レンタルハニー5
ようやくヒーロー登場!
九時三十二分。ラビは指定の場所に着いた。
【白猫の寄合所】、貴族平民入り乱れる三番街人気のカフェだ。
最短距離を取ったせいでひたいを汗がつたう。呼吸も荒く、このままでは店に入れない。
しかし、それ以上に困ったことがあった。
「名前、聞いてない……」
マルディヘルは「騎士」と言ったが、名前までは言わなかった。
出際に渡されたメモには、マルディヘルの癖字ではないからテェリシアの字だろうか? 簡単に指定の場所と時間しか書いていない。紹介状にすら成り得ないものだ。
しかし、戻って確かめる時間もない。
かくなる上は、騎士っぽい人を探す!
馬鹿だ。他人の事を言えない。
そう思っても他に思いつくことはない。自然中が見渡されるショーウィンドウに目が行く。午前中から茶と談話を楽しむ裕福な身の上の人達、その中に―――
「……いたよ、騎士」
―――見つけてしまった。
色味の濃い金髪を整髪料で撫で付け、上等な衣服を着崩すことなく身に着けた体格のいい男。全身からそれらしいオーラが放たれている。何より、無駄にいい姿勢をした男は、その脇にその巨躯にあった剣を携帯していた。
「うわぁ、不審者だぁ……」
思わず考えが口に出た。
しかし、おかしいだろう。
一般人の武器の携帯は犯罪だ。国に登録した人間しか持ち運べないという法律が存在する。しかし、当然国もはいどうぞと簡単に登録させてくれるわけもない。動機は勿論、犯罪歴、年収、家庭状況、交友関係まで調べられる。そんな七面倒くさいことをしてまで武器の携帯を望む一般人なんて、そうそういるわけがない。
それで以てあの風格じゃあ、「私は一般人じゃありませんよ」と主張しているようなものだ。「白猫の寄合所」が「騎士の立寄所」となっている! ―――うまいこと言った?
店の中を凝視していると、可愛らしい店員さんと目が合った。少し困り顔で微笑みながら会釈する。彼女の口元が「どうぞ」と動くのを見て、今の自分の方がよっぽどおかしいことに気づくのだった。
※※※※
「マジェンカ人材派遣事務所から参りました。C-0027、ラビです。遅れて申し訳ありません」
件の騎士にラビは折り目正しく頭を下げた。
「構わない。頭を上げてくれ」
言われた通りに頭を上げ―――唾液をゆっくりと嚥下した。
騎士というものは、存外見た目というものが重視される。貴人というものは傍に置く護衛に腕だけでなく容姿まで求めるということは、よくあることだ。護衛に三課の人間を派遣しても、「こんな(むさい)の傍に置いておけないわ」と突き返す依頼人もいる。その後を任されることの多いラビには、身をもって知っていることだった。
男もその類から漏れず美形だった。しかし、美形は美形でも、美丈夫といった方が正しいそうないかつい強面。眉が太く、口は真一文字、顔も体もどれもこれもパーツが大きく、切れ長の目の中のエメラルドの眼光は鋭い。年の頃は、三十程。長く蓄積された武人としての威厳とでも呼ぶべきものが、尚その姿を強く逞しく見せる。
「レイヴァン=ナイト=オリエスだ。こんな依頼を受けてくれたことに感謝する」
逆に頭を下げられてしまったラビは恐ろしくなった。
―――レイヴァン=ナイト=オリエス。
聞いたことがある。というか、よく知れた名前だ。
「騎士、団長……?」
「知っているのか?」
「有名人ですよ……」
―――あの狸野郎め!
わざと依頼人を言わなかったに違いない。
騎士は騎士でも、王宮騎士団の騎士団長が依頼人だなんてわかればラビは間違いなく断っただろう。それがわかっていたからこそ、マルディヘルは黙っていたのだ。
―――もう断れないじゃないか。
王宮騎士団。
それは、国を護る最強の剣の名だ。
このフィラディアには、三つの武器がある。
【国の剣、王国騎士団。
国の盾、治安維持部隊。
国の鎧、宮廷近衛隊。
これ三つをもって王国国軍と成す。】
子供でも知る決まり文句。
中でも最も人気があるのが、王国騎士団だ。
都市の守りを任される治安維持部隊は、国民に最も近いが故に国民たちとの衝突も多い部署だ。逆に、宮廷近衛隊は王族守護が主な任務のため、国民からは遠すぎる。近すぎず遠すぎず、国のために剣を振るうその姿は人々の尊敬と少年たちの憧憬の的をなっているのだ。
その騎士団長は、それらの象徴のようなものだ。
思えば、店の客たちがちらちらとこちらを見てきている。特に、女性陣の目が痛い。
―――道理で、結婚迫られるよ。
マルディヘルの口調からでは「家族が一人身の男を心配して結婚させようとしている」ように思えたが、これは違う。いや、そうかもしれないけど、もう一つ理由がある。
―――これは、本当に「あなたどちらの方?」って訊かれそうだ。
ひしひしと感じる女性陣の目。「あれ、誰よ。年が離れているようだけど、妹?」「似ていないわ。親戚の子じゃないの。まさか恋人ってことはないでしょう」なんて言っているように思えてきた。これがこれから日常化すると思えば、身ぶるいしそうだ。
しかし、騎士階級を与えられるのは国軍の中でもそれなりの役付きだけだ。今思えば、先に気づいていてもよかったはずだ。
―――嗚呼、本当馬鹿だ。
今更ながらにラビはこの依頼を受けたことを後悔する。
そして、その直後、男がとんでもないことを言ってくれた。
「指輪を買いに行こう」
指輪。
それが何を言いたいのか理解して、今度は時間が迫っているわけでもないのにラビは早鐘を聞くこととなった。
しかも、男の言葉はまだ止まらない。
「先に用意できるものはそろえたが、サイズがわからなかったから衣服などはまだだ。時間がないから、今日は指輪だけ買いに行く」
―――ということは、まだ買いそろえるつもりか! ってか、もう幾つか買ってあるのか!
どこまでやるつもりだ。
「そ、そこまでしないでも……」
「やるからには徹底的にする必要があるだろう。婚約したというのに指輪の一つでもなければ不自然だ。必要だと思えるものは部屋にそろえてあるが、他にあれば遠慮なく言うと良い」
「へ、部屋……」
保護とは聞いていたけど、まさか―――
「聞いていないのか? 君は今日から私の屋敷に住むんだ」