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昼(2) テツとお買い物①

 おっさんと買い物である。

 これほどまでに心のときめかないイベントもない。そもそもフラグが立ちもしない。


「……変だな」


 ゴトーショップにて。

 営業時間内にもかかわらず、店番がいなかった。


「襲撃されたか?」


 ジュドーから聞いた話だと、バーニーという名のゴトーショップの看板男は、売上金を持っていく途中、暴漢に絡まれ、鉄パイプで殴られて全治1か月の大けがをしたことがあった。


「おいおい、店の中だぞ。普通ならそばにクリスがいるんだ」


 テツの言うクリスとは、バーニーの彼女だ。だが、クリス本人はバーニーのガードマンのつもりらしい。

 『らしい』という言い方になるのは、この二人、いやクリスが、本当に二人っきりになると、イチャイチャし始めるからだ。この前なんか……


「おい、フェゴール。妄想語りはその辺にしておけ。事件だ」


 くすん。本当にあった二人の痴話話……それもとっておきのネタがあったのだが、レジ周りを見て、のん気なことは言えなくなった。

 レジ周りには争いのあとがあり、レジのお金は強引に破壊された跡がある。そして、そばにクリスの愛用のショットガンが半分にきれいな形で割れていた。


「クリスタル中毒のどっかのバカの犯行にしては、ショットガンの説明がつかんな」

「ああ、ただの中毒者なら、ショットガンでレジを壊して金を盗んだら、次の標的はあの二人だろう。まぁ、俺にはあの二人が大人しく殺されるタマには思えんがな」


 優男でいつもニコニコ笑顔を崩さないバーニーの暴力は想像つかないが、何事にも喧嘩腰ですぐさまショットガンを発砲しそうなクリスは容易に想像できた。


「フェゴール、お前の考えていることは読めてるぜ。だが、アイツはクリスがピンチだとすごく頼もしくなる。俺が保証するぜ」


 屈強な恐持ての大男であるテツに妙に信頼されているバーニー。

 ただモンじゃないのは間違いない。

 それはそうと、こちらはこちらでやることができた。

 自分は、割れたショットガンを手に取ると、銃に命じた。


『ショットガンよ、あるじを護る気概がまだ残っているのなら、ガンスミスの命に応じ、元の姿に戻れ』


 ショットガンは、自分が手のひらから浮かび上がらせた力の一部を吸い取るや、傷口を修復した。

 その際、ショットガンから若干ピリッとくる電気信号が手のひらに伝わり、念のための確認としてレジの裏側に回り、情報の裏付けをとった。


「何してるんだ、お前」

「ああ、ショットガンが教えてくれたんだが、バーニーはクリスを人質に取られた際、とっさにここの棚に置いてあったショットガンの弾をいくつか取り出して、中身の弾を犯人に気取られない範囲でこっそりと捨て置いているようだ。テツ、どこかに金属の小さな玉があるはずだ」

「おおっ、あったぞ」

「よしっ、それの痕を追っていけば、犯人へとつながるはずだ」

「急ぐぞ!」


 来た道とは違うルートを、そう遠く離れていない距離で見つけた。

 5人いた。

 バーニー、クリス、バーニーを人質にしている男。クリスをはさむようにして歩き、それぞれの腕をつかむ男たち。

 そのうち、バーニーを人質にしている男に見覚えがあった。

 ジュドーから依頼された、剣を持つイケメンだ。最近の流行なのか、剣といっても東方の島国の侍が持っていた刀のような形をしていた。

 そして、着ている服装も島国の貴族辺りが着用する、見た目こそ綺麗だが、防御効果は一切期待できない布地である。……そのはずなのだが、ジュドーとの話では違った。

 ハンドガンやショットガンの弾で相当数を至近距離で撃たれたにもかかわらず、一切の傷を負わなかったようだ。

 実際、とっさにいつもの癖で発砲しそうになったその時、クリスからの忠告が入った。


「バカ、そいつにはなぜか銃のダメージが入んないんだよ!」


 自分は慌てて銃を仕舞い、代わりにテツへとアイコンタクトを送る。

 理解したテツが両手をバキボキ鳴らしながら、腕が鳴るぜぇ! とばかりにイケメンへと突撃していった。

 イケメン剣士はバーニーを暴走機関車のごとく近寄ってくるテツの前に、放り投げた。

 バーニーという男の重要性を理解しているテツは、「チッ」と軽く舌打ちすると、彼を同時に斬りかかってくる男から護るように、相手に対して背を向ける形でバーニーを保護した。

 その直後に、一切の容赦のない斬撃がテツの背中を斬った。


「……へぇ、普通は割れるんだよ。そこの女が持っていたショットガンのようにね」

「残念だったなぁ、色男。俺は人外なんだ。尋常じゃない再生能力があるのさ」

「なるほど。割れない理由は理解した。そして、対処法を見つけたよ」


 とイケメンが若干の距離を取った後、剣を天に掲げるようにして構えた。

 何かしらの儀式のあと、剣に力を注入する手はずになっているはずだ。


「させるかよっ!」


 勘のいいテツが、大柄な見た目に反して肉食動物もかくやとばかりの速度でイケメンに近づいたが、一転して踵を返した。野生の本能が働きかけたっぽい、理屈抜きの行動だった。

 とにかく、イケメンとテツとの間にいくばくかの距離が開いたのは僥倖だ。

 自分は構えていたロケットランチャーが無駄にならずに済んだと安堵しながら、ランチャーのトリガーを引いた。

 イケメン男は、剣に集まりつつある力を護るように自らを盾にしてランチャーの爆風から護ろうとしたが、細身の身体が災いしてか、大した防御効果を得られず、剣もろとも近くのビルの壁にめり込んだ。



「バーニー、無事かい」


 若干、ランチャーの爆風のあおりを受けたかもしれないテツ&バーニーは、イケメンほどではないにしろ、少し転がった。

 そのため、暴漢を手渡しで受け取ったショットガンであえなく片付けたクリスは、実にワタフタという擬音が正しさを裏付けるかのような慌ただしさでバーニーのもとへと駆けつけ、まだ瞳を開かないバーニーの綺麗な顔を見て、思わず涙ぐんだ。

 一筋の涙が零れ落ち、バーニーの頬へと伝わる。


「ああ、クリス。泣かないで、ボクは平気だから」


 それが合図となったのか、バーニーの意識が覚醒し、涙でぐちゃぐちゃのクリスをなだめ、空いた手でクリスの頭を優しく撫でていた。

 もう一つの空いた手は……打ち所が悪かったようで、折れていた。

 こんなこともあろうかと応急救護セットを所持している自分は、すかさず応急手当てを施しておいた。


「テツ、どうだ?」

「大丈夫か? ではなくて、どうだ? かよ」


 おっさんが年甲斐もなく、どこかむくれたかのような顔をする。似合わない。


「再生能力のある人外など、気遣うだけ無駄だろうが。それよりも、あの剣士は?」

「フンッ。てめえだって似たようなもんじゃねぇか。……まぁ、いい。ピクリとも動きはしねぇが、死んではいない。警戒態勢は怠るな」


 テツの報告を聞いて、自分の予測が的中した。だよなー、その程度で死ぬわけないか。

 なんせ、イケメンだからな。自分の経験則で語るに、敵に回ったイケメンはしつこいからなー。かと言って、味方になるとあっさりと死に場所を見つけたかのように玉砕するんだ。これが。

 要は、見せ場というか、相手への心証に残りやすいシーンを求めている。

 お前は、読者ランキングでも狙っているのか? と常々言いたくなる。

 言っちゃあ、悪いが、この作品はそこまで読者が……あ、言ってて悲しくなるから、やめよう。


 まぁ、それはさておき、めり込んだビルの壁から反応があった。

 自分のではない謎の爆風が起き、その爆風から生じた煙幕を巧妙に利用したイケメンがこちらへと向かってきた。


「うらああっ!」

「ダメ元ショットガン、近距離発破」


 攻撃がこちらに向かってくるのを察知した自分とテツがとっさの反応でカウンターを返した。


「うごぉぉ、腕がちぎれたっ!」

「何だぁ? この無数のキンキンと跳ね返るような音は」


 煙幕は未だに続き、我々は状況が把握できない。

 わかっていることで、最悪なことが2つある。

 一つは、テツの腕がイケメン剣士の攻撃で両断され、再生を防ぐかのように斬られた方の腕を持っていかれた。もう一つは、状況を把握しているイケメン剣士と違い、視界の悪さに加え、ピッチピチの活きのいいお荷物を2つ、守りつつ戦わなくてはならないということ。


「フハハ、ゴミ虫たちが辛そうな顔をしているのがこれほどまでに愉悦だったとは思わなかった。実力差があるからと言って、いつもあっさりと殺していてはわからない快楽だよ、これは」


 何かスゲー上から目線で、バカにされている。しかし、この煙幕が晴れないことには自分たちには正直、次の手が打ちにくい。とはいえ、我々がいる場所は裏路地である。気持ちのいい風が通り抜ける表通りとは違い、いつもジメジメした場所だ。そう簡単に煙幕を払うような風が流れては来ない。


「アンタのランチャー攻撃って、実は悪手だったんじゃないの?」


 ああ、クリスさん。人が気にしていることをグサッと言いましたね。

 ここのイケメン剣士の刃物よりもえぐいです。


「まぁまぁ、クリス、落ち着いて。ここはこのへんを根城にしているコウモリさんにお願いしてみようよ」

「はぁ? バーニー、あんたクリスタルでも決めちゃったの?」

「ううん、クリス、ボクは大丈夫だよ。ねぇ、コウモリさん。聞いているでしょうか? お願いします。風を起こしてください。それと、いつも僕を影ながら護衛してくれてありがとうございます」


 とバーニー、おもむろに立ち上がり、誰かに対して訴えかけた。


「クククッ、バカが恐怖に飲まれて途方もない行動に出る。楽しい、実に楽しい」


 むちゃくちゃ不愉快な声が響いてくるが、無視する。

 それよりも、この軽率な行動をとったバーニーをどうにかしないとな。


 と。

 初め、そよ風かと思ったソレが、徐々に風圧をあげて、台風直近のようなかろうじて立っているのがやっとのような風速になり、煙幕が完全霧消した。ついでに煙幕になりえそうなものまで吹き飛ばしていた。


「無茶をするな。お前を失ったら悲しむものが多いのだからな」

「それはあなたもそうですよ、マット」


 おい、マジかよ。昨夜ジョンが自分に語って聴かせた、憧れていた男の名前が出て来たな。

 そいつは、黒人でジョンよりやや小柄だががっしりとした体格のタフネスだった。その通りの男が、今、目の前にいた。ただし、目は赤かった。吸血鬼だ。

 ジョンの話ぶりでは、特殊部隊に囲まれて身代わりになって死んだという話だったが、誰かが吸血鬼に替えて生き延びらせたのか。その誰かさんは……、まぁ、余裕が出てからにしよう。


「クソがぁ、どこのバカか存じませんが、邪魔に入ったことを後悔させましょう」


 と煙幕が消え、完全体となった? 男の姿があらわになった。

 男の身体の半分は刃物に取り込まれていた。左側がイケメン顔なら右側がギザギザののこぎりのような刃で形成された顔が、身体は右側がイケメンの頃の名残を残し、左側は刃物でできた肌が、天然の反撃付きの鎧となって攻撃してきた相手に対し、いくつかの刃筋を見舞うであろう。

 そして、イケメン剣士といえば――のある種、お約束のような物干し竿である。

 いや、実際に物干し竿ではない。物干し竿のように長い刀身でありながら、理不尽なまでになんでも両断するアホみたいなよく斬れる刀を軽々と手にして、魅せるかのように演舞している。

 それでいて、一切の隙が無いため、カウンター狙いで突撃したときにはものすごい反撃があるだろうから、それが分かっている自分たちは、大人しくイケメン剣士の演武をやらせておいた。


「手詰まりか、テツ」

「ああん? 言ってくれるじゃねぇか、ルーキー」

「2人の護衛は私が請け負おう」

「気が利くなぁ、マット」

「ああ。あとで酒を飲もうぜ。何、『ボディプレス』だったらお前さんの来店を断りはしないさ」


 自分を含め、めいめいが好きなことを勝手に言って、イケメン剣士を無視する方向だ。

 コイツの言うことは一つ一つが相手を小馬鹿にする言動だから仕方がない。

 現に、今も誰一人アイツとの言葉のキャッチボールをしてこないことに対して腹を立てている。


「テツ、早く手を回収しろ」


 自分は、サブマシンガンを数丁用意して、イケメン剣士の人間の肌が露出している部分だけを丁寧な射撃で狙い、この人外の動きを封じた。

 テツがすばやく振り下ろされる物干し竿を皮一枚ほどのギリギリで避けると、腕をキッチリキャッチした。そして、斬られた部分の断面どうしを合わせ、再生能力でくっつけた。


「あばよ、糞イケメン」


 テツは突撃する前に自分が手渡していた粘着剤を、うまいことイケメン剣士の足元に着弾させた。

 粘着剤は早速効果を発揮して、瞬く間にイケメン剣士の身動きを封じた。

 とはいえ、ヤツも人外となった。思わぬ馬鹿力を発揮して、無理やり粘着剤から離れた。

 刃物の肌の部分はともかく、人肌の部分は、出血が意外と多かった。


「今度は刃物もだ」


 と、今度はグレネードランチャーをお見舞いさせた。

 硫酸がみっちりと詰まった大口径の弾が、刃物を傷つけた。ついでにケガをした部分がむき出しの人肌にも尋常じゃないダメージを味わわせている。

 さっきのランチャーの爆風で思ったことだが、銃弾が効かなければ、副次効果を持つモノならどうだろうと、爆熱と熱風を浴びせてみたら思いのほかダメージが通っていた。だからこそ、こいつらは自身を合体させて、2つで1つの半身人外となってよみがえったのではないかと、推測している。


 それならば、身動きが出来ない状況で使いたい攻撃方法をテツに相談してみたら、あっさりと応じてくれた。

 これが今の状況を生んでいる。そして、これが仕上げである。


「決めてくれ、テツ!」

「応よ!」


 と敵の背後に回ったテツが、心臓めがけて手を伸ばし、そのまま心臓とともに身体の外へと引きちぎってきた。

 背後からの攻撃になったのは、正面は硫酸をモロに浴びている都合上、テツにも影響が出るから。

 もっとも硫酸攻撃で周囲への警戒がおろそかになっていた糞イケメンの心臓を抜き取る行為は、テツ曰く「赤子の手をひねる」よりも簡単だったらしい。

 その基準はよくわからんが、とりあえず、ミッションを一つ片づけた。

 最後に、完全に動かなくなる前の糞イケメンの心臓をもらい、ぎゅっと握りつぶした。

 なけなしの電気信号が自分に伝わり、イケメンの心臓は完全に働きを失った。

 念のため、尻尾をちぎられたトカゲのように死後硬直している身体の方にも、特技を使っておいた。

 もちろん、特性殺しである。

 もともと一つしかなかったのか、一番の懸念だった【再生能力】が消え、途端にむせかえるような錆の臭いと死体特有の腐臭があたりに漂い始めた。


「イケメン剣士の完全な死亡を確認した」

「OK。残りはボクたちが引き受けておくから、残りの仕事を片付けておいでよ」


 自分の死亡宣言に対し、バーニーがねぎらいの言葉をかけた。

 それはそうなんだが、残念なことがある。


「バーニー、俺たちがここへ来たのは、買い物の用事があったんだ。だから、もう少し付き合うぜ」

「わかったよ。それならばジュドーさんに死体の引き取りをお店に指定して、キミたちの買い物に少し色を付けないとね」

「おい、バーニー、勝手なことをするとゴトーが黙っていないぜ」

「クリス。この3人のおかげで今の僕たちがいるんだよ。ゴトーさんだって目は節穴じゃない。きっとわかってくれるさ」

「バーニー……」


 と、恋する2人、おっさん2人をよそに見つめ合っている。

 いいね、熱いね、ポップコーン食べたくなっちゃうね。


「おい、そこのグラサン。見世物じゃねぇんだ。用がなかったら、サッサと遺体を引っ張りやがれ」


 チッ、やはり中腰にならないとこういうシーンを目撃したときの『グフフ』オーラが漏れるようだ。

 目ざとく察知したクリスにショットガンを突き付けられつつも、テツと一緒にゴトーショップへと来た道を戻った。

 マットは、いつのまにか居なくなっていた。

 早ければ、今日の夜にでも『ボディプレス』で出会えるだろう。ジョンの言うことが正しければ、真面目で義理堅いおっさんらしいし。


 しかし、バーニー&クリスか。リュウ&リンといい、からかい甲斐のあるカップルだ。

 エメラルド・シティ、なかなかに楽しいところである。

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