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朝(4) カツトシの処遇とバベルの放送

 話が一応解決し、黙々と寿司ネタを食べるだけになった。

 そのとき、テレビ番組が始まり、バベルが出てきた。

 昨日と同じニュースキャスターが、目を丸くさせ、怪盗のことばかり伝えている。


「そういえば、今日、怪盗があのお宝を強奪しに来るんだっけ?」

「ああ、たしか時価3兆ギルダンとかいう化け物ルビーを予告してたぜ」


 ふぅん。

 まぁ、とりあえず、えんがわをもらおうか。


「フェゴールは、普段、どうやって生活しているんだ?」


 ジュドーからの素朴な疑問が来た。


「強盗か暗殺かなー」

「ブボォォォォ!」


 いつものことを淡々と述べたら、ジュドーたちが一斉に噴いた。

 カウンター席一面にネタとシャリが飛び散った。……汚いなぁ。


「なぁ、フェゴール、お前さんさえよければここで働いてみないか? 生活は俺が保障するよ」

「ありがたいが、断る。自分一人なら喜んでただろうがね。理由は一つ、家族パートナーズ。100万ギルダンぐらいでは稼ぎのうちには入らない」


 案の定、カルメンの機嫌が悪くなった。だが、安請け合いはできない。


「アンタ、ジュドーの提案を断るとはいい度胸だよ」

「落ち着け、カルメン」

「いくらジュドーの頼みでも、ここまでコケにされたら、我慢の限界が――


 カルメンがすべてを言い終わる前にジュドーがカルメンのほっぺたを叩いた。


「なぁ、カルメン。もう少し冷静になってくれよぅ。さっき話になったよな。この悪魔を名乗る男が、ギブソン・マルコ・ジョン・ビリーの屈強な男たちを軽くひねったって話をさ。お前が怒るのは構わないぜ。でも、すぐにケンカに持ち込もうとするな。死にたいのか!」

「ジュドー」

「なんだい、フェゴール」

「ジュドーにはお世話になっている。殺しはしないさ。ただ――」

「ただ、なんだい?」

「次、挑発されたら、死んだ方が良かったという後悔を植え付けるのはやぶさかじゃない」


 うまのたてがみというメニューを注文しながら、カルメンににっこり微笑んでおこう。

 おっと、カルメンさん、ファッキンポーズで返してきたよ。


「具体的に何をする気だ?」

「おお、アイザック、君の方から聞いてくるなんてな。そうだな。どうせ、カルメンが自分にケンカを挑んでもアイザックが手伝いに来るだろう? だから、地に伏せて動けなくした後、カルメンの両目を潰し、アイザックの両手両足をもいでやろう。これで晴れて『お似合いの二人』になるが、いかがかな?」


 自分でも最低な挑発だなぁ、と思う。アイザックの体温の上昇が隣の席からでもわかる。そして、ジュドーにも変化が起きた。本人は気づいていないのか知らんけど、肩が小刻みに震えている。うん、怒ってる怒ってる。


「フェゴール、俺にだって我慢の限界がある。あんまり挑発しないでくれないか」

「ああ、悪かった。カルメン、よかったら仲直りの握手をしないか?」


 カルメンは腕を組み、こちらの方を向こうとしなかった。

 ジュドーが声を荒げると、ツカツカとハイヒールの音を立てて、寿司バーから退店した。

 後を追うように、アイザックが立ち去った。


「ジュドー、悪いんだが、あといくつか頼みがあってね……」


 とカツトシのことをジュドーに丸投げすることにした。

 ジュドーもカツトシのことは気になっていたらしく、身元を聞かれた。


「調べによると、フラムドール王国の皇太子らしいな。本当かどうか怪しいが」

「フェゴールが捕まえてもう3日目なのか。確かに普通なら、警察やマスコミを巻き込んでのビッグニュースに発展していてもおかしくない。ましてや王族なら、もっと強引なやり口で何らかのアクションがあるはずだな」

「わかりやすく言えば、自分のところに王族直属の特殊部隊が襲撃してくる、とかな」

「普通にさらりと言ったな、フェゴールさんよ」

「まぁ、誘拐、カツトシが初めてってワケじゃないからな」


 ジュドーは乾いた笑いを発していた。

 経験上、自分と距離を置くようになるだろう。ちと早まったかもしれない。


「フェゴールよぅ、悪いんだが、カツトシはそちらで面倒見ていてくれ」


 だよなぁ。

 虎の会がいくら裏の組織のトップとはいえ、ギャングから成り上がった組織だ。

 フラムドール王国が国としての規模は小さいとはいえ王族である以上、札束で集めた特殊部隊がギャングを相手に後れを取るとは思えない。

 虎の会には多数の殺し屋がいるが、純粋な戦力としてはカウントできないだろう。彼等の多くは、金のニオイのする方へとあっさりと鞍替えするのもお手の物だ。

 虎の会への忠義といった精神的なもので繋がっているのは、ジュドーのところのアイザックとカルメンぐらいか。

 まぁ、初めからわかっていたことだ。



 それにしても、この民放はいつまでたってもバベルのことしかしゃべらない。

 バベル以外にもいろんな番組があってもよさそうだが…………ひょっとして?


「なぁ、ジュドー。エメラルド・シティの民放って幾つぐらいあるんだ?」

「おいおい、大陸と同じ基準で語られちゃあ困るな。ここ、観光区の一つだけだぜ。他はまだ未開発地域がいっぱい広がっている。大陸のようにいろいろできるのはこれからさ」


 ふぅむ。今、あり得なくもない妄想が閃いた。


「何を考えているのか、聞いてもいいか?」


 ジュドーが何か感づいたのか、ちょうどいいタイミングで訊いてきた。

 なので、自分はあり得なさそうな話をダメもとで言ってみることにした。


「そうだな。フラムドール王国のカツトシの両親は、実は良識のある警察組織からの情報により、息子の行方不明を知り、情報を収集したがっていた。そのためにはマスコミを大々的に利用するにもためらう理由がなかった。だが、行方不明の皇太子よりも、より力のあるところがそれを許さず、マスコミを黙殺した。ただ、代わりの飴を与えられたマスコミはひたすら『バベル』を放映し、怪盗のことを、件のルビーのことを宣伝している――と考えてみた」


 ちなみに良識ある警察組織の根拠は、昨日、出会った刑事二人だ。エメラルド・シティの治安警察と違い、特におっさんの方がむやみにバイタリティーにあふれていた。

 このおっさんなら、初日の事故を事件性があると踏み、何らかの策を講じているはずだ。

 効果のほどを全く感じられないなのは、前述したが、何らかの形で良き宣伝になるマスコミを何者かが力で押さえつけているからだろう。


「そういえば、バベルは初日にお前さんが暴れて、開店ラッシュの機運をくじかれている。だから、バベル側としては失った信頼等を取り戻すべく、怪盗ルペンのことを大々的にPRしている、と?」


 ジュドーがあごをしゃくりながら、ちょっとした推測を立ててきた。


「よほどの自信があるんだろう。じゃなきゃ、諸刃の剣じゃないか?」

「だよなぁ。もし盗まれたら、バベルの信頼は今度こそ地に墜ちて、他に控えているだろう異業種のエメラルド・シティ進出は難しくなるだろうな」

「逆に怪盗からお宝を守り切ったら、これ以上ない安全のPRだな。『貴重な展示物の公開はウチでやってみませんか? かの怪盗ルペンも諦めた、抜群のセキュリティがお守りします』みたいな」


 ふむ。

 これが真相というのもおこがましいが、あり得なくはない考えではある?


「これを裏付ける一つの実証があるぜ」


 ジュドーがニヤリとこちらを見て微笑んできた。


「フェゴール、アンタが怪盗に成りきって、ルビーを盗んでみたらどうだ。そうすれば、バベルは再び信用問題の解決に時間を割く必要が出て、落ち着きがなくなるんじゃないのか? そこで、ようやくフラムドール王国の皇太子探しが本格的にスタートするんじゃないか?」


 一考の価値はある。しかし、本日のスケジュールが押している。

 それでもまず、チートな殺し屋の始末が先だろう。虎の会が標的の大まかな居場所を突き止めている今、早急に片づけるべきだ。

 次に、怪盗の真似ごっこだ。確か、自分をルペンだと勘違いしていた仲間たちがバベルに集合する手筈になっている。利用できるかどうかは未知数だが、最悪、彼らは警備員への囮ぐらいにはなるだろう。

 それに、夜になったらガロードの住処に足を運ばなくてはならない。

 ギース・ムーンがまずは交渉の相手をしてくれるだろう。話せる奴だったら、(テツは不満がるかもしれないが、)対戦を明日に伸ばしたい。

 そうだよ。

 何もかも自分一人で抱え込まなくてもいいんじゃないのか?


 そう思えてきたら、急にいろいろ考えていたことが抜け落ちた。

 非常に気分がいい。

 そうだ。今回の始末依頼は、アレで行こう。

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