表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

レンタルハニー2

 マジェンカの三階フロアは、丸々所長室である。

 階段を上れば直ぐたどり着く上、一課の部屋はその階段の目の前。呼び鈴が引かれ、一日に何度もけたたましい呼び出し音を鳴らす。

 

 じりりりりりりりぃぃぃぃぃぃいんっ―――


 それがなった瞬間、一課の全員が「来た!」と開眼した。

 この音は、実は他部署にまで聞こえているらしく、事務所の全員が思いを同じくしていたりする。

 とんだ一体感だ。

 これに怯えないのは、慣れて感覚麻痺しているタンドリー一人だ。

 

 「待たせすぎましたね。九時には出勤すると伝えてありましたから」

 現在九時十分。

 前の仕事の報告書を提出しに来ただけなのに、追加依頼を押し付けられそうになり、課長とすったもんだした十分。

 ―――もう少し待てないのか!

 ラビはあの変人所長に頭が痛くなる思いだった。

 それを増幅するように、未だ呼び鈴は鳴り続ける。

 あまりの煩さに苦情が出始め、ラビは課長に叩きだされた。

 常々思うが、本当あの課長は所長以外に遠慮がない。所長相手だとまるきり下僕だが、他相手だと鬼の所業もやって見せる。とんだにわか被害者だ。裏切り者!


 重い足取りで階段を上れば、また呼び鈴が鳴って課長がじっとこっちを見ていた。メガネが反射して、目が見えない。口元にうすら笑いを浮かべているのが不気味で仕方ない。どこの推理小説の容疑者か。


 こんこん―――ノックして、「C-0027、ラビです」と告げる。すると、待たず「どーぞー」と抜けた声が返ってきた。

 「失礼します」

 「いらっしゃーい」

 妙にテンションが高い男が出迎えてくれた。歓迎を示すように両腕を広げている。

 ダークブラウンのわかめ頭に胡散臭い笑みを浮かべている。視力は悪くないはずなのに、モノクルを掛けている辺りが余計胡散臭い。一点物のブランドスーツが泣きそうだ。

 「久しぶりだねぇ。一か月ぶりかな? いやいや、ラブルトンはどうだった?」

 ラブルトンというのは、今回ラビが出張していた先だ。

 この国の南にあって、常夏の亜熱帯地域だ。一月真冬の今、避寒にはもってこいの場所で、商家のお嬢様の傍仕えとしてラビは派遣された。―――実態は、じゃじゃ馬お嬢様の手綱を握って、屋敷から逃げ出さないように言い聞かせたり、街中で荒事に巻き込まれないように庇ったり、暇だ暇だと喚くから話し相手になったり、その周囲で落ち込んでいる使用人たちを励ましたり、と。とんだ惨事だった。派遣先でも被害者の会を見ているようだった。

 「…………温かで気持ちよかったですよ。休暇を使ってもう一度行きたいくらいです」

 にこやかに答える。

 耳障りのいい褒め言葉だが、同時に「その休暇を奪うつもりか、ァア?」という嫌味がたっぷり詰まっている。

 

 「そうか。それはよかった。私も彼女と行きたいなぁ」


 ―――効果はないけど。

 

 「それなら、頑張って仕事してください。所長が全力を出せばいくらだって休暇はとれますから」


 ―――お求めの人物が誘いに乗ってくれるかはわからないけど。


 「ふふふ。だから、ちょっと頑張っちゃったんだよ。たっぷり依頼もぎ取って来たから、これからみんなに分配するところ。ラビにもとびっきりのがあるからね」


 ――――話が回って来て、ラビは落ち込むしかなかった。

 やっぱりいつものことながら、この男には勝てない。そもそも頭の出来からして、違い過ぎるのだ。稀代の天才鬼才と呼び声高いマルディヘル=マジェンカに立ち向かうには、ラビのスペックはいいところで上の下―――まったく足りていなかった。

 せめて足掻いてみせようと、直接文句言う。

 「わたし、今日から休暇なんですけど」

 「また今度ね」

 「それ、一か月前も聞きました」

 「働き者の部下を持って何よりだよ~」

 「話がかみ合っていません」

 つまり、一生懸命働けと?

 事務所に住み着いているのに、週三日しか働かない人間に言われたくはない。

 「―――テェリシア課長にチクリますよ」

 「それは困るね。これがばれたら、本気で嫌われるよ」

 何を今更。もうとっくに嫌われている、というか呆れられている。

 二課の課長、テェリシア。お色気お姉さま然としながら、生真面目で淡々と所長を諌めにかかる彼女が、所長の思い人というのは知る人ぞ知る公然の秘密だ。―――つまり、マジェンカの古株たちはみんな知っている。趣味の悪いことにテェリシアがいつ落ちるかで賭けをしているが、今の所決着がつくめどはない。

 それは、ラビからすればとんだ茶番だった。

 賭けをするだけ無駄。馬鹿馬鹿しくて、目にするのも鬱陶しい。

 なにしろ、所長が本気になれば今日にだって決着はつく。しかし、この男は今のぬるま湯を心地よいと感じている以上、いつまでも決着はつかない。古株たちはそれを理解しながら、なおかつその茶番を茶化しているのだから。

 ―――まぁ、テェリシアの今後を思えば、その方がいいのだろうが。

 

 「それで? いったいどんな依頼ですか? わたしの休暇を後回しにさせる程の依頼なんでしょうね?」


 古代遺跡発掘隊の助手(大陸規模の大プロジェクト)、連続通り魔の捕縛(生死不問デッド・オア・アライヴ)、武闘家夫婦喧嘩の仲裁(治安維持部隊全滅)、ブチギレて家出した自国王妃の捜索(国家機密)―――過去経験した珍依頼に並びうるものなら、まだ許してやろう。

 どうしてラビに回したんだと思うくらい、すごい事件のオンパレードだ。

 人生愉快痛快になるくらいの吃驚珍事だった。

 おかげで、家出してから人生経験値が跳ね上がった。今、レベルどれくらいだろうか? 所長ボスを倒せるまではまだまだ遠そうだけど。

 今更、驚く程の依頼があるわけない。

 そう高をくくっていたラビは、まだまだ浅はかな未熟者だったのだろう。



 ※※※※



 ラビの高らかな問いに、マルディヘルは口の端を上げた。

 ―――そうくると思った。

 一課の人間は総じてお人好しだ。他人を無下に扱えない。

 だから、すごく、面白い。

 ―――楽しましておくれ。

 むくむくと湧いてくる好奇心が抑えきれない。抑えるつもりなんて鼻からないけれど。


 「ラビ、君には今日から三か月『婚約者』として派遣するから」






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ