「はい。新品は問題なく。中古は多少の調整が必要ですね」

「弾薬は?」

「問題ありません」

「なら、予定通り、ポイント×××にてミッションを開始してくれ」

「了解です」


 電話を終えて、一部始終を覗き込むように見ていたテツと目が合う。


「電話の内容は語れんぞ」

「興味はない。だが、操作方法を知りたい」

「は?」

「その電話だ。やり方を教えろ」


 やり方も何も、ボタンを押して語るだけである。


「直売店に行けば、美人の受付のお姉さんが手とり足取り――」

「正直に答えろ」


 人の忠告を無視する形でテツが、ずいっと顔を近づけてきた。

 近い近い。その気がない人間には苦痛やで。


「俺の顔を見て、美人がまともに取り合うと思っているのか?」

「無理だな。こえーし」


 なるほど。テツが電話と縁がない理由も察せてしまった。


「仕方ないな」


 美少女スナイパーをしばらく待たせることになるが、まぁ、スナイパーなんて職業やってる輩は忍耐強いから、多少ぐらい大丈夫だろう。

 そういうワケで、テツにスマホの扱い方を教えてやった。


「あ」


 テツが気まずい声を発した。

 何のことはない。持ち前の馬鹿力が原因で、軽くタッチした指が液晶画面を貫通した。

 テツなら仕方がない。

 とはいえ、今からスマホを新しく取り換える時間もない。


「しゃあねぇな」


 幸い、タン地区で良かった。

 割りとまともそうな廃墟に押し入り、ダイニングルームを目指した。

 テーブルと椅子があり、まだ利用できた。

 キッチンの方には調理には使えそうにはないものの、金属製の調理器具がいくつかあった。

 動かない電子レンジまであったのは僥倖だ。


「何するんだ?」

「自分のスマホを直し、ついでにテツ専用のスマホを作ってやる」

「出来るのかよ」


 テツが目を見開いて、すごく驚いている。正直に言うとすごく気分がいい。懸念事案が無かったら、ペラペラと要らんことをしゃべりそうになるぐらいに。


「悪魔の力を使えばな」

「ん? どういうことだ。お前の力は人殺し用だろ」


 自分は否定こそしなかったが、壊れたスマホの横に探し求めていた代用品を次々と置き、準備を整えた。


「自分の力はいくつかあるんだよ。人殺し用、修理用、エロ仕掛け用……てな」

「何なんだよ、ソレ。よくわからんぞ」

「自分は昔、追われてたんだ。で、潜伏先にて生活の糧を得るために人間から様々な仕事を学んだ。人と関わる時間が長くなったせいか、いつのまにか、力の分割活用というのが出来るようになった。

 あー、悪いんだが、今しばらく自分が『良い』というまでボディビルダーの真似事をしていてくれ」


 テツの表情が理解できないところからくる険しい顔つきになったが、そこまでの説明が面倒臭い。なので、再度、「頼む」とだけ念を押した。

 テツが渋々ながら、着流しを半分はだけた姿でポージングをやりはじめた。

 その筋の方々が目撃したら、震えるに違いない。


 案の定、廃墟に隠れたあたりからこちらを舐めまわすように見つめていた(自分にしか感知できなかった)何かの視線が、ごつい大男のポージングに釘付けになる。

 割と真面目にやってくれているようで、テツの身体から大量の汗が噴き出してきて、熱を帯びた。

 それを幸いなことに何らかの視線が、微量放出魔力の源泉をテツだと認識し、気配が消えた。


「ありがとう」

「何をしたんだ?」

「ああ、今から修理用の魔力でスマホを直し、新しいのを作るわけだが、何者かに監視されていてな。修理の際に漏れ出る魔力の特定をごまかすためにテツにポージングをお願いしたのさ」

「おいおいおい、俺をエサにしてタダで済むと思うなよ」

「そうだな。あんな微量魔力で泥門が危機感を強めるとは思えんが、まぁ、テツ専用のスマホを作るからそれで勘弁してくれ」

「泥門だと!」


 最近のエメラルド・シティにおいて、泥門の名を知らない者はいない。

 大陸で急成長した新興財閥で、下手な国よりも精強な軍隊を持ち、独自のコネを活用した私設のチームをいくつか所持しているとか、何かと話題が尽きない。

 まぁ、金持ちなら仕方がない。


「その泥門が、何で魔力を調べようとするんだ?」

「そりゃあ、懐柔かいじゅうできそうにない同族から本当の出自をバラされたら困るだろ」

「何だと、泥門も悪魔なのかよ」

「ああ、それも相当上位の……な。本人は認めないだろうが」

「その言い分だと、お前、知り合いっぽいぞ」

「知り合いも何も、以前、自分が逃亡者だった時の捕まえる側だったからな。今のパートナーズのおかげでそいつに一矢報いることが出来て、自由を得たのさ」


 テツが理解の追いついていなさそうな表情で少し考えているようだ。

 その間にも自分は、用意した部品を分解し、まずはスマホの外側からの作成に入る。


「泥門のことは今はいい。次はお前のことを知りたい」

「そう云うセリフは、好きになった女に対して使えよ。気持ち悪い」

「あんまりふざけてばかりいると、骨の一つ、抜くぞ」


 作業中にもかかわらず、物騒なことを言うテツ。

 テツをチラ見すると、ふんすーっ! と顔真っ赤にして荒い鼻息を立てている。

 仕方がないので、テツのご希望通り、自分の生い立ちを軽く話した。


「人間が生まれる以前からずーーーーっと生きている悪魔がいた。

 7人な。そのうちの一人に自分がいて、泥門がいた。

 泥門は元をたどれば、この7人のリーダーと同じ出身だった。

 ちなみに出身は、神の国。

 まぁ、そんなわけで泥門のプライドは高かった。リーダーほどではないがな。

 で、彼は思ったわけだ。

 何で、長く生きていただけのコイツと同格に扱われなくてはならないのか、と。

 リーダーは自分の本当の正体を知っていたからこそ、同格にしたんだが、泥門にはリーダーの考えが読めなかった。

 耳を貸そうともしない泥門に、リーダーは未来を読んで、意見をするのをやめた。

 いずれ思い知るから、と。

 ほどなくして魔界は大戦争になった。

 リーダーが人間界に遊びに行っている間に、どちらがナンバー2かを争う動きが激化したからだ。

 自分は、7人の中で一番弱かった。だから、巻き込まれる前に人間界に逃げた。

 逃げ延びた。

 それを面白くないと思ったんだろう。

 泥門は昔のコネを用いて、神の国に居場所のない天使たちを用いて、自分の抹殺に動いた。

 自分は旅先で耳にした、独自の文化を持つ太陽神のところで落ち着くことにした」

「おい、それってまさか天照大神って言わないだろうな」


 テツが震える指先を自分に向けつつ、確認をとってきた。

 ビンゴである。かの東の国には神の子の宗教の影響が少なかった。

 その代わり、周りを海に囲まれた島国だったので、乗り込むまでが大変だった。


「乗り込む時期が良かったのだろう。そこから200年の間は実に平和だった」


 江戸幕府の鎖国期間をのちの人たちはいろいろと語るが、少なくともこの悪魔にとっては、傷ついた身体を癒やし尽くすには充分な期間だった。


「西南戦争が起こったころから、身を寄せていたアマテラスの領域にも天使の姿が増えた。

 その頃には、自分も情報収集やサバイバル能力を身につけていた。

 住み慣れた第二の故郷を離れ、再び世界を周り、仲間を得、再び戻ってきたとき、アマテラスから提案があった」

「提案?」

「どんなのかイメージ湧かないのだったら、大人しく話を聞けよ。

 まぁ、手っ取り早く言うと、自分の存在をアマテラスは政府に教えた。

 政府の中には霊的国防に関わる組織があり、政府が自分の身柄を保証する代わりに、自分はこの国の霊的国防の手助けをすることとなった」

「霊的国防とは何ぞや?」

「簡単に言うと、天使が政府の中枢に潜入しようとするのを見えない壁が防ぐ――といった防衛。最近見た映画で例えるなら、シー○ドという組織内部に深部まで入り込んでいたヒ○ラ党だな」

「その例えはよく分からんが、お前の実力で防衛とか不安でしかないんだが」

「まぁ、そうだな。天使に長いこと追いかけられていたからな。だが、この国防には自分たち7人のリーダーの助力があって、メリケン(死語)よりは堅強だ」

「ほぅ」

「プロジェクト終了後は、そのまま首都に居座り、天使系派閥を襲ったり、現金強奪したりしてのほほんと過ごしていたな。以上だ」


 あごに手を当てて理解を深めるテツの姿があった。

 その間にも、スマホの基盤を電子レンジの基盤で応用する自分。

 形も働きも違う点は、『奇跡』の力を用いて、スマホの基盤に替えた。

 手早くはんだごてを動かし、もろもろを固定して、ようやくテツ専用のスマホが出来上がった。

 パッと見た感じがタブレット端末にしか見えない大きさだが、大男のテツが扱えば不思議とスマホサイズに見えてしまう。


「それで、泥門の正体は何なんだよ」

「サタン。ルシフェルなき神の国のナンバー2気取りさ」

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