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レンタルハニー3

 

 ……………………はい?


 今日から。三か月。婚約者。

 色々と引っ掛かる言葉が多すぎる。

 とりあえず、

「一から説明してください」

 わかる言葉で。



 ※※※※



 で。


「お偉い騎士様が周りから結婚を迫られていて煩わしいから、とりあえず偽の婚約者を作って当面を凌ぎたい。しかし、身近に適当な人物がいないから、派遣してほしい。それで、わたしを派遣することになった、と?」

「その通り~」

「―――所長って頭良すぎて馬鹿にしか見えない時があります」

 日常の大半的に。

「どうして? 名案だと思うよ」

 思いつかないわけないだろうに、あの頭で。

 この穴だらけの計画に。


「まず、三か月だけ婚約者を立てたところで何とかなるものでもないでしょう」

「あ、それは大丈夫。三か月後、移動で西に行くらしいから。当分戻ってこないって」

 それで周りが急かしているのか。一人身で慣れない土地に行って、健康管理やら何やら心配になるのだろう。

「次に、わたしの身の安全は?」

 仮に婚約者を演じるとして、本当に色々求められてはたまらない。

 懸念はマルディヘルに伝わったようだが、へらりとなんでもないように笑われてしまう。

「お堅い騎士だよ。大丈夫だって。それに、いざって言う時は自分でなんとかできるでしょ?」

「人の護身術を何だと思っているんですか……」

 呆れてぼやくラビに、マルディヘルは「それに」とくすくす笑った。

「本当に手を出されてしまったら、私が最高の仕返しをしてあげるから」

「……それは」

 ―――とんでもなく、心強いことだ。

 ただ、事後でしか働かないので結局のところ何の解決にもならないのだが。


「では、最後に―――」

 ラビは大きく息を吸い込んだ。これが一番言いたいことだ。 


「わたしにお偉い騎士の婚約者なんて出来るわけないじゃないですか! あたしが家出した理由知っていてよく言いますね」


 思いっきり怒鳴りつけてやった。

 すると、一瞬きょとんとしたが、直ぐににたにたと笑いだす。口の端がめくれあがって、金色の瞳がぎらぎらしている。獲物を爪先でなぶる獣のようで、気持ち悪い。

 そして、警告音が発せられる。 


「駄目だよ、ラビ。それは“規則違反”だ」


 前例のない企業であるマジェンカには、幾つも国と交わした制約がある。

 その一つが、徹底的な情報統制。

 国に不利益となる情報を漏らしてはならない。

 依頼人の情報を漏らしてはならない。

 所員たちが派遣先から得た情報は漏らしてはならない。

 所員たちの個人情報を漏らしてはならない。

 ―――そのために、所員たちは入所時に所員としてのプロフィールを作り、その他の情報の一切を明らかにすることを禁じられる。国が関わっているので、法的拘束力を持つ洒落にならないものだ。


「ラビ、私の言う事を聞きなさい。なら、今のは聞かなかったことにあげよう」

「……脅迫しますか」

「別に私はいいんだよ、君がラビじゃなくなっても。どちらかと言えば、そっちの方が私には都合がいいんだし」

 最近テェリシアが構ってくれなくて退屈だったんだよね、と笑う。

 言いたい意味がわかってしまった。

 ―――マルディヘルは、ラビを自分のおもちゃとして閉じ込めたいのだ。

 一個人としてマルディヘルに気に入られている自覚のあるラビとしては、嫌な提案だった。

 最悪……この事務所に一生閉じ込められる可能性をちらつかせているのだ、彼は。VIPとの商談のために整えられたこの書斎以外、三階のマルディヘルの私室は彼のおもちゃであふれている。おかしな実験器具、複雑な数式を書きなぐった紙束、最新の地図、用途の分からない焼き物……どれもマルディヘルの知識欲探究心を慰めるためのものだ。その一つとなれと言っている。

 ―――たまったものじゃない。


「わかりました。ですが、『ラビ』に騎士の婚約者は出来ませんよ。偽名なんて使っている人間が婚約者なんて信じられたものじゃありませんし」

 はっきりと自分の立場を理解して言った言葉に、マルディヘルは残念そうな顔をする。妙な所で律儀な彼は、そこで強制的におもちゃにしたりはしない。また当面はラビを観察して楽しむのだろう。

「そこはちゃんと考えてあるさ。君は記憶喪失の女の子」

「二十一なんですけど……」

 自分から女の子と言うには少々憚られる年だ。

 いや、それでも十分女の子の範疇だと思っているけど。

「それも忘れちゃって。記憶喪失だから。名前しか憶えていない状態で倒れていたところ、通りかかった騎士に助けられる。お互い惹かれあって、恋仲に。身元がわからないから、保護するためにもとりあえず婚約した。どう?」

「どこかの恋愛小説にありそうな展開ですね」

「王道っていいよね。今度書いてみようかな」

 マルディヘルの趣味の一つに、恋愛小説を書くというものがある。しかも、商業化していて、今や売れっ子だ。三十四の万年フラれオッサンが書いた作品が多くの女性を夢中にさせるのだから、おかしな話である。

「でも、それなら色々と融通が利きますね。『記憶が戻ったから実家に帰した』とか『実は恋人がいた』とか後々別れた理由も作りやすいです」

「うんうん。『あなたどちらの方?』って嫉妬に狂ったお嬢様たちに訊かれても楽だし、裏から手を回して身分作らなくてもいいし」

 なんだか例題が黒い。

 もう少し穏便な話は聞かせられないのだろうか。


「ってことで、君は今から記憶喪失のラビーナちゃん。従順で教養高い女の子だよ」

 ―――また何か設定が出来てきた。

「『従順で教養高い』って言うのは、依頼人からの注文だからね。はい、これ持って今からここへ行って。約束九時半だから」

 現在、九時二十五分。指定場所はここから近いから間に合うだろうけど、しかし、時間に余裕を持って動くタイプのラビには早鐘がなりそうな切迫感がある。


「そういうことはさっさと言ってくださいよ―――!」


 ラビは慌てて所長室を飛び出した。






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