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レンタルハニー1

 結婚したくなかった。

 だから、家を出た。

 すると、先立つものが必要だからとたっぷりのお金にありつけるという理由だけで、仕事を決めた。


 マジェンカ人材派遣事務所。

 大陸初の万能型人材派遣業を営む、設立八年目の新興企業。

 そこに入社して四年目。まあまあ売れっ子になって、ランクもCを頂くようになった。

 家出した小娘が日々こつこつ貯金を重ねる生活。同世代の平均収入を思えば、随分な高給取りとなったものだった。

 そして、代わりに何かをすり減らしていった。

 主に―――時間を。


 「休みくださいよっ!」


 休み休み休み! コールを繰り返す。

 それがラビの声だと気づけば、誰もが見ないふりを通した。

 わざわざ面倒事に巻き込まれに行く奇特な人はいない。

 おかげで、ラビの猛攻は絶賛一課課長のタンドリーに集中していた。

 

 「一か月前も同じこと言ってたじゃないですか。これだけ、これだけ、これだけ。それで一か月の出張なんて入れてくれますし。もう四か月連続勤務ですよ!」

 噛みつかんばかりの文句を言ったラビ。

 しかし、そこで負けるタンドリーではなかった。


 「……いいですねぇ。四か月前に休暇ですか。わたしもう三年は休暇とれていませんよ。だいたい、休暇が取れても所長に呼び戻されて―――」


 タンドリーの愚痴を越えた悲哀に、ラビも言葉はない。もう慰めることもできず、ぼんやりと瀕死状態の上司を見た。

 マジェンカは、一課・二課・三課に分かれる。

 接客業専門の二課、肉体労働専門の三課―――そして、面倒事専門の一課。各課長たちがそれをよく体現していることから、それぞれ別称がある。

 お姉さま系美女のテェリシア率いる美男美女軍団の二課は、「後宮」。元傭兵のレーネ率いるいかつい男たちばかりの三課は、「脳筋」。頬がこけ、クマがとれず、そういう事実はないのに胃痛持ちだと言われるタンドリー率いる一家は、「所長被害者の会」。

 中でも、その筆頭たるタンドリー程悲愴感にあふれる所員はいない。


 「すみませんでした」


 一課一の問題児、ラビも頭を下げる始末だった。



 ※※※※

 


 そもそも、事の発端はいつものように所長の無茶ぶりだった。

 入所時から呪われたように所長にまとわりつかれるラビ。被害者の会でもタンドリー以来類を見ない程に被害に遭う新人に、所員たちは問題児として距離を置いた。

 しかし、ラビが来てから自分たちの被害が減ったと気づいて以来、ラビはマジェンカで妙な人気者である。主に、人身御供として。

 新人程現場に出て行く。事務所に常駐しているのは数人の古株たちで、ランクもラビと同じか上の人達ばかり。新人たちはこぞってラビと距離を置きたがるが、彼らはもう慣れたもので、ちょっと離れたところから面白おかしく茶化してくれる。


 「おーおー、ラビまた、仕事か。人気者だな!」

 「いやぁ。さすが、一課期待の星」

 「俺らの分も頑張って頂戴よ」

 三十路過ぎオッサンばかりが嬉しそうに冷やかしの声を上げる。

 言われっぱなしなんて許せないラビは、最高に凶悪な笑みを浮かべて言い返す。

 

 「憶えておくんですね。わたしのいない間、苦労するのは皆さんですから!」


 池に一石投じられた静けさだった。

 所長被害者の会で被害の配分は、課長5割、ラビ3割、他残りだ。つまり、ラビがいない間3割が彼らに所長の気まぐれ気ままで残酷なまで非平等に分配される。

 「また、残業続いて『パパ、嘘つき』って言われんのかなァ」

 「俺も。デート、もう五回連続ドタキャンしてるし」

 「給料いいけど、割に合わねぇよ」

湯がいた青菜のように彼らはしおれた。

しおれたオッサン。下手に触れられない哀愁がある。

 言い過ぎた。口に手を当てるが、もう遅い。それにラビは今、ものすごく虫の居所が悪い。上司だって締め上げられるくらいには。


 「で、元凶は所長室ですか?」

 「住み着いていますからね。もう何日出ていないか」

 高級住宅街にそこそこの大きさの屋敷を一軒持っているはずなのに、所長は何故か表通りにある三階建ての地味な事務所に住み着いている。寝食全てそこで行い、まったく出てこないものだから、突貫でシャワー室や仮眠室が作られたほどだ。

 はぁ、とラビはため息をついた。

 「聞くだけ聞きます。勿論、拒否権はありますからね」

 すると、タンドリーが爽やかな微笑を浮かべた。ゾンビの親類のような彼の顔が、本来好青年であることをちらと思い出させる表情だった。


 「ええ、勿論ですとも。これで私の頭痛の種が一つ減ります」


 ―――口ぶりが気になったが、気にしないことにした。

 所長の被害者筆頭は課長だが、時に所長の無茶ぶりを分配する所長の共犯者であることは、今は目をつぶっておくべきだ。


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