昼(3) テツとお買い物②
再び、ゴトーショップ。
死体袋をテツと一緒に引きずり店の奥へと置いた後、出入り口に戻って早々、目つきの悪い太った親父と視線が合った。
「よう、ゴトー。お前さんが表に出てくるなんて珍しいじゃないか」
その理由は、ジュドーだ。ジュドーが虎の会にて大出世したことにより、かつてからジュドーとの取引があったゴトーは本人の意思とは関係なく、ジュドーのお抱え商人という見方をされるようになった。それにより、安全性から以前にも増して表に出てこなくなり、出てきたら出てきたで、こうして常連から珍獣扱いされるありさまである。
「全くだ。店番がいないから代わりを務めなくちゃならんかったからな」
ゴトーの横でバーニーとクリスがしょぼくれていた。
バーニーは右頬を、クリスは左頬を赤く腫らしていた。
どうやら自分たちが店の奥に遺体を収納している間にペナルティの処理が終わったようだ。
「お前がフェゴールか」
そんな3人を眺めていたら、ゴトーが振り向くや、こんなことを言った。
知っているのなら話が早いとばかりに、自分は頷くだけにとどめた。
自分の態度にクリスが剣呑な雰囲気を出し始めたが、すぐさまゴトーによる一喝が入り、むくれた顔のままバーニーのそばへと駆けよっていった。
カルメンといいクリスといい、エメラルド・シティの女は実に我が強い。
「2人が世話になった。バーニーに言われるまでもなく、買い物をするのであれば、今回に限り一品に限り、2割引きしてやる」
「ケチ臭いな、ゴトー。どうせ、大陸では定価の50倍の値段で売りつけたりしているだろうに」
「フン、何とでも言え。ここで安全を買うには金はいくらあっても足らんからな」
「それはそうと、もちろん、俺の買い物も割引の対象なんだよな。俺ら、今、タッグ組んでるからな」
「らしいな。一匹狼はどうしたんだ? お前さんらしくない」
「うっせーな。条件があんだよ。コイツと一緒に仕事をこなしたら、そのお礼にガロードと殺れるんだ。こんなチャンス、滅多にないんだ。そりが合わなくても乗っかってやるさ」
(こんなチャンス、滅多にしないんだからね! ……なんてなぁ)
「あん、フェゴール、何か言ったか?」
「いや、続けてくれ」
話が盛り上がり始めたテツとゴトーをよそに、当店のラインナップを見定めてみた。
まずは、アダルトコーナーだ。
18禁ののれんをくぐり、その商品群に目を見張った。
ここでうっかりタバコでも吸おうものなら、とんでもない爆発が起こることが誰にでもわかるぐらいの夥しい量と数の銃器がずらりと並んでいた。
弾薬も豊富だし、ミサイルまで本当に置いてあった。まるで空き地にある土管のように、その辺にゴロゴロと置いていやがる。
(うむ。非常に男臭い)
ゴトーショップのアダルトコーナーは実に満足いくものだった。
ちなみに、大陸や自分たちの世界にあるようなアダルトコーナーはここにはないと思っていた方がよい。というのも、この無法都市の夜の素顔は、様々なエロが普通にひとり歩きしているからだ。
取り締まる警察がいないのだからこそできる、大人のエロの無法痴態……おっと地帯か。
だから、エメラルド・シティでのアダルトとは観光客の前では気軽に見せつけられない銃火器が該当するのである。
「何か決まったか?」
他にも日用品コーナーを巡り、キャッチフレーズ通り、ブラジャーを発見し、軽く胸に当てて遊んでいたら、呆れた眼差しのクリスと目が合った。
ちょっとばかり媚のある品をバーニーに対して向けたら、バーニーは苦笑いして、クリスはファッキンポーズで返してきた。
うむ、ラブラブですな。
「そのブラジャーにするのか?」
「まさか。自分の買い物は爆撃機さ」
「お前さん、エメラルド・シティで戦争でもする気か?」
爆撃機と聞いて、ゴトーの表情がにわかにこわばった。
モノがモノだけに正しい反応である。
「戦争は……まだわからない。だからこそ先手を打たれる前にここのをいくつか先に買っておこうと思ってね」
「誰とやり合おうってんだ」
「まだ、敵が誰だか固まっていないんだ。ただ、大陸から来た連中なのは確かだ」
「泥門グループか?」
「最近、ここへの進出が目覚ましいらしいな」
「ああ、だが、いけ好かないヤツだ」
「エメラルド・シティを経済力で救うとか言ってたなぁ。イイことじゃないか」
「フン。大陸から来た連中らしい平和な考えだな」
「そうだな。アンタのところから買った爆撃機で虎の会や他のギャングどものシマをこんがりと焼いてから、開発に乗り出し、しぶとく生き残ったギャングどもを圧倒的な軍事力のもとの奴隷契約でこき使うことはするだろうな」
「畜生めっ!」
「チッチッチ、今風に訳せば『ぐう悪』だよ」
「ああん?」
「ぐうの音も出ないほどの悪魔の略だな」
「それだったら、まだ『ぐう畜』の方が一般的だよね」
「ああ「あー、ぐうの音も出ないほどの畜生の略だな。やっぱ、普及しないもんだね、『ぐう悪』」
「この悪魔めっ、って罵る機会がないもの」
バーニーと自分とのネットスラング会話に対し、ポカーンとするしかないクリス、ゴトー、そしてテツ。
いかんいかん、つい関係ない話に飛び火するのは自分の悪い癖だ。それにしても、バーニー、ただの優男かと思っていたが、なかなかに博識である。
「まぁ、そういうワケだから、最悪のケースに備えて爆撃機をありったけくれ」
「お前さんだって、大陸から来た奴等じゃないか。そう簡単に信用できないな」
「うん、まぁ、非常に正しい判断だね。仕方ない。秘密をひとつ明かそうか。正式には自分は大陸から来たのではなく、テツと同じ、違う世界から来た……まぁ、俗に言う転移者ってやつさ。信じるか信じないかはアンタに任すさ」
難しい顔つきで判断に揺れるゴトーをよそに、自分は商品のアレコレを手に取り、その作りの良さに感嘆した。このオヤジもまた、見た目の割にはいい取引先を持っているようだ。
「1つ、確認をさせてくれ」
「何だろうか」
「お前が転移者であることをジュドーは知っているのか?」
「多分、教えていない。ジュドーが知っているのは、自分が悪魔であるということだけだ」
「いいのか、お前、そんなに重要な秘密をペラペラしゃべって」
「そりゃあ、相手にもよるさ。少なくともアンタになら滅多なことでは口を割らないだろうと思ったから、秘密を明かしただけさ」
「信頼しているって言いたいのか? 悪魔が人間を?」
「さっきも言ったろう。信じるも信じないのもアンタに任せる、と」
「いいだろう。お前さんに全部売ってやる。一品なんてケチなことは言わず、爆撃機3機分の総額の2割引きでお前さんに売ってやる」
「それとは別に中古があるなら、それも買おう」
「それは2割引きの対象外だ。びた一文負けないぞ」
「問題ないさ。ああ、あと中古の爆撃機の起動に必要な部品も揃えておこう」
自分が買取宣言するたびに、驚きを隠せずにいるのか脂汗をかきつつも、にやけた笑顔で応じるゴトーの商売姿勢が楽しかった。
「支払いは?」
「カードで」
と、自分はブラックカードをゴトーに預けた。
ゴトーはカードの読み取り機でブラックカードを恐る恐る読み取らせた。
ピピッ! と肯定を示す音が発生し、支払いは無事に済んだ。
「アンタを信用していないというわけじゃないんだが、ここはエメラルド・シティだからな。偽造カードを平然と差し出して騙し通そうとするやつもいてな」
「そんな奴はクリスのショットガンの餌食だろ」
「だからウチじゃあ、基本支払いは現金なんだ。次回、利用するときはその辺を覚えておいてくれ」
なるほど。
騙された時の損失を考えたら、お金がいくらあっても足りないという発想になるわけか。
商売は、大変だなぁ。
ちなみにテツは予約注文していた体術書を買いに来ただけらしい。
その書によると、術を会得すれば、人外への攻撃の幅が広がるのだそうな。
デジタルのご時世に、今どき珍しいというレベルではない竹簡の書物である。
どこの秘境から取り寄せたんだ――ああいやその前に、そういう取引が可能なゴトーショップに素直に戦慄が走った。
実は、ア○ゾンの元社員だったってオチはないよな、ゴトー。




