昼(2)
ルペン三千。
あのベージュ色のソフト帽にトレンチコートのおっさんがハッスルしているところからして、じっちゃんあたりが伝説の怪盗とか言うオチのついた泥棒の子孫なのだろう。
どんな奴かは知らんが、迷惑なことだ。
おかげさまで、多分、ICPОであろう刑事のおっさんからの執拗なタックルを避け、振り回してくる手錠をかわし、転ばせようという意図が見え見えの足払いを振り払い、距離をとる破目になった。
だが、いつまでもここでおっさんとじゃれつく気もないので、食堂の玄関に向けて、おっさんの野太い声を真似して、あのウェイトレスを乱暴な口調で呼び出すことにした。
『給仕、至急、ここに来るんだ。ハリー、ハリー』
「はい、少々お待ちください」
何やら忙しいのか、リンは声だけの対応で時間を稼いでいる。
図に乗るチャンスである。
『ばっかもーーん! そんな接客態度でワシから金を踏んだくろうとは片腹痛いわ。勉強代として、今日の飯代はタダにしろ』
「ちょっと、冗談はよそでやりな。あんた達、あのおっさんに現実の厳しさを教えておやり」
「「「ウッス! 姉さん、行ってきます」」」
と食堂内から、うおおお! という雄叫びとともに肉切り包丁を片手で振り上げたコックたちが血眼になって、このおっさんに対して特攻していった。
あのおっさんは自分との相手どころではなくなり、自分はこのゴタゴタを利用して、食堂を後にした。
「よう、さっきのお手並み、見事な腕前じゃないか」
タバコをくゆらせながら歩いていると、道路脇から声をかけられた。
視線をそちらに移動させると、今度は黒のソフト帽に紺系のスーツ姿の男が車の中から手を振ってきた。
「俺の名は二千大介。あんたさえよければ、コンビを組んで暴れてやってもいいぜ」
窓から身を乗り出して、その男は求めてもいないのにサムズアップしてきた。
正直なところ、自分はその名前を聞いただけで、何だかすごく疲れた。特に三千の次に二千とか、何だ?
だったらこの流れで行くと、あの刀使いは千なのか四千なのか?
と、内心でツッコんでいたら、気配を感じた。
そちらの方へと振り返ると、腰に刀を差した浪人が現れた。
思わず、キターーーーッ! と口にするところだった。
「拙者は千川悶々。刀の扱いには自信があるでござる」
「私の名は、ヒザフジコ。矢が刺さってないから、まだ現役よ」
呼びもしないのに、ライダースーツの美魔女が現れた。わかる人にしかわからない、微妙なセリフを添えて。
「何の用だ」
「オイオイオイ、今更それを言うのか。いや、これはひょっとすると歓迎テストかな。
だったら、予習を兼ねて、俺の情報を披露するぜ。
俺の狙いはもちろん、昨日出来たばかりの最高級ホテル『バベル』に展示されている秘宝『魅惑の口づけ』だ。時価総額3兆ギルダンともいわれるシークレットルビーを目にしたら、誰もが思わずキスをしたくなる……そういう由来が出回るほどの、希少なブツだ。まぁ、その分、セキュリティも相当に厳しいけどな」
アンドレが付けたテレビで何度も同じ画面を見せては女子アナが熱っぽく語っていたが、これのことか。しかし、コイツの情報はテレビが言っていたことをそのまま垂れ流しているだけだった。
浪人も美魔女ライダーも、うんうんと唸るだけで独自情報の一つも寄こさない。
寄こす気がないのか、持っていないの二択としたら、おそらく後者だろう。
「ねぇ、ルペン、よかったら分け前のお話をしない?」
と言いつつもヒザフジコなる美魔女がライダースーツのチャックをチーと下ろし、自慢げなおっぱいの脇の方を見せつける。
残念ながら、自分はロリコンである。いや、ロリ一筋数千年のロリ魂か。だから、そんな年齢不詳過ぎるババアのを見て、何の感情も湧きあがらない。
遠くから例のおっさんの声がこちらに向かってくるのが聞こえた。
その声を聴いて、マズいといわんばかりに奴らがソワソワし始めた。
だが、自分が許可をしないため、逃げたくても逃げなられないようだ。
自分は悩むふりをした。それもすごく真剣な表情でウンウン唸る。
「みぃーーつーーけーーたーーぞぉーーーー!」
「どうする気だ、ルペン」
おっさんとの距離が500あるかないかのときに、かなり焦り気味の二千が自分を煽り立てる。
「よし。作戦は当日、展示物前で」
300切ったところで手短に伝えた。
二千はアクセルを勢いよく踏み出し、そそくさと逃げ、そのあとを美魔女のバイクが続いた。浪人は美魔女の腰に手をかけていて、だらしない顔つきである。どうやら、アイツはババ専のようだ。
例えばアイツが梅干し好きだったとして、しなびた赤い梅が好みだとしたら、自分はカリカリが楽しい青い梅だ。そのぐらいアイツとは分かり合えない気がする。
「グアーーッ、ぺっぺっぺ!」
近距離から、二千の車による夥しい量の排ガスをくらった例のおっさんは、自分ばかり見ていたせいで対処が遅れ、盛大に排ガスを吸い、思わずその場に伏して、呼吸を整え始めた。
自分はその隙に、腰をかがめながら移動して、すばやく雑踏の中に溶け込んだ。
パートナーズ以外に教えていない特技の一つに、『気配遮断』がある。
魔法として唱えてはじめて効果が出るモノらしいが、自分の場合は、中腰になるだけでいい。その状態を維持しておけば、移動しても発泡しても状態解除は起こらない。解除は立ち上がるだけだ。
だから、立ち直ったおっさんがあたりをキョロキョロと見回しても、見つかることはなかった。
―
治安警察署前。
充分な距離を取ったのを確認してから、そばの裏路地にて中腰の姿勢を解除し、警察署前で伸びを行っていると、「ぶつかるのである!」という声がかかってきて、その直後、背中を激しい痛みが襲った。
誰かにぶつかり、かなり勢いがあったせいか表通りでゴロゴロと転がった。
車にぶつかるのと等しい衝撃から、クラクラする意識を振り払い定まらない視点を元に戻すと、パンクなねーちゃんの上に馬乗りになっている自分が認識できた。そして、とっさの出来事で何かを掴もうと思っていたのだろう。
ネーちゃんの胸をむぎゅっと掴んでいた。そして、彼女が目覚める。
「…………」
「…………」
「…………」
「何をするであるか、ヒドイである。お嫁さんに行けなくなったである」
と言いつつも、しっかりと自分を殴ってきた。見た目の割にはやたらと殴り慣れており、かつ、無茶苦茶重い一撃だった。つまり、痛い。
意識こそ飛ばなかったが、脳が軽く揺れたのかバランス感覚を崩された。よって、今度は自分がアスファルトの上に投げ出されるかのような感じで背中から倒れた。これもまた、痛い。
泣きじゃくる女をもう一人の女が必死になだめる声が聞こえた。
視点がぶれているので、なだめているのがどんな女かはわからなかった。
とりあえず、だ。
回復してから、お互いの状況を確認して、事故だったことを認めさせようと思った。
じゃないと、ウチのカミさんが怖い。
※用語解説※
◎ヒザ
元ネタはスカイリム(正式名称はThe Elder Scrolls V: Skyrim)から。
町の治安を維持する衛兵たちの口癖「昔は冒険者だったんだが、膝に矢を受けちまってな」を、フジコちゃんの名字にするという暴挙。
よって、この美魔女の台詞の意味は、”ヒザの状態がいいから現役を続けている”という理屈です。




