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夜(3)

「まず、先に謝る。つい、カッとなって悪魔の姿を見せてしまった。そして、迷惑をかけてしまった。すまない」


 エメラルド・シティの住人たちの体調が戻るや、フェゴールはそう言いながら、頭を下げた。


「まずは、あの姿になった理由を教えてくれるかい」


 押し黙る住人の中から、モニカがフェゴールに対し、弁解のきっかけを与えた。


「自分がここ、エメラルド・シティを訪れて理解したことの一つに、『バカにしてくる奴を黙らせるには実力を示せ』ということだ。いつものケースでは死体になって、永久に理解できないんだが、今回はこいつらが自分を正気に戻してくれた。だから、アンタたちが助かったんじゃないかと思う」


 と、フェゴールはまだ彼の足をかみ続けている2匹の犬をさし示した。


「アンタ、痛くないのかい?」

「当然、痛いさ。まぁ、出来ることなら引きはがしてくれると助かる」


 フェゴールの要請を受け、黒い犬・ロバーツをモニカが、白い犬・アメデオをマルコが呼びかけることによって、フェゴールの足は痛みから解放された。

 そして、フェゴールの足をパートナーズが介抱する。


「犬とはいえ、人間よりもガッツがあった」

「ロバーツはマットの犬だからな。ガッツなら飼い主譲りだ」


 フェゴールが誰に話しかけるでもなくそう呟くと、ジョンが反応した。しかも、したり顔である。


「どういうことだ?」


 フェゴールが尋ねると、ジョンは、マットという男の生きざまを教えてくれた。

 ただ、そのしゃべり方から、マットというタフネス中年男はこの世にいないようだ。

 その忘れ形見であるロバーツを、フェゴールは改めて、じっと見た。

 ロバーツはフェゴールの視線なぞお構いなしにどこかをじっと見つめていた。

 まるで目に見えない何かを感じているかのような、そんな視線だった。


(死んだマットを探しているのか?)


 フェゴールは、あとで自分の支配する死者の国に連絡を入れてみようと思った。



 その後もマリアの報告は続いた。


「てっつんと別れて、マリアはフェゴールたちと一緒にご飯を食べることになったである。でもマリアだけごちそうを食べるのは胸がチクチクしたである。だから、修道院のことを教えたら、フェゴールが『何でも買える便利な店』のことを聞いたであるから、ゴドーショップのことを教えたである」

「なるほど。大量のバーベキューセットや各種の肉の数々はゴドーショップのおかげなんだね」

「そうである」


 マリアの笑顔を見届けたモニカは、フェゴールの方へと向き直ると、これらの諸経費の負担を詫びてきた。


「ああ、気にしなくてもいい。このバーベキューセットはアンタたちに譲ろう」

「いいのかい? 見れば、アンタたちも大所帯だけど、使う機会はないのかい?」

「ないな。だから、遠慮なくもらうといい」

「ありがとう。恩に着るよ」

「それと、こちらを」

「何だい、この封筒は」

「寄付金だ。今回の詫び料も込みで入っている」

「ありがとう……と言いたいところだけれど、少し多すぎないかい?」

「さっき、ジョンと話す機会があったんだが、ジョンは強化人間らしいな。調べてみたら、強化人間というのは定期的なパーツ交換を行わないと働きが鈍るらしいじゃないか。今回のアレでジョンの身体の一部が不具合を起こしたら、その金を使ってくれ。その必要が無かったら、子供たちの厚生に用いてくれ」

「何から何までありがとうよ。さっきの姿を見た後でこういうことを言うのも変なのだけど、アンタ、本当に悪魔なのかい? 悪魔は無慈悲なのが普通だろう」

「さらに信じられない話をすればだ、モニカ」

「何だい、今さら驚くこともないさ」

「悪魔にされる以前の存在は、神だったからな。信者にだけは施しをしてたのさ。その名残だ」


 神発言に目を丸くするモニカに対し、いつもの胡散臭い笑顔でごまかすフェゴールだった。



 マルコはガロードを相手に本気の殴り合いをして、力を認められた経緯があった。

 今では定期的にガロードのところへと足を運び、訓練に汗を流していることをフェゴールに教えた。

 野獣の本能で動いていた時と違い、現在のマルコはガロード直々の訓練により、無駄な動きが減り、パンチやキックといった直接攻撃のキレも一層鋭くなったという。


(それでも、マルコは一矢報いることすらできなかった。相手が悪すぎたんだろうな)


 マルコの嬉しそうな説明を聞きながらも、ギブソンは本当に存在した悪魔と現在のマルコの戦闘力を比較して、そう判断した。


(だが、マルコはまだ若い。ガロードのもとであと数年経験を積めば、わからなくないか?)


 そういう希望的観測もあるのだが、さっきの悪魔の姿を見た後だと、ガロードでも生きているかどうかが怪しくなった。

 悪魔の纏う、淀んだ空気を卑怯となじる気はない。

 過去、ガロードに立ち向かった人外・異能力者の能力も充分に危険な能力を有していた。だが、ガロードの圧倒的な力の前に成す術がなかったのだ。

 息を止めての数分間なら、強化人間のジョンのように反撃のチャンスはある。だが、マルコのように拘束され、身動きを封じられたなら?


「あー、いろいろと考えを巡らせているところ悪いんだがね、ギブソンくん」

「!」

「明日の晩、ガロードと戦うのは相棒のテツだ。それに、自分の相手はさっきも言ったがガロードを吸血鬼にした吸血鬼の親玉だ。だから、勝負の行方は誰にもわからんさ」


「テツ……ですか? すみません、俺には誰だかさっぱりわかりません」


 先ほどと違い、下手に出るギブソン。やぶ蛇をつつかないに越したことはないという判断だ。


「てっつんも殺し屋である。ガロが有名になる前は、ジュドーとてっつんといちもつは『エメラルド・シティの三バカトリオ』と呼ばれていたである」

(いちもつ……本名は何て名前なんだ。すごく、気になる)


 マリアによって、びりりんと名付けられたビリーは、自分のはまだ可愛い方だったのだと思い知った。そこで彼は、ふとした疑問をマリアに伝えてみた。


「そういえば、マリアはこの悪魔のことを普通に名前で呼ぶよな。何故だい?」

「ジュドーと同じで名付けにくいからである」

「そうかぁ? 俺なら『べるりん』と名付けてみたくなったけどな」

「うむ。自分も『赤い雨』とか叫んで、周囲を血みどろに……おっと、これ以上の発言はまずいな。黙っておこう」


 ビリーたちはフェゴールの言っていた意味がよく分からなかった。

 だが、意味を聞く機会は失われた。

 どこからか、夜の10時を知らせる鐘の音が響いたからだ。


 別れのあいさつもそこそこに、フェゴールたちは外で待たせているバスに乗り込んだ。

 修道院で寝泊まりしているモニカ・ジョン・ビリー・マリア・ケイ・ユリたちは、修道院へと入り、玄関に閂をはめて、用心を重ねた。

 ギブソンとマルコは、トラビスに連絡して、彼のタクシーにいそいそと乗り込んだ。





 セレブ御用達超高層ホテル「バベル」にて。


 最高級の室内に逃げ込むように入った泥門エンキは、まずネクタイを緩めた。

 そして、リビングのソファでまず落ち着こうと思ったが、先客がいた。

 二千大介である。煙草をふかしつつ、エンキを見るやニヤッと笑いかけた。


「用件は何だ。二千」

「命令通り、ルペンをゼニーに逮捕させたぜ」

「ふん。思いのほかうまく行って確認を怠っていたな、バカめ。ルペンはまんまと逃げてるぞ」

「そいつはありえない」

「私が何のために大陸一のルペン捕獲チームを雇っていると思う。報告はその捕獲チームからだ」

「バカな。どうやって、ゼニーの逮捕術から逃げ出したんだ」

「それはこちらも聞いてみた。要領を得なかったがな。だが、エメラルド・シティという無法都市の特性を考えてみたら、大陸ではまずありえない出来事が、この無法都市では起こり得る事実になることを踏まえると、とんでもないことが起きたようなのは確かだな」


 エンキの忌々しげな言いぶりに、しどろもどろになる二千。


「……ということは、今回の報酬は?」

「あると思うのか。使えん奴め。この二千番煎じめ」

「ひどい。せめて二番煎じにしてくださいよ」

「パチモノの自覚があるのなら、本家を超える仕事をしてみせろ。それが出来たら、どんな報酬も思いのままだ」

「マジっすか!」


 泥門エンキは首を縦に振ると、次は手のひらを横に振って、二千を追い払った。



「坊ちゃまもなかなか人が悪うございますな」

「それを言うな、爺」


 二千大介の存在がキッチリと消え去り次第、泥門エンキの影から、人の姿が現れた。

 執事姿の老人だった。爺と呼ばれている。だが、確実に人ではなかろう。


 エンキはテレビのボタンを押した。

 ちょうど番組が始まり、明日、バベルにて公開される展示物の紹介を人気女子アナが務めていた。

 ややテンション高めの解説は、時価3兆円と言われる『シークレットルビー』を前にして、騒音レベルの嬌声と興奮で解説になっていなかった。


「ふん。俗物が」


 エンキは女子アナを鼻で笑った。


「あの宝石の価値は、値段じゃない」

「左様。あれは触媒でございます。この世とあの世を結ぶためのモノ。それ故にこれを狙う者の排除が課題となりますが――――」

「デーモンハンターの類は爺が片づけたのであろう?」

「はい、ぬかりなく」

「怪盗関連も問題ない。何故ならば」

「世間を騒がしていたルペン。ある日、急に音沙汰亡くなったルペン。代わりに現れた新興コンツェルン・泥門家。創始者エンキ様の正体がルペンでございますゆえに」

「爺」

「何でありましょうか?」

「美味しいところをかっさらうのは良くないな」

「これは失礼しました。しかし、一度は言ってみたかったもので」

「気持ちはわかる。今回は不問にしよう」

「ありがたき、幸せ」

「だが、爺」

「わかっております。あの者では力不足。爺めがしっかりとスケープゴートを立てておきましょう」

「頼んだぞ」


 執事は返事の代わりに首を縦に動かした。そして、エンキの影の中へと潜り込んだ。



 泥門エンキはホテルの窓から外を眺めつつ、はっきりと口にした。


「ベルフェゴール、この金の力で、今度こそお前を殺してやる」

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