24話 魔法は難しいみたいです
アリアの一撃で昏倒させられた翌日、結局アリアも含めて4人と1匹で新居(中古だが)に引越してきた。
アリアの家にあった荷物は当初プリルが持っていくと言っていたのだが、街中で鬼人の力を見せるのはあまり好ましくないというレナの意見で業者にお願いすることにした。レナはああ言っていたが、迷宮から帰った日にはワイバーンの翼にくるんだ大荷物を軽々と引いている様を町中に見せびらかし、昨日はフードもかぶらず俺と一緒に町中を練り歩いたんだから今更じゃないかと思ったけどやっぱりだめらしい。
「へぇ~結構いい家じゃない」
昨日の態度はどこへやらと言った様子のアリアは新居を前にしてこう言った。レナは案の定何も言っていなかったが、文句があったら言うだろうし問題ないだろう。
プリルは元気よく庭を走り回っているし、新居はなかなか好評だったみたいだ。
アリアはさっそく家に入り間取りなんかを確認したし、レナは一階にあるリビングに備え付けられていたソファでゆっくりとしている。
アリア以外は私物もほとんどなかったので、片づけもほとんどなかった。この日は1日足りない家具や調理器具なんかを買い揃えみんなでのんびりと過ごした。
アリアに聞いて驚いたんだけど、この世界にも水洗式の便所はあるらしい。元いたアリアの家というかアパートは男女分かれていたけれどトイレは共用で昔懐かしのポットントイレだったが、この家は違う。水の魔法の力を使った水洗式だ。数十年に一回魔法の力が込められた石を変えなきゃいけないらしいんだけど数十年単位で使えるのはかなりすごいんじゃないのか?まぁ、値段もそれなりにはるらしいんだけど……
しかも、風呂付。街では大衆浴場というか銭湯みたいなところで風呂に入ることはできたんだが、この家には温泉が湧いているとか。やっぱり家には風呂がないといけないよな。
備え付けられていた家具もけっこうな値がするものらしく、普通にこの家を建てて同程度の家具をそろえようとすると金塊が15個ぐらい必要らしい。それが5分の1程度の値段で買えるとは幸運スキルのおかげなんじゃないだろうか?幸運スゲー。
一階にはキッチンとリビング、風呂(露天が2つ)、トイレ2つに部屋が2つあったがとりあえず一階は共用スペースのために使うことにした。二階には部屋が6つあり、各自の部屋は二階を使うことになった。4人と1匹で住むのに8LDKは広すぎるだろと思ったけど、まぁいいんじゃない?
さて、本日もまたのんびりデイ。新居に越してきて2日目だけど、今日もお仕事はお休み。
なにかあった時のために魔法の勉強をすることにした。迷宮で見つけた本は魔法に関するものが非常に多く、初心者用から中級者用程度までがそろっていた。
できることなら誰か魔法を使える人に教えてもらいたいところだけど、三井さんは忙しいだろうしレナが使っているのは魔法ではなく精霊術と言う別ものなので俺の周囲に魔法を教えてくれる人はいない。
本で勉強するだけでも初級魔法くらいならなんとかなるかもしれないし、学校でやっていた勉強は嫌いだったけど、勉強は大切だ。
魔法について要約すれば、魔法は外的な力場による魔法の発動と体内の魔力を用いる魔法の2種類に大別される。武器や防具などに付加し簡易的に発動させる魔法は前者に当たるそうだ。だけど、これは本来の意味での外的力場による魔法の発動とは違うらしい。
外的な力場による魔法の発動は、外的魔法と略すがこの世界には魔力が充満する力場があるらしい。どこにいても微弱な魔力は空気中に漂っており、休憩することで魔力が回復するのは無意識的であれ空気中の魔力を体内に吸収するからだという。魔力が充満する力場の中にいれば、魔力の回復は格段に早くなるそうだが、それよりも外的魔法を発動することのほうが簡単というか、楽らしい。
力場に充満する魔力を収束し、自分の魔力を用いるように魔法を放てば自分の体内にある魔力を消費せずに魔法を連射できるそうだ。ある意味無限に魔法を使えるなんてチートっぽい。
しかし、周囲の魔力を収束するのはある程度の熟練を必要とするので、上級者以上じゃないと難しいと注意書きがあった。具体的には中規模の国の宮廷魔法使いに相当する熟練度が必要って難しすぎるだろ……
次に、自分の体内にある魔力を消費する方法だ。これは、一般的にイメージされる魔法と同じみたいだ。人間には生まれ持って魔力が備わっていて総量はよほどのことがない限り変わらない。一部、俺みたいな異世界から召喚された勇者は熟達するにしたがってある程度上昇するそうだが、RPGのレベルアップによるMP増加みたいなもんなんだろうと俺は思った。
人によって、得意な系統があり得意な系統ほど威力が上がり上位の魔法も使いやすいそうだ。うん、完全にテンプレだな。
基本的な系統は、火、水、風、土、雷の5つで火は風に対して優位に立ち、水は火に、風は土に、土は水に対して優位なんだとか。たとえば、ファイヤーボールに水の魔法をかければ、消えてしまうが風の魔法を当てれば威力が上がるとかそんな感じみたいだ。例外として雷はどの属性とも相対的な関係に当たらず、かけ合わせによる威力の増減はない。結構レアな属性らしい。
さらに特殊な例に光と闇(うん、これもテンプレだな)がある。これは先天的に才能を持っていないとどれだけの練習を重ねても初歩の初歩に当たる魔法すら使えないとか。
ちなみに俺が最初に使ってた風のナイフは属性付加ではないのでどちらかというと後者の体内の魔力を用いる魔法に当たる。あのナイフは使用者の魔力を増幅し、風属性の攻撃であった場合強化することしかできない。つまり、魔力を持たない人間が振ったところでただのナイフにしかならないらしい。
基本的な知識としてはこんなもんだろう。
俺はさっそく初歩の魔法を試してみることにした。テンプレ通りに魔法を使う上で重要なのはイメージすることだ。詠唱はイメージをより強固にすることで威力の増加と発動の成功率を上げるために必要らしい。
『我が敵を切り裂け、ウィンドカッター!』
かなりの広さを誇るうちの庭だし、初歩の魔法くらいなら何の問題もないだろう。そう思っていた俺が甘かった。
詠唱することで威力が上がった風の刃は不可視であるはずの風であるはずなのに容易に視認できるほどの空気の密度だった。大きさも風のナイフで発動させていたかまいたちなんかとは比べ物にならない。ベアーの体躯よりもさらに巨大な風の塊になって庭のはずれにある柵をぶち壊した。
「へ?」
完全に予想外の威力のウィンドカッターははるか遠く、1キロ以上先に生えていた木をブチ倒しどこぞへと消える。ちょ、おま……なにこの威力……
一番最近確認した俺の魔術レベルは57だ。初心者にしては異常な数字だけど、三井さんなんかに比べたら大した数字じゃない。なのにこの威力……
つかやばい、買ったばっかの家なのに柵こわしちった……
幸い今日もレナはいないしアリアは仕事に行っている。プリルはレナについていったので家には俺とスクルドしかいない。怒られる前に直しておけば大丈夫だろ。
とりあえず詠唱した魔法は威力がやばい可能性が高いので初級魔法は詠唱破棄、つまり詠唱せずにイメージの弱い状態で試すことにしよう。
「そうだな……『アイシクルアロー』」
何も出ない……
レナが使っていた精霊術はどうやら根本から魔法とは別のものみたいだ。氷の矢どころか氷のつぶすら出現しない。今度レナに確認してみるとしよう。
『ライトニングスロウ』
これは雷系の初級魔法だ。本によれば雷の帯が1メートルほどに伸び、正面もしくは目標に向かって飛んでいくという魔法のはず。
しかし、これも俺の想像とは見当違いの威力と言うか外見だった。まず長い。俺の手元からどこまでも伸びていく雷の帯は見える限りでさっきウィンドカッターがなぎ倒した木のあたりまで伸びている。そして俺の手から離れる様子がない。つまり、飛んでいない。
これじゃあライトニングスロウじゃなくてランスみたいだ。
なんとか飛ばそうとして雷の帯が伸びている前後に手を振ったり、投擲するように腕を振るっても手から離れない。完全にランスだ……
ちなみにライトニングランスは初級魔法の高難度の魔法として存在する。それも2メートルほどの円錐が体の正面に浮かび上がるような魔法らしいので今の俺の状況とはいろいろと違う。
「なんか想像したのと違う……」
俺のイメージでは本に書かれていた通りのものをイメージしていたわけだが全然それと一致していない。何が問題なんだろう。
「とりあえず次だな……」
消えるようにイメージすると即座に消滅する雷の帯。なんで飛ばそうとして飛ばないのに、消そうとしたら消えるんだ?まぁいいや。要検証だな。
『ファイヤーボール』
これを出したのは完全に失敗だった。俺の中のイメージでは拳大の火の玉が正面に飛んでいく程度のものだったはずの炎の塊は俺の上空はるか高い位置に出現した。街からも見えるんじゃないのかこの大きさだと……
おそらくだが大きさは直径2メートル近くある。燃え盛る炎の塊、もはやあれは火じゃなくて炎としか言えない。たぶんワイバーンの吐いていた火球よりデカい。
「っげ!」
緩やかと言うには速く、目にもとまらぬというには遅すぎる速度で落下していく炎の塊は流星のごとく
地面に落ちる。
街道近くの草原に落下した炎の塊は爆発こそしないまでもあたりの草木を燃やし炎がどんどんと大きくなる。
「ちょ!?やばいって」
炎を消すには水をかければいい。だけど、かなり広範囲が燃え盛っているので、初級魔法で消せるかどうかは微妙だ。
しかし、やらないわけにもいかない。俺は慌てて教科書にしていた魔法に関する本をめくって水の魔法が書かれたページを開いた。
初級魔法でも桁違いの威力を見せる俺の魔法だ。たぶん、詠唱して津波みたいな魔法を発動させれば炎も消せるはず……
しかし、焦ってしまった俺はなかなかそれらしい魔法を見つけることができない。時間がたつにつれて広がっていく炎に焦りが増すという悪循環。
「だぁぁ、くそ!なるようになれだ!」
魔法で必要なことはイメージ、詠唱はイメージを強固にし威力を上げる。この原理から言えば、イメージさえできれば系統に沿っていれば魔法はどんな形でも発動できるはずだ。
『水よ、我が敵を洗い流せ、タイダルウェイブ!』
イメージするのは津波、炎をすべて押し流す津波だ。
俺のイメージは無事に魔法として発動したらしい。草しか生えていない草原に突如として水が湧き上がり、津波となって炎を包む。今回はイメージした通りの規模だったらしく、炎をすべて包んだところで津波は消えてあたりには水だけが残されている。
「あぁ……よかった……」
急に力が抜けてがくりと膝が落ちる。
地面に倒れたと気づいた時にはもう遅かった。眠い。体中のどこにも力が入らない。
徐々に暗くなる世界の中で俺はわずかに残された意識でこう考えた。
やばい、柵直しておかないとアリアに怒られる……