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32話 俺たちは街を出ることになったんだぜ

 城に呼び出された翌日、俺は街で馬車を買った。2頭の白い馬が引いているそれなりにデカい奴だ。

 初めての馬車ってことで勝手がわからなかったので御者はレナにお願いする。おいおい俺も御者のやり方を教わることにしよう。

 ジエンロに捕まっていた人族の連中を馬車に乗せ、俺とレナが乗り込む。今回の旅はプリルはお留守番だ。ただ送り届けるだけだしモンスターに襲われる程度のことはあるだろうが、危険は少ない。とはいえ、勝手がわからない亜人の連中だけを家に残していくわけにもいかない。アリアだって仕事があるから四六時中うちにいるわけにはいかないんだ。


「じゃあプリル、3日くらいで帰ってくるからいい子にしてるんだぞ?」

「うん、お兄ちゃん」


 少しばかり寂しそうな様子だったけど、仕方がない。帰ったらいっぱい遊んでやることにしよう。

 レナに鞭を打たれた白馬たちが走りだし、荷台の方も引かれて動き出す。

 見えなくなるまで手を振り続けるプリルに応えるように、俺もずっと手を振り続けていた。






 結果として人族を送り届けるのになんの問題も起きなかった。

 突然いなくなった子供が突然帰ってきたので子供の両親や他の村人まで大喜びして何度もお礼を言われることはあったけど、こっちに危害が及ぶようなことはなにもない。

 問題と言えば、約束通りの3日が過ぎて家に帰ったところ、プリルは花が開くように笑いながら駆け寄ってきて、そのまま俺の胸元に強烈な頭突きをかましてくるというトラブルがあったくらいだろう。あ、これは送り届けてる間の問題じゃないか。




 片道1週間もの時間をかけてやってきた猫属の里でも大歓迎を受けた。

 里に入った直後は、なぜ人族がと警戒されたが捕まっていた猫族の少年を連れてきたことを話すと態度が一変し、お礼と言ってちょっとした金までもらってしまった。いや、ありがたいんだけどね。



 猫族の里を出てから再び1週間をかけて家に帰る。1日休んでから再び旅立ち、次に来たのが鬼人の里だ。

 ここはプリルの生まれた里でもある。

 猫族の里と同様に里に入ってしばらくの間は警戒されていたが、鬼人の少女を馬車から降ろすと鬼人たちの表情が和らぐ。少女と一緒にプリルが馬車から降りたのも大きかったかもしれない。

 鬼人たちは一様に少女とプリルのことを心配していたようで、誰もが声をかけその無事を祝う。

 プリルの両親のことを聞くと泣きだす人間もいたが最後までプリルが涙を流すことはなかった。


「なぁ、プリル……お前はここに残ってもいいんだぞ?」


 鬼人の里を出るとき俺はプリルの頭をなでながら言った。


「ううん、ここにはお父さんもお母さんもいないから……私はお兄ちゃんがいるところにいたい」

「…………そっか」


 プリルが自分の意志でそう決めたのだ。俺が口を出すべきじゃない。

 俺としてもプリルが居なくなると寂しいし居てくれるというのならそれはそれで嬉しいから断る理由もない。

 鬼人の里を出るとき、鬼人の少女とその両親がいつまでも俺たちに向かって頭を下げていたのが印象的だった。




 鬼人の里から家に帰るのにまた1週間の時間がかかり、亜人の二人を里に帰しただけで1か月が過ぎた。

 半月の間、空けていた家にいたアリアと戦狼族の少年にお礼を言って、俺たちはひとまず腰を落ち着ける。

 1か月の間ほとんど馬車で旅をするっていうのもかなり疲れるもんだ。まぁ、おかげで御者のやり方も完全に覚えたがな。


「で、どうしようか?」


 俺はアリアやレナ、プリルたちを前にして言った。いや、ほんと面倒なことになった。

 最後まで残った戦狼族の少年の里は隣国イェメンにあるという。今俺たちがいる街はバルデンフェルトに所属し、イェメンとは戦争状態にある。まぁ、早い話が通行禁止になっているわけだ。

 テーブルの上に広げられた地図には国境を挟んだ反対側にバツ印が書かれている。これが戦狼族の少年の里がある場所だ。


「どうするもなにも、あなたが約束したと言うから私はわざわざ協力して差し上げているんですよ?」

「ロイ君もお家に帰してあげるんじゃないの?」


 いや、うん……そりゃ俺だってロイは家に帰してやるつもりですよ?

 ちなみにロイっていうのは戦狼族の少年の名前だ。年が近いこともあってプリルとは非常に仲良くしてもらっている。


「あの……イェメンとこの国のことは知ってますから……僕のことは気にしないでくださっていいですよ?いつまでもガイさんの家に住まわせてもらっているのが邪魔だっていうならどこか別の一族の里にでも住まわしてもらいますから」

「いや、そういうわけにもいかないって。他の連中も家まで送ってやったのにお前だけは国が違うからって断りたくない。つか、届けるって決めてるから……問題は」


 俺は言いながらアリアに視線を向ける。

 俺の視線に気づいたアリアは少し困ったようにため息をついた。


「ま、ガイに頼まれてた通りギルドを通して通行許可を求めたよ。一応あっちの国も議会には登録してるだけに誘拐された亜人の問題は無視できないだろうからね。ただ……」


 そう、俺はアリアさんに頼んでイェメンに行けないかギルドに確認を取っていたのだ。



 ギルドは基本的に国の影響を受けると言ってもすべての国に存在し、原則中立を保っている。ギルドはあくまでギルド議会の方針で動いているからだ。

 ただし、ギルドに所属している人間が必ずしもギルドのためだけに活動をしているわけではないと言うのが問題なのだ。

 かつて戦争をしている2つの国で、冒険者が隣の国にある迷宮に行くと言って国境を越えた。当時はギルドは完全に中立を宣言しており、どんな国の影響も受けない組織として存在していたからギルドに所属している人間は特殊な例を除けばすべて無審査で国境を越えることができた。

 だが、その冒険者はただの冒険者ではなかった。もともといた国の貴族の家に生まれ一際愛国心の強かったその冒険者は迷宮を無視して王都を強襲。戦時中で警戒が強かったとはいえまさか冒険者が襲ってくるとは思っていなかった相手側の国はかなり大きな被害を被った。

 その後、冒険者ギルドや商人ギルドに所属している人間を買収し、相手側に奇襲をかけると言う戦略が頻発することとなった。

 その事態を重く見た国家連合議会(国連みたいなものらしい)とギルド議会が話し合った末、たとえギルドに所属しているとしても戦時中などの国境越えは様々な制約を受けることとなった。

 平時であれば多少面倒であれ問題なく国境を越えることができるが、過去の例があるのだから同じと言うわけにはいかなくなる。

 単純にギルドに所属する人間ではなく、ギルドの職員であれば戦時中であっても平時よりは厳しいまでも戦時中にしては軽い手続きをこなすことで国境は越えられる。

 俺は、そんなギルド職員としてのアリアさんの伝手なんかを利用することで問題なく国境を越えられないか調べてもらっていたのだ。どうせ俺にはイェメンをどうしようだとかって考えはないのだから。


「あたし一人だったら通れるって許可はもらえたんだけどね。ただ、ギルドに所属する冒険者は同じってわけにはいかないってさ。マスターになんとかしてほしいってごり押ししたけど結果はバツ」

「そっか……」


 これで国境を越えるのが面倒になった。もしかしたらロイよりも先に二人の亜人を里に帰している間に許可が取れるんじゃないかと思ったけど、そこまでうまくはいかなかったようだ。

 こんな時に幸運スキルがうまい具合に働いてくれると助かるんだけど、なかなか思うように幸運が訪れるわけじゃない。


「なぁ、アリアの護衛ってことでついていくことはできないのか?いくらなんでも護衛もなしで隣の国まで行くのは無理だろ?」

「うぅ~ん、たぶん無理ね。国境までなら護衛ってことでついてくるのはありだけど、護衛じゃ国境は越えられない。国境を越えたら向こうの国のギルドから護衛が派遣されると思うわ」

「……そっか」


 正攻法はダメ、護衛も無理。だったら正攻法以外ってことになるけど……


「国境は無理やり越えるしかないのかなぁ……」

「ちょ、ちょっとそれはやめときなさいよ。戦争中の厳戒態勢の中で無許可の国境越えなんて、ギルドから除名処分されるわよ!?」

「ん~それはちょっとなぁ」

「だったらばれないように国境を越えればいいんじゃないですか?」

「ばれないようにってどうやって?」


 頭を悩ませている俺とアリアにそう言ってきたのはレナだった。

 賢者として名高いエルフだったらそれらしい策ってのがあるのか?


「国境の北側、ここは大きな森になっています」


 レナが指示したあたりは確かに森らしいものが書かれている。いや、森の中を通り抜けるのはかなり厳しいんじゃないのか?


「幸いなことに勇者である獅子王さんのギルドカードには所属国家名が書かれていません。身分証明をしなくてはいけなくなってもどこか東の国で召喚された勇者だと言い張れば何とかなると思います」


 レナの言うとおり、普通ならばギルドカードには生国が書かれているのだが勇者である俺のギルドカードにはそれがない。異世界とでも書かれるのかと思っていたら、ギルドカードではこの世界以外の表現ができないみたいだった。


「でもさ、レナ。森を抜けるのってきつくないか?そこの森ってギルドの仕事で単なる採集でもBランク以上になるような森だろ?ロイを連れて通るのは厳しくないか?」

「馬鹿ね、それ以前にイェメンはバルデンフェルトほどじゃないけど大国よ。国境に沿ってずっと壁ができてるんだから通れないわよ」


 あ、そうなの?っていうか、国境線上にずっと壁があるってどんな万里の長城?あれだってところどころに抜け道はあったはずだぞ。


「で、そんな問題があるらしいけどどうなの?」

「大丈夫です。本来ならアリアさんはともかく人族であるあなたに教えたくはありませんが、この森の丁度国境の境目の延長線上に私の里があります。クレイ様もいらっしゃいますから、通ることは十分に可能です」


 アリアはともかくってお前……

 まぁ、そういうことなら森を通るってのもいいのかなぁ。


「ただ……」

「ただ?」

「エルフの里は出口と入り口が一つずつしかありません。そしてそれは一方通行です」


 つまるところは行きはいいけど帰れないってことか……

 国境を越えなきゃいけないってことで、いつごろイェメンとの戦争に決着がつきそうか確認したけど、バルデンフェルトは1年ほどを見ていると言っていた。

 だからアリアに正攻法で国境を越える方法を確認していたわけだが、行けない時間がそのまま戻れない時間に変わるってのも痛いな。


「やっぱり、僕がこっちで暮らしてればいいんですよ。ガイさんたちが無理をする必要はありません」

「ロイ、何度も言うが俺の中でお前を里に送り届けるのは決定事項だ。お前が心底この国で暮らしたいってんなら反対しないけど、くだらない遠慮でこの国にいるっていうなら縛ってでも連れて行くからな」

「ちょっとガイ……」

「いくらなんでもそれは暴論過ぎませんか?」


 いや、誰だって自分のいたいと思える場所にいた方がいいんだよ。それが帰れる場所にあるんなら絶対に帰るべきだ。

 俺はどれだけ望んだって帰れないんだからな。

 ここのところの旅の連続で俺もホームシックになってたらしい。

 いや……今頃になってホームシックか……アリアたちもいるしこの世界も気に入ってるって言っても、この世界にあいつはいないんだよな。


「まぁ、確かに俺の言ってることも乱暴だけどさ。ロイ、お前は帰りたいのか?帰りたくないのか?それだけはっきり言ってくれ。もしもお前が自分の里に帰りたいなら俺は全力でお前を里に帰らせてやる。帰りたくないっていうなら、ここに居てもいいし好きなところに行けばいい」

「…………それは……僕も帰れるなら帰りたいです」

「よし、わかった」


 俺はロイの言葉で意思が固まった。


「レナの言うとおりエルフの里から国境を越えよう。アリアさん、ごめん。しばらく帰れなくなった。この家はこのままにしておくから、好きに使ってよ。絶対、戦争が終わったら帰ってくる」

「は?」


 いや、は?ってなんですか?

 なんでそんな意外そうな顔してるんですかマジで。


「あんた何言ってるの?」

「何ってあの……」

「私もついて行くにきまってんでしょ?」

「え!?」


 今度は心底俺が意外そうな顔をする番になった。

 ついてくるってマジですか?


「あの、アリア?この街には最低でも1年は帰ってこれないんだよ?仕事とかどうするの?」

「そんなもんイェメンの方のギルドに転属願いだすわよ。最近勤務態度がどうのってマスターに文句言われてるし、イェメンの国境越えに関してはマスターから許可とってあるしね。あとはちょっと追加の手続きすれば向こうのギルドですぐに働けるわよ」


 だからってあの……


「そもそも、あんたはこういう時になんで私の意思を無視するわけ?引っ越しのときだってさんざん話したでしょ?」

「えっと……そうでしたっけ?」


 たぶん俺の言葉でアリアの中の何かが切れた。俺はなんとなくブツンって音が聞こえた気がする。


「こ・の・鈍感男がっ!」

「ぐほぁっ!」


 アリアの渾身の右ストレートが俺の頬をきれいにとらえる。やばい、ジエンロの館で戦った鎧の男の攻撃より速かったかもしれない。俺の動体視力じゃ線でも捉えられなかった。


 こうして気を失った俺は翌日になって目を覚ましてすぐに旅の準備を始めた。

 1年たったら戻ってくるつもりだし家は処分せずに家主の代わりに管理してくれるっていう人を雇った。念のために契約料を倍にして期間を越えて戻ってこなかった場合でもギルドなどから死亡報告がない場合は継続して管理するってオプションをつけておいた。(戻ってきたときに超過分を支払うことになる)

 必要最低限の衣類や家財具なんかでも結構な量になったので馬車をもう一台に予備の馬を含めて4頭の馬を購入した。

 アリアの転属手続きなんかも3日で終了。武器屋のおっさんや三井さんなんかにも別れの挨拶を済ませて準備は万端。もしも国境越えでお尋ね者になりそうな場合は三井さんができる限り便宜を図ってくれるって言ってくれたのは非常にうれしいことだった。

 アリアにレナ、プリルとロイ、そして俺とスクルドが馬車に乗り込み街を後にする。

 この世界に来てから1か月と半分くらいか。大して時間が過ぎていないと言うのにこの街を出ると言うのはなんとも感慨深いものがある。戦争が終わって国境が自由に越えられるになったら必ず戻って来よう。俺はそう心に決めて小さくなっていく街の姿から静かに視線を外した。



「さて、イェメンってのはどんな国かな?」

「キュイ!」



これにて1章は終了です。

次回からはイェメン編に入ります。この話はかなり駆け足でかなり詳細を省いている部分があってちょいとばかりお恥ずかしい出来ですので、気が向いたら訂正するかもしれません。


ちなみに、レナの国境越えに関してですが

エルフの里の出口はイェメン側なのにどうしてバルデンフェルト側にこれたの?って質問が来そうですので先に説明させていただきます。


レナがバルデンフェルト側に来たのはガイが召喚されるよりも前だったからです。以上。


……すいません、つまり

ガイが召喚される前、ということはデ・ブーという無能な王様がガイたちが暮らしていた街のある国を統治していたからです。その頃にはイェメンと戦争状態にはなっていなかったので国境を超えるのに大した手続きなどは必要ありませんでした。

スクルドに至っては見た目が単なる小動物だったので国境越えるのに手続きもくそもありません。

以上が理由となります。


2章を始める前に登場人物紹介(2章版)と国の設定なんかも一応書いておきますので、設定関係が気になる方は暇つぶしにでも読んでください。


もしかしたら、2章を開始するのは2,3日後になるかもしれませんがどんだけ空いても1週間以内に更新しますので気長に待っていてください。


例え更新していなくても感想なんかには随時返事をさせていただきますのでなにかございましたらどうぞ、感想の方へお願いします。


追記

国境越えに関してですが、普段は手続きをすると言ってもほとんどフリーパスです。国境線に沿って壁が作られているイェメンが特殊な例であり、戦時中以外では例えイェメンでも国境を越えてピクニック感覚で隣の国に行くことは(物理的な距離を考えなければ)十分に可能です。

せいぜい止められるのは明らかな不審人物や指名手配犯ぐらいなもんです。

ただし、今回の場合は戦時中のため不穏分子が国内に侵入するのを避けるため越境条件が非常に厳しくなっている。ということです。

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