2話 俺は帝国の勇者になり損ねました
俺の名前は獅子王ガイ、勇気あるGGG隊員……ではない。普通の高校生だ。ちなみに本名。
どうやら異世界にやってきたらしい俺は異世界訪問してすぐに俺を召喚した国が亡びるという不幸な事態に見舞われた。
別に何の世話にもなってないから何の感慨も浮かばないが、ここにきて新たな問題が発生した。
「さて、これからどうしよう?」
普通に考えたら召喚してきた相手になにやら指令を受けるのだろうが、不幸なことに、誠に不幸なことに俺を召喚した国の王様は俺に指令を出す前にお亡くなりになったそうだ。
昨日はとりあえず俺が召喚されたドームの端っこで寝てみたが、あんな固い床で寝るのはできれば御免こうむりたい。
敗戦によりすっかり意気消沈した様子の大通りを練り歩いてみるが、さすがに負けた直後で営業している店は一つもなかった。のだが、にわかにあたりから歓声が上がる。
「?」
なんか知らんが馬に乗った兵隊さんが街に来たみたいだ。状況を考えると敵さんの国の兵みたいだけどなんで悲鳴じゃなくて歓声が上がるんだ?
疑問を浮かべる俺をよそに二階建ての建物の間にバッと横断幕が広がる。
『歓迎バルデンフェルト帝国』
そこでようやく理解できたがあのデブはずいぶんと嫌われてたみたいだな。周りの民衆の姿を見回してみると本気で喜んでるのは間違いないだろ。
なんとか民衆の間を抜けて兵隊の姿をその眼で見てみる。先頭を行くのは白く美しい毛並みの馬に乗った金髪のお姫様。うん、間違いなくあれはお姫様だ。なんでわかるかなんて知らんがな。
「ん?」
「?」
不意にお姫様と俺の視線が交錯し、お姫様はいつまでたっても俺から視線を外そうとしない。おいおい、一目惚れか?
「おい、お前。あいつを連れてこい」
「っは!」
お姫様に命令されたごつい鎧を着た兵の一人が俺のもとに歩み寄ってくる。ずいぶん重そうな鎧だけど平気そうに歩くんだな。
「姫の命令だ、ついてこい」
やっぱりお姫様なんだな。ここで抵抗しても仕方ないしおとなしくついていきますかね。
お姫様たちに連れられてやってきたのはまともに旅行なんか行ったことのない俺には見たこともない巨大な城だった。たぶんあのデブの居城だろう。
自分の城じゃなってのに勝手知ったるように玉座?いや、謁見の間かな?に俺は連れられてきた。
お姫様はまるで自分の城のように一つ高い場所にある椅子に堂々と腰かけた。俺は一般兵A(仮)に連れられてお姫様から少しばかり離れた正面に立つ。
「お前、勇者だろ」
お姫様は何の前置きもなしにそう言った。ていうか、お姫様ならそれらしい言葉遣いをしてほしいと思うんだが、まぁこれも個性ってことにしよう。
「あ、はい。たぶん勇者だと思います」
下手なこと言って殺されでもしたらたまったもんじゃない。あのデブなんかとは対応を変えないとまずいだろ。
「やはりそうか。あの間抜けな王が死ぬ間際に勇者に騙されたと言っていたが、本当にあの間抜けが勇者を召喚するとはな」
「騙されたってのは少し納得がいきませんが、なにか問題ありますか?」
「なに、あの間抜けのことだから話もまともに聞かずに先走っただけだろう。そのことについて問題はない。しかし、だ」
「しかし?」
「なぜお前はあの王に嘘をついた?」
「嘘?」
嘘なんてついた覚えはないがなにか俺は言っただろうか?
「お前がバルデンフェルトを滅ぼした。とあの間抜けは言っていたぞ?」
あぁ、なるほど。あのデブはそんなことも言っていたのか。
「いえ、あれは嘘ではなくただの冗談です」
「冗談?」
「はい」
「なるほどな」
お姫様は笑うでもなく怒るでもなく値踏みするみたいに俺を見ている。ここで気に入られて一気にばるなんちゃらの公認勇者になれば今後の方針もだいぶわかるだろう。いや、ばるなんちゃらがどのぐらいの規模の国かは知らんけど。
「まぁいい、わかった。もう帰っていいぞ」
「は?」
え、帰るの?せっかく異世界にきてこれから面白くなるはずだったのに帰んなきゃいけないの?
どっかで選択肢間違えたかな?
「どうした、早く帰れ」
「いや、帰ろうにもどうやって帰ればいいんですか?」
「お前は馬鹿か?来た道を戻れば外に出られるだろう」
あ、帰れってそっち?なんだ元の世界に帰れってことかと思った。
でも勇者だから普通ならなんか魔王とかと闘わされるんじゃないのか?ここで帰れってのはどうなのよ。
「あの、俺って勇者ですよ?」
「ふむだからどうした?」
だからどうしたってあの……
「魔王と戦ったりしなくていいんですか?」
「そんなもの我が国の勇者だけで事足りる」
え、嘘。勇者って俺以外にいるの?普通勇者って一人じゃないの?
「なんだ、お前はそんなに武芸に自信があるのか?ならば我が国の勇者を一人倒せればお前を我が国の勇者にしてやろう」
あの一人ってことは勇者は複数いるんですか?
完全に俺の予想の斜め上の展開に思考が追い付いてこない。
「え、あの、はい、ではそうします」
はいやっちゃった。俺って喧嘩とかしたことないよ。剣道も柔道も空手もボクシングもムエタイもやったことないですよ?いくらなんでもこの返事はまずいだろ。
「そうか、三井」
「はい、姫様」
三井と呼ばれた男が整然と並んでる兵隊の中から一歩歩み出た。たぶん20歳くらいだろう、体つきはがっしりとしていてなんか肉体系の仕事をしてそうな感じだ。(いや、勇者なり兵隊はたしかに肉体系だが)
「この男と戦え」
「かしこまりました」
三井はうなづくと腰に差された剣を抜いた。
いや、こっち素手ですよ?武器は反則じゃない?
「君、この世界に来たばかりだろ」
質問、というよりは確認のように三井は言った。なんでわかるかは知らんけど、その通りだからぐうの音も出ない。
「元の世界で格闘技でもしてた?そうじゃないなら俺には絶対勝てないよ」
じゃあだめじゃん。絶対勝てないじゃん。格闘技なんてやってないもん。
「はじめ!」
姫の一言で三井は一気に駆け出した。10メートルくらいあった距離が瞬きするような時間でなくなり振りかぶられた剣が俺ののど元につきつけられる。
「なんだ、面白くもない」
姫様は完全に俺から興味をなくされたようで席を立つとさっさと部屋を出て行った。
当の俺の方は生まれてこの方ナイフや包丁すらつきつけられたことがないもんで、自分ののど元に剣なんて言う物騒なもんがつきつけられている事実にへなへなと腰を抜かしてしまった。
「さっさと城を出た方がいいよ」
三井は剣を鞘に戻しながらそう言ってさっさと俺に背中を向けた。
え、いや、あの……これでおしまい?いくらなんでも早すぎじゃね?
しかしながら勝負に負けてしまった俺は弁解も何もする暇がないうちに両腕を掴まれて城の外まで連れられて行ってしまった。
まるでゴミを頬るように門の外に投げつけられた俺は無様に地面に転がってしまう。
「さっさと帰るんだな勇者様」
俺を頬り投げた一般兵B(仮)はそう言い残して城の中に戻っていった。
あっれぇ~、どこでフラグ壊したんだろ?