昼(3)
ベルフェゴールが路上で伸びているその頃、イサカ率いるパートナーズは、ジュドーに紹介された豪勢なホテルにてくつろいでいた。
……いや、くつろぎ方を知っているイサカやベネリら体格大人組はともかく、体格幼女組にはグルメ・エステ・ショッピングの楽しみを味わうにはいろいろ早く、案の定、飽きていた。
「イサカ、フェゴールを探していいかニャ」
ラムを代表に、ステアー、メリー、モナ、シグ、ベレッタがお伺いを立てた。
イサカに断る理由はなく、2,3点、注意事項を口頭で確認し合った後、見送った。
「で、ラム。お前、フェゴールがどこにいるのか見当はついているのかよ」
何かを視ているかのように駆け足気味で先を行くラムに、シグが訊いてきた。
「ニャ。この方角にフェゴールの気配を感じるのニャ」
「本当かのぅ」
「わふー♪」
疑わしき眼差しのシグに、珍しくステアーがラムの発言を肯定する反応を示した。
普段のラムとステアーの仲の悪さはパートナーズ全員が知るところだが、ことフェゴールのことになると呉越同舟よろしく協力的である。
「ステアーちゃんの鼻も確信があるようですしぃ、少しでも先を急ぐですぅ」
ベレッタの掛け声で、幼女組の探索方針は固まり、再び、駆けはじめた。ところがどっこい、ここはエメラルド・シティ。カワイイ女の子の団体様を、下卑た笑いを浮かべる連中が見逃すわけがなかった。
「カワイイお嬢ちゃんたち。俺たちと一緒に――」
音もなく囲むまでは良かった、総勢20体の雑魚たちだったが、挨拶をした途端、それまで昼行燈のように眠りこけつつ走っていたメリーが覚醒するや、瞬く間に代表者を斬り伏せた。
それが戦いの狼煙になり、幼女組の各武器が火を噴いた。
20対6という戦力差は瞬く間に埋まり、血みどろの戦場をたった一人だけ生き残らされた若者がラムと目が合った。
「あたちたちはこう見えても虎の会の一員だニャ。今後は相手をよく見てケンカを売るのニャ」
そうラムが無い胸を誇るようにエヘンと突き出した。
生き残った若者は、その少女が虎縞模様のビキニ姿を自慢げに見せつけてきたことから、彼女を虎の会のトップの娘だと勘違いした。
急に自分たちがしでかしたことへの恐怖心に囚われた若者は、這う這うの体で裏路地の奥の方へと逃げ去った。
一行は、すぐさま先を急いだ。
道中、今度は2メートルぐらいの大男とラムは曲がり角でぶつかった。
スキンヘッドの大男は、彼女の後を追うようにかけてくる似たようなサイズの少女の群れと引率者らしき大人一人に対し、何事かと首をひねった。
「ニャ。また懲りずに邪魔をするのかニャ。今度は容赦しないのニャ」
ラムは彼の姿を見て、さきほどの連中が雇った殺し屋だと思った。
「へぇ。何か勘違いしているようだが、殺るというのなら相手してやろう」
その男は、豪快に笑いつつも身にまとったオーラを膨れ上がらせた。
ラムもまた、猫招き流の構えをとると殺意をみなぎらせ、男に飛びかかった。
―
「がははっ、ルペン、年貢の納め時である」
ゼニー警部がしつこく追いかけた仇敵は、目の前で若い女に殴られて伸びていた。
泣きじゃくる女はよく見てみるとまだ少女の面影があり、何故か相棒の美咲刑事が彼女をなだめていた。
急にいなくなったかと思えば、見知らぬ少女と一緒になって行動しており、それが巡り巡って、ルペンを捕まえることに成功している。
ゼニー警部は、彼女の『泥棒を捕まえる才能』に対し、背筋が震えあがる感触を覚えた。もちろん、そんなことはおくびにも出さず、彼は美咲刑事を呼び、盛んに誉めるのであった。
そのあと、ゼニー警部はベルフェゴールを担いだ。
「彼は一体、どうするつもりですか?」
「何を言っておるか、美咲くん。泥棒を捕まえたら、牢屋にぶち込むのが定石ではないか! おい、そこの警察官、ボーーッと突っ立っておらんで、コイツを牢屋に連れていけ」
「ええーっ、勘弁してくださいよ、大陸の刑事さん。大体、こんな奴、牢屋に入れたところであっという間に死体に変わるのがオチですよ。それよりもその辺に捨てておいた方がいいんじゃないですか? こいつの着ている服とか物乞いには需要がありますし、夜10時になったら人外が」
「貴様らには人権というものの発想が」
「ゼニー警部、落ち着いてください。そして、ここがエメラルド・シティだということを思い出してください」
治安警察に説教をしようとしたゼニー警部だったが、美咲刑事からの反撃を喰らい、そのショックもあってか冷静さを取り戻した。
「……止むをえん。コイツはワシらの護送車の中で拘束する」
憮然とした表情でベルフェゴールを担ぐゼニー警部。最後に彼はヘラヘラしている治安警察をこれでもかっ! とまでに凝視してから、その場を立ち去った。
(…………にゃーん…………)
ベルフェゴールを担いでの移動中、ゼニー警部は猫の鳴き声を聞いた。
思わず周囲を振り返るが、猫の姿はどこにも見当たらない。いや、それどころかエメラルド・シティに到着してからというもの、子猫や子犬と言った小動物を観光客が連れて歩く以外で見かけたことがなかった。
(…………にゃーん…………)
またもどこからか声がした。しかし、ゼニー警部は関心を払わなかった。
彼の胸中を察するに、小動物よりも肩に担がれた逮捕者の方の関心が高かった。
「猫の鳴き声である! エメラルド・シティでは珍しいのである!」
今度は、それまでエンエン泣いていた少女が鳴き声に反応した。
少女は、なんだかんだと美咲刑事に懐いてしまったのか、離れることなく彼らのあとを着いてきていた。そして、今、警察犬並みの嗅覚でもあるのか、地面に鼻をクンカクンカしては、「あっちである!」と方向を特定してきた。
止せばいいのに、美咲刑事が少女の後を追っていった。
エメラルド・シティにおいて、女の子2人の移動は大変な危険が伴う。
ゼニー警部は肩の荷物に対して荒い息遣いを立てつつも、そのあとを追いかけるのであった。
ふと、一陣の風が舞った。
同時に、ゼニー警部の肩越しに反応があった。
ベルフェゴールが目覚めたのである。
目覚めと同時にベルフェゴールは手錠を解いた。服の手首にヘアピンを隠し持っていたらしく、慣れた手つきで何事もなかったかのように。
ゼニー警部がその鮮やかさに見とれてしまった一瞬の隙をつくかのように、ベルフェゴールはその場を離れた。
だが、向かう先は少女と一緒だった。
「何であるか。猫の声はマリアが先に見つけたである。マリアのものである」
「あれは猫であるが猫じゃねぇ」
「おかしなことを言うのである。では何であるか?」
「あれは、俺の嫁だ」
マリアは一瞬だけ、唖然としてしまった。
その隙を逃さないとばかりに、ベルフェゴールがラストスパートをかけるかのごとく激走していった。
マリアは油断した自分に舌打ちしつつも、がむしゃらにあとを追いかけた。
そして、彼らは出会った。




