31話 その後はこれからのことで大変なんだぜ
目を覚ますといつも通り……と言うにはそれほど長い間暮らしていない自分の部屋の天井が目に入った。
元の世界の自分の部屋とは違うけどこの部屋の天井を見て落ち着けるってことはここが俺の居場所として自分でも居心地がいいって感じてるってことだろう。
あくびを噛み殺しながらベッドから降りてリビングへ向かう。昨日斬られた腹のあたりがちょっとだけ痛むが、大した痛みじゃない。たぶん医者を呼ぶとかして治癒魔法をかけてくれたんだろう。
「おはよう」
リビングに入った俺は驚きのあまり目を丸くした。何この人数。
1234……アリアたちを含めて8人もいる。いつの間にうちの住人は増殖したんだ?
疑問と同時に答えも出た。そういえば、昨日助けた亜人たちをうちにつれてきたんだっけ
「おはよう……もう大丈夫なの?」
「おはよ、大丈夫。大して痛まないから」
「っそ、よかった。レナにお礼言っときなさいよ。あの子が回復魔法……あの子の場合回復魔術だっけ?かけてくれたんだから」
「え、レナが……」
完全にアリアの言葉は予想外だった。俺のことを毛嫌いしているレナが俺に回復魔術をかけてくれるなんて夢にも思っていなかった。
いったいどういう風の吹き回しだろう。
俺の疑問は置いておくとしてそれからはけっこう大変だった。俺と同じく一日おいて気が付いたプリルが泣きついてくるわ、服を血で汚してしまったことを喚き散らすわと一悶着あった。
問題はプリルだけじゃなく、助けた亜人や人族の連中のこともけっこう面倒なことになるっぽい。
人族の連中はほとんど隣町とか隣の村みたいなレベルだから2,3日あれば全員送り届けることができそうだ。が、やばいのは亜人の連中。
アリアに持ってきてもらった地図で確認したところ助けた亜人たちの里は獣人、猫族の里と鬼人の里の2つが国の端っこ。それも縦に長いこの国の(今はバルデンフェルトに吸収されているから旧)国境の南北に分かれている。それぞれ片道で一週間はかかるらしい。
そして何より問題なのは最後の一人、獣人、戦狼族の里っていうのが東側にある国境を越えた先にあるという点だ。これは旧国境じゃなく、今のバルデンフェルトの国境の最東端の先、現在バルデンフェルトが戦争中の相手国だ。
戦争中の相手国の人間を通してもらえるもんかアリアに確認してみたが、たとえギルドの職員であっても面倒な手続きを繰り返し、短くても半月、長ければ3か月はかかると言われた。うん、無責任なことは言うもんじゃないな。
まさかこんな面倒なことになるなんて夢にも思ってなかった。
まぁ言ってしまった以上責任はとらないとな。
「ごめんください」
玄関の方から聞こえてくる声、来客みたいだ。
というか、聞き覚えのあるこの声は三井さんじゃないのか?
「あ、よかったガイ君いたんだね」
案の定玄関まで出迎えに出ると鎧に身を包んだ三井さんが立っていた。城勤めの三井さんが街のはずれにあるうちに何の用だろうか。
「迷宮で時間になってもも戻ってこなかったときはどうしようかと思ったけど無事でよかったよ」
「すいません、一度だけお城まで行ったんですけど門番の人が通してくれなくて……一応言伝は頼んでおいたんですけど聞いてませんか?」
そう、俺は一度迷宮探索の後に三井さんを訪ねて城を訪れている。しかし、その時門番をしていたのは俺を城から放り出した一般兵Bだったのだ。
この一般兵Bはモブキャラのくせに勇者の俺の言うことに一切耳を貸さず城に入れろと言う言葉は断られ、せめて三井さんを呼べという妥協案も却下された。しょうがないから伝言だけでもと俺が無事なしるしとお礼なんかを伝えてその日は家に帰った。あの融通の利かない一般兵Bのことだから言伝すら伝えてない可能性も否定はできない。
「うん、聞いた聞いた。話を聞いてから何度かギルドにもいってみたけどなかなか会えなかったしね。今回姫様が君を召喚するってことになったからせっかくだし俺が呼びに来たんだ」
「姫様が召喚?新しい勇者でも呼ぶんですか?いやでも俺を召喚って……」
「ははは、召喚ってのはそのまんまの意味だよ。姫様がガイ君を呼んでるってこと。悪いんだけど城まで来てもらえる?」
姫様が呼んでる?少なくとも俺は国のお偉いさんに呼び出されるようなことをした覚えない。
昨日のジエンロとの騒動に関しても街の警備兵やらに呼び出されたりするんならまだしもなんでお姫様なんぞに呼ばれるんだろうか?
「ほら、ガイ君って冒険者になったばかりだっていうのにかなり活躍してるでしょ?あの迷宮の時もワイバーンを倒したっていうし、昨日は奴隷商のジエンロって男と一騒動起こしたらしいじゃないか」
「そんなことまで知ってるんですか?」
ワイバーンのことはともかく昨日起きたばかりの事件まで知られているっていうのは驚きだ。
まぁ、少なくとも悪い意味で呼び出されたわけでもなさそうだし行っても問題はないのかな……
「わかりました。ただ、少し準備があるのでちょっと待ってもらってもいいですか?」
「いいよ。ただ、あんまり姫様を待たせて怒らせるとガイ君が困ることになりそうだから、どれだけ待っても昼過ぎってところが限度だから」
時計を見ると今は10時、亜人のみんなを送り届ける話をもう少しだけ詰めておきたいから12時前には何とかなるだろう。
「わかりました。とりあえず12時には家を出ますけど、三井さんはどうします?」
「12時か……よかったら待たせてもらってもいいかな?」
「はい、じゃあリビング……はちょっと今ごちゃごちゃしてるんで、一階の部屋は適当に使っていいんで」
「オッケ、それにしてもずいぶんデカい家買ったね」
「迷宮で思いのほか儲けられたんで」
三井さんの言葉に俺は苦笑した。この人はこの家を買ったことで起きた騒動を知らないからこんなことが言えるんだ。
この家を買ったことでどれだけ俺が苦労したことか……
俺が助けた連中を送り届ける話をいくらか詰めたところで俺は城へ向かうことにした。
結論から言えば、短い期間で送り届けられる人族の人たちをさっさと送り届けてから馬車なんかをレンタルして亜人の人たちを送ることになった。
とりあえず、送っていくにしても今日行けば時間も遅くなってしまうだろうから、実際に動き出すのは明日以降の話だ。
と、他愛もない話をしながら三井さんと歩いていくと城へ到着した。相変わらず無駄にでかい。
「じゃ、行こうか」
「はい」
「キュイ」
三井さんの後に続いて俺と俺の肩に乗るスクルドは城の中へ足を運ぶ。
しばらく城の中を歩いてたどり着いたのは、初めて俺が三井さんと出会った謁見の間みたいな部屋だ。まぁ、姫様と俺みたいな一般市民が会うんだから謁見の間で間違いないだろう。
「ふむ、ようやく来たか」
「遅くなり申し訳ありません、姫様」
「よい」
姫様は恭しく頭を下げる三井さんを下がらせると俺と姫様の二人だけがこの部屋に残される。
いや、普通こういうときって大臣だとか従者とかがずらーっと並んでるもんじゃないのか?
「まさか、あの時の勇者がこれほどの活躍をするとは思っていなかった。お前はいったいどんな魔法を使ったんだ?」
「……はぁ」
三井さんが下がってからしばらく無言の時間が続いていたのだが、不意に姫様は口を開いた。
「魔法って言っても、俺は特に何も……流されるままに直面した事態を解決していったらこうなっていたとしか……」
「ふむ、おもしろいな」
面白いなら笑ってください。そんな真顔でそんなこと言われてもリアクションに困ります。まさか姫様に突っ込みいれるわけにもいかず俺は無言のまま姫様の次の言葉を待った。
「お前が昨日倒したベンデランで騎士をしていた男なのだがな、かつて我が国の勇者を倒したほどの男でな。実力で言えばそれこそ、三井ですら勝てんほどの男だった」
「はぁ……………はぁ!?」
「お前の実力のほどはあの男を倒したことで認めることができる。どうだ、我が国の勇者となるか?」
……今更そんなことを言われても困る。まぁ、ぶっちゃけ生活が安定するなら国に所属する勇者になることも悪くはないが、それはバルデンフェルトに拘束されるということでもある。
この世界に来たばかりで右も左もわからず、何をどうすればいいのかも分からなかった時ならばこの提案には一も二もなく飛びついただろう。しかし、今の俺は少なくとも自分の生活でどんなことをすればいいのかある程度の目算は立っている。
正直、このまま冒険者として生活していれば、ランクに分不相応なヴァンヘルトのおかげでちょっと危険度が高いぐらいの仕事もケガ一つなく成功させることができる。まぁ、油断しないという前提でだが、安全にそれなりの報酬をもらって生活に困らない生活をおくることは十分に可能な状態になっているのだ。
しかも、今は亜人の連中を里に送るという約束がある。国内の2人であればなんの問題もないが、バルデンフェルトの勇者になってしまったら、国境を超えることはまず間違いなく無理だろう。
「申し訳ありませんが、お断りします」
俺は、少し考えた後でそう答えた。自分で決めたことくらいは守らないといけない。
「そうか、わかった」
姫様はちょっとだけ落胆した様子だったけど、すぐに表情を引き締めて何か書状のようなものを取り出した。
「では、本来の用向きに戻らせてもらおう。お前が壊滅させたジエンロ商会の話だ」
なんでもあの男、ただでさえ違法な誘拐奴隷商をしていただけでなく麻薬の類の販売や様々な違法行為を行っていたらしい。
俺が壊滅させたことで街の警備や国の騎士などの一部が状況なんかを調べるために調査に向かったところ違法行為がでるわでるわで、そのままジエンロは逮捕されたらしい。
鎧の男が俺を斬ったことを証言したことや、俺がプリルを助けるために押し入ったこと、ジエンロの護衛の人数などの関係で俺は正当防衛が十分に認められた。幸いなことに死者が一人も出なかったことは称賛に値すると姫様は付け足した。あの状況だったらたとえ相手を殺しても正当防衛で十分に認められていたそうだ。
「悪徳商人を摘発するのに貢献した褒美として、帝国の権限でギルドに話をつけておいた。お前のギルドランクは見込みありのEランクとなる。これまでの成果を考えれば当然と言えるがな」
「あの……すいません見込みありってなんですか?」
「………自分のギルドのランク付けのことを知らんのか?」
「いかんせん、この世界に来てから2週間程度の勇者なもんで……」
「確かにな、2週間でギルドランクを2つも上げるなど、勇者であっても異例だろうしな」
姫様の説明によると、なんでも見込みありとは、 上のランクの仕事でも十分にこなす素質があるということを示すらしい。通常のEランクであれば下位の仕事しか受けることはできないが、見込みありのEランクだと中位の仕事が多少の制限はあるものの受けられるらしい。
たかがEランク、されどEランク、これで俺もようやく1人前の冒険者になれたらしい。まぁ、先はまだまだ長いんだけど。
「それとジエンロの財産はすべて没収した。すでに奴隷として売られてしまった人間を買い戻すために使う予定だが、誘拐されていた人間にも慰謝料として額は少ないが支払いをすることになっている。話によればお前の所に何人かやつのところに捕まっていた人間がいるそうだな。正確な人数を報告し、金を受け取っておけ」
「……はい」
これで用はすべてなんだろう。姫様は黙るとシッシと言った風に手を振った。
俺は一度頭を下げると無言で謁見の間を後にする。
謁見の間を出たところでは三井さんが待っていた。
「や。姫様の話ってなんだったんだい?」
「いや、バルデンフェルトの勇者にならないかって話と俺のギルドランクの話、後は昨日のジエンロのその後についてって感じです」
「え、なに?ガイ君もバルデンフェルトの勇者になるの?」
「あぁ、それはお断りしました。ちょっと用事と言うかやらなきゃいけないことがあるんで」
「へぇ~もったいない。バルデンフェルトの勇者になれば月に金塊3つはもらえるのに」
………マジで?え、マジで?何その額。月に3000万も給料もらうの?
一流アスリートの年収と同じぐらいの年収がもらえるってことですか?年間で3億6000万っておま……
選択ミスったかも。
「ま、その分めんどくさい仕事も多いけどね。特にあの姫様は厳しいからさ」
「……そういえば、あのお姫様が直接俺にその後の話とかいろいろしてきましたけどなんでですか?普通に考えたら役人とかが口頭で適当に伝えるだけとかじゃないんですかね?しかもあのお姫様ずいぶん話を詳しく知ってましたし」
普通に考えたらあのお姫様が言っていたような内容はお姫様の従者というか秘書みたいなのとか偉そうな役人が読み上げるような内容だと思う。それをわざわざ姫様が直接二人だけになってまで話したのはなんでだろう。
「いやぁ、うちの姫様って完璧超人でさ。役人仕事もほとんど一人でやっちゃうんだよね」
「は?」
「今回のガイ君のことだって調べるののほとんどは姫様が自分でやったし、騎士とかから直接話を聞いて事件の概要を書類にまとめたり占領したこの国の政策もほとんど全部姫様がやってるから。前なんか戦場に出て一人で中隊を一つ壊滅させたしね」
なんですかその人は……
あのお姫様って実は強くて何でもできる人だったんですね……
怒らせたりしなくてよかった……かな?




