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昼(1)

「1番、マリア、筋肉音頭をやるである。

 きーんにくっ、きーんにくっ、ムーキムーキ、ギュム!

 あっ、ソレ。

 きーんにくっ、きーんにくっ、ムーキムーキ、ピョム!

 きーんにくっ、きーんにくっ、ムーキムーキ、フンヌ!」


 切れ味の悪いはさみでデタラメに切ったかのような、心持ちジャギーカット風の短い銀髪に透き通るような白い肌、どこぞのパンクねーちゃんを彷彿とさせる黒い鋲入りの革ジャンを着込んだ女が、突然、久住美咲とムキムキマッチョメンたちの間に入ったかと思うと、テンポのいい音頭とともにボディービルダーがよくやるポージングを決めはじめた。

 初めは呆気にとられるマッチョメンだったが、彼女の革ジャンからこぼれ出る質の高い筋肉にムラムラと対抗心が沸き上がるや、まるで『だーるまさんが、こーーろんだ!』のあとのポージング我慢比べが開催された。


 常識人側の久住くずみ美咲は、突然の出来事に面食らうも、マリアと名乗る少女により勝手に審査員に認定され、左から順に口頭で点数を読み上げる羽目になった。

 用事を切り出してその場から離れることも考えたが、ポージング状態のまま動きはしないが、その必死さがムンムンと伝わる視線からくるプレッシャーに足が動かず、律儀にも総勢12人のポージングに対し、とっさに浮かんだ数字を伝えたのだった。

 ちなみに結果発表であるが、マリアが文句なしの百点満点で優勝した。

 僅差(97点)の青年と軽いハグを交わし、互いの筋肉をバンバンと叩き合って健闘を称えたところで、この催し物は好評のうちに幕を閉じた。



「良い汗をかいたのである。みさきんはあの場所で何をしてたであるか?」

「道に迷っていたの」

「みさきんは観光客であるか?」

「仕事でエメラルド・シティに来たの。でも、昨日来たばかりで道をよく知らないの」

「それはいけないのである。エメラルド・シティは危険である。マリアが観光区に案内するである」


 名前を聞かれ、いきなり『みさきん』と呼ばれたが、久住美咲は学生時代にクラスメイトから同じニックネームで呼ばれていたため、どことなく懐かしさを思い出した。

 それよりも、この少女は久住美咲にとって、思わず涙があふれてしまうほどにありがたい申し出をしてくれた。


「ええ、ありが――――きゃああ!」


 マリアが差しのべた手を握った久住美咲は、肩の筋肉と比べるとそこまで太くない腕の信じられない力に引っ張られて、ひとり騒々しく、来た道を戻っていくのであった。





 食堂『ジュドー&マリア』にて。


 フェゴールは、食堂の外側にてビーチパラソルを開き、その場に置き捨ててあった適当な座椅子とテーブルを持ち込んでそこで新聞を読み始めた。

 エメラルド・シティに差し込む陽射しのまぶしさはともかく、吹きつける風は心地よいため、フェゴールは、本日の店長であるリュウに無理を言って、ゴドーショップからビーチパラソルを取り寄せてもらうと、前述の行動に出た。

 あらかじめ打合せしていた通り、ある程度の視線が集まったところにリュウの彼女であり給仕のリンが、美味しそうな分厚いハンバーガーとキンキンに冷えたフルーツジュースをトレーに運び、テーブルに置いた。


「おお、意外と美味そうだ」

「リュウ店長の自慢の一品ですわ。味は保証します。ごゆっくりどうぞ」


 これまた打ち合わせ通りの台詞まわしであるが、リンは噛むこともなくベテランのウェイトレスを演じ上げ、フェゴールがハンバーガーを美味しそうにむしゃぶりつき、フルーツジュースを盛大にすすった。


(ゴク)

(ジュル……)


 フェゴールのもくろみ通り、この一部始終を見ていた観光客が物欲しそうな眼差しで見つめていた。

 すっかり食べ終わったフェゴールが、空気を読んで、その辺に投げ捨てておいた残りのビーチパラソルをそそくさと複数設置して、これまたその辺からイスとテーブルを運び出し、陽射しでフラフラ気味の観光客を捕まえるや座らせて、リンを呼んだ。


「ハ、ハンバーガーを。それとフルーツジュース」

「俺も!」

「私も!」

「ボクも!」


 ……と言った塩梅に、隅でパチンコやって大当たりのサクラに励むオバちゃんみたいな作戦を実際に成功させて、『ジュドー&マリア』の屋外にオープンテラスを設置させたフェゴールであった。





 ゼニー警部は昼飯をどこで食べるか悩んでいた。

 本当は『バベル』側からホテル内での飲食をサービスしてくれる券をもらっていたのだが、昨晩の事件のせいで、捜査の枠にも入れず、結果的にホテルを追い出された格好のため、サービス券が数日分無駄になった。


「ムムムッ、アイツは!」


 護送車で観光区のめぼしい場所をぐるぐる回っていると、テラスでのんきにくつろいでいるフェゴールを発見した。

 幸いなことに、そばに食堂があり、護送車を裏の駐車場に止めると、部下たちは我先にへと食堂へと向かい、ゼニー警部はフェゴールの隣に座った。ドカッと音を立てるぐらいの荒々しさで。

 何の断りもなしに。

 しかし、ゼニー警部の思惑は外れ、フェゴールは何の関心も持たなかった。


(グヌヌ……、これでも凶悪犯の大半をビビらせるワシの恐持こわもてを前にしてこの度胸、やはり奴はアイツに違いない)


 ゼニー警部はひとり何らかの確信を得るや、フェゴールを指さし――


「ワシは貴様の正体を知っておる。大人しくお縄を頂戴しろぃ」


 そう宣戦布告した。

 もちろん、ガタンッと激しい音を立てて立ち上がるや、手錠を振り回している。


「無駄だ。その程度では捕まってやるわけにはいかない」


 食いついた!

 ゼニー警部は内心ガッツポーズをとりたい気分を押さえながら、更なる言葉を紡ぐ。


「今の発言で貴様はルペン三千だと判明した。逮捕だ!」


 ゼニー警部は飛びかからんばかりの勢いで、抱きつくようにフェゴールに接近した。

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