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レンタルハニー4


 一課に戻って、そもそも今日事務所に出勤した理由の報告書を提出する。一か月もの長期出張だっただけに、ただでさえ分厚い報告書はここ数日睡眠時間を削って作成したものだ。インクの濃さが眠気と格闘した証となっている。

 「お願いします!」

 叩きつけるように課長に渡せば、「次は休暇とれるといいですね」なんて嫌味を言ってくれた。あの人は間違いなく部下を過労死させたいんだ。

 茶化すオッサンたちを適当に流して、待ち合わせ場所へと急ぐ。


 しかし、二階フロアを降りようと階段に来たところで鉢合わせた顔に、ラビは堪らず渋面を作った。

 つややかなプラチナブロンドに、切れ長の灰紫の目、鋭いあごと高い鼻。顔立ちは華やかだけど、触れれば切れそうな怜悧な美貌の青年―――ルノだ。

 その綺麗な顔立ちと切れ者で隙のないさまがご婦人たちから人気のようだが、中身は腹もちならない性悪男だ。ラビは彼を見る度、昔見た高慢なペルシャ猫を思い出す。

 ルノはラビと目が合うと、神経質そうに眉を跳ね上げ見るからに「不愉快だ」という顔をした。


 「へぇ、最近見ないと思っていたがまだ続けていたんだな」


 言外に「さっさとやめろ」と言ってくる。相変わらず性格が悪い。

 ルノは、ラビと同期入所した派遣所員だ。同期入所の中では一番年が近いのだが、恐ろしくそりが合わない。

 顔を合わす度、嫌味か悪口しか出ないこの男こそ、さっさとやめればいいのだ。

 「あんたに関係ないでしょ。忙しいのよ、ほっておいて頂戴」

 きつく睨めば、ふんっと鼻で笑われた。

 高飛車で偉そうな様子がまたよく似合うやつだ。

 「また仕事か……単価の安い奴は数をこなさないといけないから大変だなぁ」

 無性に腹の立つ言い方だ。

 それが事実だから尚腹立たしい。

 ラビのランクはC。ルノのランクはラビより一つ上のBだ。

 研修生としてFから始まる中、四年でCまで上り詰めたラビは所長が寄越す難しい依頼

も多く引き受ける十分優秀な人材だ。しかし、それだけに同期でランク一つ上という、ルノがどれほど優秀なのかを思い知る。

 事実、ルノは指名率ナンバー2。若手随一の売れっ子だ。


 否定も言い返すこともできない。結果、開き直った。

 「そーよ。だから退いて頂戴」

 階段を塞ぐように立っていたルノを退けようとすれば、緩く二つに縛っていた髪の一束を掴まれた。

 「痛っ。何するのよ!」

 良い年をした大人のすることじゃない。ルノはプロフィール上二十歳で、ラビより年下

だけどだからと言って大目に見れる程ルノは可愛い年下ではない。憎たらしすぎて吊し上げたくなる。

 ルノは枝毛でも探すように毛先を弄ぶ。

 「お前、この頭のまま現場に行くのか」

 この頭、とは髪色のことだろう。

 恐ろしいことに、今の髪色はコーラルピンクだ。件のじゃじゃ馬お嬢様の御希望で、ラビはそこに派遣される時いつもこの色なのだ。

 「仕方ないでしょ。染め直している時間がないのよ」


 ―――というか、あんたに構っている時間もないのよ!


 言ってやりたかったが、するとこの性悪鬼畜は嬉々としてラビの時間をむさぼるだろう。いらないことは言わないに限る。

 放せ、と髪を取り戻そうとしたが、さらに握り込まれて頭皮が引っ張られる。

 「痛いって言ってるでしょ。あんた本当人の嫌がることするのが好きね。所長の手先?」

 「あんな人外と一緒にするな」

 「あたしからしたら行動がおかしいところは一緒よ。目的がわからない分、あんたの方が理解不能」

 二人共頭が良すぎて馬鹿に見えるのだ。

 対外的にはルノの方が取り繕える分ずっとマシなのだろうけど、接する時間が長い分ラビの中で所長の方がまだ行動の意図が理解できるようになっていた。いや、本当びっくりすることに。慣れって恐ろしい。しかし、ルノの行動はさっぱりだ。

 「変人所長と一緒」という不本意な扱いを受けて、ルノはしばし眉を寄せて考え込むようにしたが、結局口から出たのは嫌味だった。

 「お前にこの色は似合わない。もう染めるな」

 「大きなお世話。似合わないことなんてわかりきっているわよ」

 目の色が黒っぽい灰色なので、髪の色が悪目立ちするのだ。当然、いつもは他の色に染めている。

 次は何色に染めようか。メイド服は黒系が多いから、黒は避けたいところだ。無難に茶色系統にしておこうか。

 そんなラビの考えが読めたに違いない。

 「馬鹿が。さっさと元の色に戻すんだな」

 「あたしの勝手でしょ。うっとうしいわね」

 キッと睨んだけれど、ルノはどこ吹く風で、結局言いたいことだけ言って所属している二課に戻って行った。

 ―――いったい何がしたかったのか。

 悠然と歩く後ろ姿を険しく見つめたが、ハッと自分が急いでいたことを思い出す。

 どうせ、ただ嫌がらせがしたかったんだろう。

 それで落ち着くことにした。

 

 急いで事務所の一階ロビーから出る。

 服の内ポケットに入れている懐中時計を確かめれば、九時三十分。

 遅刻決定。

 


 


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