28話 根城っていうのは寂れた屋敷みたいです
街の西地区にある色町(遊郭街)を抜けてジエンロが根城にしているというすたれた屋敷の前に立っていた。
色町のはずれもはずれの方にあり、よっぽどの理由がないと誰も近づくような場所ではないそこはなるほど奴隷商が根城にしていそうな印象がある。
錆びた門を押し開き中に入るとどこからともなくぬるい風が流れてきて俺の頬をなでる。どうにも不気味な雰囲気だ。
しかし、プリルがここに捕まっている以上こんなところで臆しているわけにはいかない。俺は意を決すると門から玄関へと続く道を駆け抜ける。どうやら、外に敵の姿は見当たらない。それはまぁ、当然だろう。こんなすたれた屋敷の庭に何人もの人間が巡回でもしていたら目立つことこの上ない。
と言うことは、ウィルの言っていた10人以上いるという護衛はすべて建物の中にいることになる。この屋敷、俺の家よりはるかにでかい。
建物が大きいということはそれなりに通路も広くなる。下手をすれば同時に3人とかが攻撃してくるかもしれない。
10対1という極めて不利な状況の中でこれはかなり大きなデメリットだ。
「ふぅ……よし!」
俺は扉の前で一度気を落ち着けると乱暴に扉をあけ放ち玄関前の広間へと躍り出る。
「今日お前らが誘拐した鬼人の少女を返してもらいに来た。おとなしく返してもらおうか!?」
「?」
「何言ってるんだこいつ?」
やはりと言うか、当然のことだが扉を開けてすぐの場所にある広間には2人の男が控えていた。片方は肩に斧槍を担ぎ、もう一人は片手に盾と片手に剣を持っている。
これで、入ってすぐの広間に誰もいないとかいう状況だったら完全に赤っ恥だ。
「お前たち……というか、ジエンロと言う男が俺の妹分を誘拐したことはわかってる。さっさとプリルを返せ!」
「あぁ……お前あれか?さらったガキの保護者か?」
「なるほどね、ここを見つけられたってのは大したもんだけど一人で来るなんて舐めてるのか?」
言いながら二人はそれぞれの獲物を構える。おいぉい、入っていきなりバトルかよ……
俺はまだ人間を傷つける覚悟ってやつができていない。ウィルに剣をつきつけた時はかなり限界まで焦ってたから無我夢中だったけど……プリルを目前にしてそんな甘いことも言ってられないか……
「当然、おとなしく返してもらえるなんて思ってないよな?」
「こいつだって武器持ってるんだから当たり前だろ?」
剣士の方が盾を前に突き出しながら突っ込んできた。それを右方向に回避して距離を取ろうとする。が、回り込んでいた斧槍の男が斧槍を振り下ろす。
「っく!」
なんとかぎりぎりでそれも躱すと俺は慌てて双剣を鞘から抜き放った。
「なかなかやるな」
「そうだね、まさかとっさに避けたくせに武器を持っていない左に回り込まれるとは思わなかったよ」
「まぁ、だからこそ俺が先回りしてたんだけどな」
男二人はなかなか連携が取れた動きをする。実力的には三井さんには遠く及ばないが、二人同時に相手にしたら彼でもきついんじゃないのか?
げらげらと下品に笑う二人をにらみながらそれぞれの手に握りこんだ剣を強く握りしめる。
「まぁ、大した相手でもないしすぐに片づけてもつまらないだろ。ゆっくり楽しむことにしようぜ?」
「そうだな、久しぶりに人族を斬れるぜ」
右から斧槍の男が、左から剣士が襲い掛かってくる。
とにかく今は、相手を人間だと思って戸惑っている場合じゃない。間違いなくこの二人を同時に相手にするのは今の俺には難しいことだ。なんとか1人ずつ相手をできる状況を作らなくちゃいけない。
不幸なことにここは50メートル四方はあろうかと言う広間だ。廊下に逃げ込もうにも後ろを見せたらすぐに切られて終わってしまう。
剣士と斧槍の攻撃をそれぞれの手に握ったウェイズとフロウで受け止める。剣士の攻撃はそんなに大したことではないが、斧槍の攻撃は両手で押し込んでくることもあってかなり重い。徐々に受け止めているフロウが押し込まれてきている。
「くそっ!」
押し出すように盾を蹴って剣士との距離を開くと薙ぎ払うようにウェイズを振るう。が、斧槍の男の判断もなかなか早く、後ろに跳ばれて避けられてしまった。
「この!」
蹴り飛ばしていた剣士が再び切りかかってくるのを見て俺も後ろに跳んだ。
やはりというか、なかなかの手練れみたいだ。いや、かなりの手練れかな?対人戦になれてない今の俺じゃあ苦戦は免れない。というか、このまま戦いが長引いたらほかの連中も集まってきてピンチっぽい。
「やっべ、どうしよ……」
ぽつりとつぶやく俺の前後を剣士と斧槍の男が囲む。
「こいつ、ただのガキかと思ったらなかなかやるじゃねえかよ」
「だな、でも所詮はガキだ」
じりじりと距離を詰めてくる二人。こっちは一人で相手をしなきゃいけないんだからキツイことこの上ない。
ったく、さっきの一撃で斧槍の方だけでも斬っときたかったな。
「キュイ!」
不意に俺の肩から重さが消えた。っあ……そういやスクルドがいたんだな。
「なんだこいつ!?」
スクルドは小さな体だっていうのに、狼と見まごうばかりの速さで距離を詰める。慌てながらも振り下ろされた斧槍を避けて、男の首筋にかみつく。
「っぐ、この畜生が!」
「っお、おい!」
俺は突然の事態の変化に戸惑った様子を見せる剣士との距離を一気につめ、少し体を動かせば相手にぶつかるほど肉薄する。
「っち」
慌てて剣を振るう剣士だが、この距離では剣は長すぎる。逆手に持ったウェイズでその剣を受けるとフロウを持った手で相手の盾を無理やりに引きはがす。
ボキリと言う鈍い音が聞こえたがそんなことは関係ない。盾を引いた勢いを殺さず、回転するようにウェイズで下から逆袈裟の形で切り上げる。
「ぐぁ!」
血を吹き出しながら倒れる剣士を一瞥し、確かな手ごたえを確認すると俺はそのまま斧槍の方に駆け寄った。
スクルドはその体の小ささを利用して斧槍の動きを翻弄するが、発展途上のその体では決定力に欠けている。
ところどころからスクルドにかみつかれたり引っかかれたりしたせいか血を流していたが斧槍の男の動きが鈍った様子はない。
「キュイ」
「くそ、ちょこまかと」
俺はスクルドの動きに気を取られている斧槍の男の背後から一気に切りかかる。
「っぐ」
血を吹き出して前のめりに倒れこむ斧槍の男。どうやら、分厚い筋肉のおかげで致命傷にはならなかったようだ。
「ひ、卑怯だぞこのクソガキ……」
「うるせぇ、こっちは卑怯だのなんだの言ってられる状況じゃないんだよ」
いや、確かに卑怯だけどな。うん、みんなはやっちゃいけないぞ。お兄さんとの約束だ。
少なくとも斧槍の男の傷もすぐに動けるようになるようなものじゃないだろう。
俺はウェイズとフロウを鞘に戻すと肩にスクルドが戻ったことを確認する。よし、次だ。
なんとなくプリルは二階にいる気がしたので、二階に続く階段を駆け上る。
プリルが二階にいなかったらどうしよう……
卑怯者だ!主人公は卑怯者だ!
改訂させていただきました。