昼(1) テツとお散歩
ジュドーと別れ、自室に戻るや、早速、衣服を脱いだ。
「フェゴール、約束を忘れたのですか。日のさす間はやらないと決めましたよね?」
ブリーフに手をかけるところで異変に気付いたイサカが、注意喚起してきた。
「そうだな。やらないさ。だが、やるんだ」
「フェゴール、きちんと説明してください」
若干、興奮していたのか、他人にはよくわからないことを口走っていたようだ。なので、さっきのジュドーとのやり取りをイサカに語って聞かせた。
「なるほど。相手はヘカートⅡ使いの因縁の相手というわけですね。ですが、裸になる理由がわかりません」
「理由なんざぁ、ない。ただのガンマンに敗北するよりも、マッパなガンナーに負けたほうがインパクト、すごくないか!」
と言いつつ、最後の砦だったブリーフが高らかに舞う。うはっ、スースーするぜ。この背徳感、まるで昼間に飲むビールみたいだ。
イサカがとっさに両手で視線を隠すなか、腰のホルスターがスッと、ごく自然とばかりに股間の上に定位置のように収まった。それは、どんなに激しく動いても、ホルスターは主人の足の動きを妨げず、それでいて極めて巧妙に大事なところをガードし、決してポロリとやることはなかった。
「要は、見えそうで見えない絶対領域が守られていれば、野郎の裸でもオールOKなのさ」
「全く需要はなさそうですが、説明をありがとうございます。」
呆れるイサカだったが、サムズアップして、笑顔で応えておいた。
「さて、そろそろ時間だ。じゃあな、イサカ」
「ちょ、ちょっ、ちょっーと待ってください。まさか、本当にその格好でホテルから出るのですか」
「ん? あー、なるほど。なら、裏口から出よう」
「そういう問題ではありません。どうしてあなたはいつも威厳をかなぐり捨てることに全力を尽くそうとするのですか。私たち、仕える者たちのことも考えてくださいませ」
「今日の自分は、マッパになりたい気分なんだ」
「……わかりました。どうしてもその格好で外に出るというのなら」
「ふむ」
「離婚届にサインをしてください」
イサカ、用意周到を疑うレベルで、ポケットから紙切れとボールペンを渡してきた。
「悪かった。じゃ、半分折れて、ヘカートⅡのお嬢ちゃんと対戦するときだけ、マッパになりたい。さっき脱いだ衣服に設定した愛言葉で衣服がメタモルフォーゼする魔法をかけてくれ」
「合言葉でなくて、愛言葉ですか?」
「そうだ。例えば『イサカラブ、オールインワン』みたいな」
「物足りないです」
「じゃ、『世界で一番、キミだけを愛している』は?」
「あと一歩、お願いします」
「もう、キミだけしか目に入らない」
と言いつつ、結婚指輪を送ったときの姿勢で真摯に対応した。
「設定しました。ウフフ」
イサカがこの上なく上機嫌だった。それはなによりだ。
そんなイサカに見送られて、自分はホテルを出た。
―
「よう」
ホテルの正面出入り口から出た途端、テツが目の前で待ち構えていた。
意外だったのが伝わったのか、テツの方からその理由を教えてくれた。
「さっき、ジュドーから連絡があった。ざっと話も聞いている。すぐ仕事にとりかかるか?」
「……といっても、場所移動だけどな」
「まぁな。なあ、別に用事がないのなら、移動途中にゴドーショップに寄らないか」
「ああ、あの『ブラジャーから核ミサイルまで用意してます』の看板が有名なあの店か」
「いや、核ミサイルはどうだよ。ま、文句ないんだったらついてきてくれ」
そういうわけで、テツと並んでゴドーショップへと向かった。
その途中、観光区のメインストリートを歩いていると、どこからともなく複数の下卑た笑い声と、か細く鳴くイヌの声とカメラのシャッター音が聞こえた。
「どうした?」
下卑た笑い声はともかく、犬の鳴き声に心当たりがあり、自分は駆けつけるようにその場へと急行した。
その場は、メインストリートとの裏道を抜けた先にある一軒家通りの一つだった。
マルコが素顔をさらしており、身体全体を怒りで震わせていた。
それでいて相手に対し、何もできないでいる理由は、一つ、相手が6人の観光客だった。一つ、マルコの飼い犬であるアメデオを、観光客の一人が人質に取っていたから。
「おもしれー。まさかこんなところで珍獣に遭遇するとか、エメラルド・シティ、サイコー!!」
とか言いつつ、一番笑い声が大きくて、スポーツでもしているのか体格のいい男がバシャバシャと写真を撮っていた。
「おい、どうせなら動画サイトにも投稿してみね? ヒット間違いないって」
「お前、冴えてるじゃん」
自分たちがマルコを救出しに、あえて歩行者のふりして近づいているのもお構いなしにグループのバカどもが調子に乗り始めた。
自分はとっさに空気銃を取り出して、発砲した。
エメラルド・シティにやってくる観光客にはケガをさせるな。殺すな。
大丈夫。ジュドーとの約束は忘れていない。
狙った場所は、写真、スマホ、そしてアメデオを人質にとる観光客のおでこ。
機械たちは観光客がまるで手を滑らせたかのようにアスファルト道路の上に落ち、破損。
人質を取っていた観光客のおでこはアッパーカットで殴られたような衝撃で、バゥン! と一度宙に浮きあがり、そのまま背中から受け身なしで落下した。
キャンキャンキャン♪
一瞬にして自由になったアメデオがマルコのもとへと駆けよった。
マルコは涙を流しつつ、アメデオにケガがないかどうか確認し、大丈夫なのがわかるや、アメデオを抱えて、心の底から嬉しそうにさらに号泣していた。
さて、残る観光客は……というと、立ち塞がるテツのお仕置きを受けていた。
テツもエメラルド・シティのマナーは心得ていた。
なので、スマホと写真を持っていた奴の両手両足を瞬く間に脱臼させ、地面の上に転がした。
「おい、お前ら。命が惜しければ、そこで寝ころんでいる3人を連れて、表通りへと逃げな」
「10数える間に行動を起こせ。10・9・8……」
と自分は、ライトマシンガンを取り出して、彼らの目の前で銃を構えた。
7とカウントしてもまだボーっとしていたので、6をカウントした時点で手足が無事な観光客の足元の近くに向けて発砲した。ドガガガッとやかましい音が周囲に響き渡り、えぐれたアスファルトが観光客どもの足に降りかかった。
そこで彼らはようやく非現実から帰ってきて、4とカウントしたときには、皆それぞれが火事場の馬鹿力を発揮して、どうにかこうにか必死に運び込んでいた。
「どうして?」
バカどもを穏便に片づけた後、マルコからそう言われた。
普通に「ありがとう」と言われないのは、自分の持つカルマによるものなのか……。
「おい、マルコ。ここは普通にお礼言っとけよ」
今度はテツに対して、誰だかわからないという反応をとるマルコ。
テツはマルコの反応から察して、自己紹介を始めた。
「俺はテツ。ジュドーの知り合いさ。今回、仕事があってな、コイツとパートナー組んでる」
「テツ、ありがとう」
「おう」
「フェ、フェゴールも……ありがとう」
「何てことはない」
ややおどおどしているが、マルコはお礼を言った。
立ち去ろうとしたら、テツが腕を組み、少し離れたところで事情聴取された。
「おい、あの野生児マルコがお前を見て挙動不審だが、お前、いったい何をした?」
「あれ? ジュドーから聞いてないのか。昨日、ややあってマルコたちとガチンコやる破目になったんだよ」
「まさか……とは思うが、お前、勝ったのか?」
「勝ち負けはともかく、苦しめたのは確かだな。マルコの怯えはそこからかもしれん」
「お前……」
と言葉を切るテツだったが、その眼は猛獣のようにぎらついていた。
うむ。何か押してはまずいスイッチを入れたのかもしれん。
あとで、「俺と勝負だ!」みたいな展開にならないことを祈ろう。
と。
自分のスマホがアラームを発した。
約束の時間まであと2時間といったところか。
キャンキャンキャン♪
喜ぶアメデオの鳴き声に見送られ、自分たちは駆け足でその場を去った。




