夜(1)
夕刻、フェゴール一行は町はずれの修道院に着いた。
アンキモが運転するバスによって。
修道院の外の広場にはとてもシスターには見えない大柄の女がいて、手足の欠けた子供たちと、かわいらしいが目の見えない少女の面倒を見ていた。
その彼女と彼らがバスを見るや、特に子供たちがはしゃぎだした。
「「ワンワン、ワンワン」」
バスから降りて早々、フェゴールの足元を2匹の犬が吠えながら近寄り、周りの人間に警戒を促していた。
期待に応える形で、のそりと2人の男が現れた。
一人は大柄でいかつい男、もう一人はスタイルのいいイケメンだった。
「修道院に、何の用だ」
いかつい男が腕を組み、ふんぞり返るようにして威圧しつつ、フェゴールに用件を聞きだそうとしてきた。
「決まっている。バーベキューをやるぞ。手伝え」
フェゴールは両手に持っていたバーベキューセットをいかつい男に渡すと、バスの方へと向かっていった。
「むむむ」
あっけなく無視された、いかつい男。
もう一人のイケメンが、”やれやれ”といったジェスチャーで彼を慰めると、代わりにフェゴールのあとを追いかけた。
「びりりん、ちょうどよかったのである。これを運ぶのである」
フェゴールと入れ替わりに現れたマリアが、地べたに斜めに転がして運ぶタイプのガスボンベを、両手でイケメンへと手渡してきた。
マリアほどの腕力のない彼は、いきなり手渡されたガスボンベを支えるべく悪戦苦闘し始め、程なくしていかつい男に手助けされた。
「マリアが一緒だ。どうやらあの男に悪意はなさそうだ。大人しく手伝っておこう」
丸太のような太い腕でガスボンベをしっかりキャッチしたいかつい男が、やけに協力的だ。
イケメンの疑問に対し、いかつい男は次に運ばれてきたものを指さした。
新鮮な牛肉・豚肉・鶏肉がいっぱい積み込まれた、業務用の大型角形トレーがいくつも運ばれている。
本当にバーベキューが行われるようだ。
(なるほど。バイパーは胃袋を握られたな)
肉の行進にご満悦ないかつい男に、ふぅ、とため息をつくイケメン。しかし、あの肉の山を見て、自身の腹の音もはばかることなく盛大に鳴った。
「ほら、手伝え手伝え。手伝わない奴はごちそうは出ないぞ」
さっきの男がイケメンにも遠慮なしに声をかけた。
この頃には手伝わない奴は自分以外に存在しなかった。
誰もがパーティーの準備に忙しくしていた。
イケメンも慌てて、手伝いの輪に加わった。
―
バーベキューパーティーとは、パーティーとは名ばかりの戦争である。
実際、焼けた鉄網の上に、文字通りの『大量』の肉が乗っかる瞬間、飢えた餓鬼どもの目が鋭く冴え、周囲をけん制し始める。メンチを切るともいう。戦いの前には避けられない行動である。
カツトシとステファンという、気の弱いヤツがこの時点でブルって目をそらした。
バーベキューカーストの最下層に落ちた瞬間である。こうなると、這い上がるのはかなり難しい。美味しい肉を味わう権利を自ら放棄したのだから、当然だ。
エメラルド・シティの住人どもはそろってこの通過儀礼を生き延びた。さすがである。
次に、この世界の餓鬼どもは『生焼けは厳禁』ということをキッチリと理解しているらしく、肉にじんわりと熱が通る瞬間までは実に大人しかった。だが、頃合いになった匂いが漂い始めたのをきっかけに、『争奪戦』という名の仁義なき戦いが始まった。そのすさまじさ、あえて例えるならばラグナロクの如し。
「ウオオオッ!」
ジョンの持つトングが暴走機関車のように金網に迫った。
瞬く間にたくさんの焼肉が掃除機で吸われたかのように、トングの中にきれいに吸い込まれ、受け皿の中にドサッという音を立てた。まるで戦果をアピールするかのようだ。だが、ジョンの暴走はこれからだった。受け皿の肉に手を付けず、トングをくるりとひるがえすや再び戦場へと舞い戻ったのである。
孤児院の餓鬼どもは、普段の頼れる番人のまさかの非情な仕打ちに身体を震わせた。それは恐怖からくるものではなく、怒りだった。
「このおっさんに、すべて奪われてなるものかっ!」
餓鬼どもは一時停戦という名の団結をアイコンタクトで共有し合うと、すぐに動いた。
ある者はおっさんに激しい音がするぐらいの体当たりという、実にわかりやすい妨害を。
ある者は、おっさんのトングの先にピーマンや玉ねぎという野菜の壁を作り、目くらましを。
カツトシは良かれと思って、焼肉の上に野菜をばらまき、本当の目くらましを行った。
だが、この行為は頂けなかった。
子供は一般的に、肉が好きで野菜が嫌いである。
大人になればこの傾向はある程度緩和されるが、ジョンは違った。
子供相手に大人同士で用いるメンチを切ったのだ。
それは餓鬼どものが雀のションペンくらいだとして、ジョンの殺意眼光は、獰猛な野生動物のように容赦なかった。カツトシの股下が自然に濡れた。と同時に、白目をむいて、倒れた。
「いい歳したおっさんが、大人げないね」
と決してポコリという軽い音では済まされないような、鈍器か何かで殴ったかのような音がジョンの頭から響いた。
修道院を仕切る、ジョンに体格負けしない女傑モニカの審判のごとき一撃だった。
突然の出来事に呆然とする餓鬼ども。
「バーベキューパーティーはみんなでワイワイ騒いで楽しむものなんだ。それを何だい、アンタたちは。何でも殺し合いに持っていかないと済まないのがエメラルド・シティ流なのかい?」
途端にモニカのお説教が始まった。
理性を取り戻した餓鬼ども改め子供たちは普段の躾から、ごく自然に頭を下げた。
しかし、躾と関係ないところから来たステファンは違った。
モニカの説教に聞く耳を持たず、野菜を押しのけて、まだ炭化していない焼肉を探していた。
苦労の甲斐あって、トロリと溶けた脂が炭火の光を反射した美味しそうな肉に出逢えた。
ステファンは急いで口に運ぼうとした。
と。
大きな影が差し、ステファンは闇に包まれた。
思わず顔をあげると、女傑モニカの顔が変化していた。
薄っすらと闇のオーラのようなものをまとっている――気がした。
「人の言うことを聞かない悪い子にはね――――」
ステファンにモニカの最後の言葉は聞き取れなかった。
さっき、彼女がジョンに浴びせたのと同じ丸太のような大きな一撃を喰らったからである。
ジョンはともかく、子供には厳しい一撃だった。
かくて、2人目の気絶者が出来た。
―
「どうやらここは、焼肉奉行の出番のようだ」
一連の出来事を楽しそうに見ていたフェゴールが、しゃしゃり出た。
「ヤキニクブギョー? 何だい、それは」
モニカの答えに対し、フェゴールは行動で応えた。
余った二つのトングを取り出すや、目にもとまらぬ早業でそれは終わった。
いつのまにか、全員分の焼き肉の皿に肉と野菜が等分に載っていた。
それらは先ほどの騒動のせいもあってか、ほとんどが焦げていた。
当然、子供たちからブーイングが起こった。
「モニカの説教分のペナルティだと思って大人しく食べるんだな。それと、ジョン」
「バイパーと呼べ」
「知らん。お前さんにもペナルティだ」
と、フェゴールのトングが再び踊りだした。
これまたあっという間に、ジョンの皿に載っていた大量の焼き肉が減り、その分が子供たちの皿の中に均等に分けられていた。
子供たちは一転して、フェゴールに拍手を送った。
「てんめぇぇ」
「ブギョーは公平な審判を行った。あんたが腹を立てる理由がどこにあるんだい。大体、大柄な大人が子供に交じって、肉を取り合うだなんて恥ずかしい行為だと思わないのかい」
ジョンが恨めしそうな眼差しでフェゴールをにらみつけるよりも早く、フェゴールの行動を評価したモニカが代わりにジョンをけん制した。
口喧嘩ではモニカにはとてもかなわないジョンは、シュンと大人しくなった。
「肉ばかり食べず、野菜も食べろ。それが出来ているうちは焼肉奉行は何もせんさ」
そういうと、フェゴールは再び奥の方へと引っ込んだ。
「さあ、子供たち。ブギョーさんに感謝して、お肉をいただくんだよ。はい、いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
反省した子供たちは、まだまだいっぱいある山盛りのお肉にチラチラと目移りしながらも、言いつけをきちんと守りながら、今度はバーベキューパーティーを楽しんで食べた。
カツトシとステファンも途中から目が覚めたが、さきほどとがらりと雰囲気が変わった子供たちに戸惑いつつも腹いっぱいになるまで焼き肉をほおばった。
一方、そのころ。
フェゴールがすんなり遠くの方へと引っ込んだのにはワケがあった。
彼は鉄板の上でジュウジュウと音を立てる肉塊に頬を緩ませていた。
ステーキである。
ここには体格大人組とビリー、遅れてモニカが登場した。
「遅れてすまないね」
「構わないさ。ちょうど、アンタの分が焼き終わったところだ。ウェルダンを希望だったな」
「ああ。しっかり火が通ってなきゃ、安心できなくてね」
「じゃ、適当なところに座ってくれ」
モニカがイサカに案内されて、きちんとイスとテーブルのあるところへと落ち着いた。
「おや、ワインまであるのかい」
「チョイスはライカがやっている。味は保証するよ」
フェゴールは振り返ることなく説明した。肉を丁寧に盛り付けているところらしく、目が離せないようだ。
「お待たせした。イサカ、例の魔法の解除を」
「イエス、マスター」
モニカ用のステーキを用意したフェゴールがイサカに何かを頼んでいたようだ。
それは品質保持の魔法といい、出来上がりの最高の状態を保つ効果があった。
魔法が解かれた瞬間、辺り一面に濃厚な肉の香りが漂った。
彼らはたまらずナイフを肉に突き刺し、頬張った。
子供たちや大人たちに幸せなひと時が訪れた、そんな夜だった。




