昼(4) テツと按摩
さて、若者をからかうのはほどほどにして、次の場所へと移動しようか。
「おや、テツさんじゃないですか」
出鼻を、テツと似たような体格の大男で坊主の着流しが挫いた。
「おお、ダイアンじゃねぇか。最近、活躍中だな、おい」
テツが褒められて照れくさそうにしているダイアンの背中をバンバン叩いている。
どうでもいいことだが、脳筋は人の背中をバンバン叩くの、好きだよな。
そしてさらにどうでもいいことだが、大男同士が女子校生のごとく仲睦まじく戯れる姿とか、薄い本ちっくでたぎるものがある。
「テツさんも誰かと一緒だなんて、珍しくないですか?」
「ああ。どうせすぐ伝わるだろうから言っとくが、今夜、ガロードとやる約束があってな。その条件がコイツとの1日パートナーなんだ」
別に秘密にすることでもないが、こちらの内情を身近な奴にペラペラしゃべるテツの対応は頂けない。
まぁ、悪魔だとかトリッパーだという情報、すぐに「ハイソウデスカ」と信じられるシロモノでもないけどな。
「ああ、そうだ。コイツの名はダイアン。裏稼業こそ俺たちと同じだが、俺と違って、表向きはまっとうな仕事に就いている」
「よろしく」
袖にされた自分を悪いと思ったのか、テツがダイアンを軽く紹介した。
テツと比べるとやや小ぶりな大男ダイアンと握手を交わした。
テツと同じぐらいがっちりとした腕、手首、そして握力。
テツの廃業した表の仕事が按摩師だったことから、似た職業なのだろう。
「鍼灸師だ」
「ん?」
「アンタがテツさんの手を見て俺の手を見比べていた。その上で何も聞いてこなかったから、考えていることを推測してみたんだが?」
「おお、その通りだ。ということは、裏の仕事は針で急所を一撃か」
「ああ、そうだ。一発で当てるあたり、アンタには表の仕事がないな」
「そうだな。趣味は殺人と強盗だ」
「さぞかし多くの人に恨まれているだろう?」
「否定しないが、君自身はどうだ?」
少し空気が冷えてきたタイミングで、テツがガハハッと笑い飛ばしてきた。
「おい、フェゴール。忘れたか? そのための表向きの稼業だぜ。聞いて驚くなよ、アイツは身持ちの少ないホームレス相手にいやな顔をひとつもせず、むしろ喜んでタダで診察しているんだ。貧しい人々の味方を悪く言うヤツは、特にここでは長生きできないさ」
「なるほど。立派な心掛けだ。感謝で泣きむせぶ患者から、お金の代わりに情報を得ていて、いろいろと詳しそうじゃないか」
「……アンタにやる情報はねぇよ」
「まぁ、自分も今のところは必要としない。だが、ひょっとしたら何かのきっかけで情報提供することがあるかもしれない。スマホの番号を交換し合わないか?」
無言で着流しの懐からスマホを取り出すダイアンにテツが驚いている。
その驚きが自分にはわからなかったが、ダイアンは番号の交換に応じた。
その後、ダイアンの方に用事の電話が鳴り、互いに用事のある方向へと別れた。
しばらく歩いて、距離が取れたのを見計らってから、テツに聞いてみた。
「アイツも俺と同じ転移者だったんだがな。いつの間にかあんな電話を使いこなしているなんてな……」
これがテツの驚きの意味だった。
まぁ、確かに江戸時代から転移して、テツは未だに機械に馴染めないでいるのに対し、ダイアンはスマホを苦もなく扱っている。
「大丈夫だ、テツ。本当の機械アレルギーだったら、電話を『カラクリ』呼ばわりしているだろうから、テツもそこそこに時代に適応している」
「そうかぁ?」
「お前、『ボディプレス』の常連なんだろ。あそこで普段、なに飲んでるよ」
「ウィスキーにスコッチにバーボン」
「全部洋酒とか、適応どころかすっかり馴染んでいるじゃないか」
テツ、小首をかしげ、大男の知能なりに理解すると、ガハハッと笑いながら背中をバンバン叩きはじめた。ああ、こりゃ、絶対、背中にもみじがいっぱいだな。
―
タン地区というエリアを訪れた。
かつては今の観光区のように賑やかだったが、エメラルド・シティに人外が出現し、溢れてくるようになってからはその輝きを失った。
ずばり、タン地区はまともな人たちによって統治されたエリアだった。
人外という、普通の人を圧倒する未知の力の前には無力でしかなかった。
よって、奇跡的に生き残った人々のなかで若者や才能のある人たちは大陸へと逃れ、老人や障碍者といった、大陸に必要とされず居場所のない連中だけが居残った。
彼らは今、ホームレスとして生き永らえている。
「ああ、ちなみに俺の家も近くにあるぞ」
「何だ、お前、この地区の出身になるのかよ」
「まだ雨露のしのげる廃墟があちこちにあるからな。電気や水が通ってないぶん、家賃はタダだぞ。ああ、それとだな、廃学校に足を運ぶのはやめておけ」
「何故だ?」
「俺ら三バカの最後の一人・イチが保健室のベッドでマッパで寝ているからな。俺とジュドー以外だと間違いなくあの世行きだからな」
スマホでタン地区を上から覗いてみた。
廃学校は3つあった。小学校・中学校・高校の3つだ。
「どれだ?」
どの学校も廃れ具合が似通っており、だからこそスマホを見せて聞いてみたが、成果は上がらなかった。
「直感でイチがいるのがわかると顔を見せには行くが、どの学校かまでは把握してないな」
ポリポリと坊主頭を掻きながら、照れ笑いをするテツ。
なるほど。となると、イチとやらも、こまめに本拠地をローテしているのだろう。それならばテツがどの学校かを絞り切れない理由に納得がいく。なら、テツを連れ歩かない状態で学校に近づくのだけはやめておこう。
「鍼灸師と按摩師はどう違うんだ?」
自分の疑問に対し、テツがかわいそうなモノでも見るかのような眼差しを向けた。
「ダイアンが針で一刺しなのはわかる。だが、テツはどうなんだ?」
「俺は、持ち前の怪力でこの手を心臓に貫通させ握りつぶすか、相手の手足を引っこ抜いての失血死だな。それか相手にもよるが、手足もろもろの関節を外して無力化させ、ゴドーショップに運んで換金化させたりしている」
「金になるのか?」
「ヤク中だったら、まだきれいな臓器が金になる。ダメだったら、短期間の労働奴隷として買い取られる。人外はゴトーのサイドビジネスの見世物として利用される」
人身売買が普通の会話として成立している。
つくづく、ここがエメラルド・シティであることを強く認識してしまうな。
「なぁ、テツ」
「何だ」
「お前、習った按摩術を人に教えることはできないのか?」
「ああ、出来るぜ。ただし、相手が俺以上の再生能力持ちなのが条件だ」
「つまり普通の人を相手にしてしまうと手加減できず、殺してしまうと」
「わかってるんだったらいちいち聞くなよ」
「だったら、自分に対して教えることはできるな」
「確かに、お前は俺と同じ人外だ。だが、教える気はない」
「何故だ?」
「俺が教えた按摩でお前、誰に使うんだ」
「もちろん、パートナーズ全員」
「あっはんうっふん、てか」
「按摩をして不愉快にさせてどうするよ」
「ケッ、てめえみたいなやつに誰が教えるかよ」
テツはさぞかし嫌な顔を作ると、両手を激しく振って拒絶のポーズをとった。
「じゃあさ、テツ」
「しつこいな、お前さんも」
「1つだけ教えてくれ」
「何を、だ」
「屁がよく出るツボはどれだ?」
テツは自分の言い分がよく分からず少し固まっていたが、理解が追い付いて、大笑いした後、気前よくツボの位置を教えてくれた。また、押すタイミング等、もろもろの注意事項を丁寧に教えてくれた。
人体に関わる術を持っている人は、洋の東西を問わず真面目である。
次のターゲットの目的地へと向かうまでの間の熱血指導は、大変有意義だった。




