19話 ワイバーンは強敵でした
え、ちょっと待って?この迷宮って強くてもベアーの亜種しかいないんじゃないの?
俺って幸運のスキルカンストするぐらい運がいいんじゃないの?なのに、だというのに、そうだってのに!
「なんでドラゴンなんているんだよ!」
ドラゴンの吐いた炎のおかげでドームは太陽の昇っている外と変わらない明るさになった。おかげで目の前にいるドラゴンの大きさがよくわかる。
たぶん全長は3か40メートルくらいある。広げられた翼も相まってものすごいデカさだ。
「火属性のワイバーンです。間違ってもあなたのナイフで切らないでください!」
いや、無理だよ。属性とか関係なくこんな化け物相手にできるわけないじゃん。
即座に弓を構えているレナを見るが戦うつもりみたいだ。いや、こんなの相手にできるわけないでしょ?逃げようぜ?
入り口に目を向けてみるとさっきドラゴン……ワイバーンか。が吐いた炎のおかげで入り口がふさがっている。軽いやけどを覚悟すれば抜けられないほどじゃない。
「逃げよう!こんなの相手にできないって」
弓に矢をつがえて狙いを定めているレナに向かって叫ぶ。ほら、危険になったら逃げるのが一番だよ。三十六もの計略をもってしても逃げの一手には敵わないっていうじゃないか。
「無駄です。この子は逃がすつもりはないみたいですよ」
レナの言うとおりワイバーンは凶悪な牙の生え揃った口からダラダラと涎を垂らしてこっちを見てる。この迷宮には俺たち以前に人間はほとんど誰も入ってないっていうから久しぶりの人肉に目がくらんでるのか?
「だぁぁ、もう!ったく」
少なくとも俺の中にレナ一人を残してこの場を逃げるっていう選択肢はない。女の子一人を凶悪なモンスターの前に残して逃げ去るだなんて勇者以前に男として失格だ。
俺はレナの言っていた通り風のナイフは鞘に収めたまま短剣を抜き放ちワイバーンに向けて構えた。
俺が構えるのを待っていたかのごとく剣を構えたのと同時にワイバーンが動いた。小さくその巨体を浮かせるとものすごい速さで俺の方に突っ込んでくる。人ひとり軽く呑み込みそうな口に捕まってもアウトだろうし、ベアーなんて比べ物にならないほど鋭い爪に捕まってもアウトだろう。
横っ飛びにワイバーンの突撃を回避するとワイバーンはそのまま壁に激突した。これで気絶でもしてくれれば楽できるだろうが、そんな淡い期待は一瞬で塵と消えた。地面に着地し俺の方に向き直ると連続して火球を吐き出してくる。お前はリオ●ウスか!?
というか、壁に突撃したおかげで壁が崩れて入り口は完全にふさがれた。もはや逃げ道はどこにもない。こいつを倒して入り口を掘り出す以外に選択肢はなくなってしまった。
火球もなんとか回避するが、俺の武器は刃渡り50センチほどしかない短剣だ。ワイバーンの巨体と比べると何とも頼りないという印象しか与えてくれなかった。ワイバーンの大きさからすれば爪楊枝にちょうどよさそうだ。
俺とワイバーンから少し距離をあけた場所ではレナが矢を射ているが体に刺さろうが羽に刺さろうがワイバーンは意にも介していない。あれじゃん、絶体絶命じゃん。
ゲームだったら攻撃するときとかに硬直時間があるはずだけど異世界とはいえ現実だ。近づけば火球を吐く直前だろうが直後だろうが尻尾を振って攻撃してくるし、絶えず動いている相手にこんあ爪楊枝みたいな武器でどうしろってんだよ。
「やばいって!どうすんだよ!」
『精霊よ、その力をアイシクルアロー!』
俺が叫ぶのと同時にレナが氷の矢を放った。何もない空間に30センチ近い大きさのつららみたいなものが現れる様は俺の想像をはるかに超えているぶっ飛んだ光景だった。
というか、矢で攻撃しながら詠唱してたの?レベル200近いのは伊達じゃないってことか。……それに比べて俺の情けないこと。
氷の矢を喰らったワイバーンは悲鳴のような咆哮を上げるがそこまでのダメージではないようだ。さっきとさして変わらない速さで俺に向かって突撃してくる。
すれ違いざまに切りかかってみるがいかんせん長さが足りない。回避を優先するがために剣はドラゴンにかすることもなかった。この短剣でワイバーンを斬るにはあの爪を喰らうぐらいの覚悟はしないとダメみたいだ。
「キュイ!」
「ちょ、スクルド!どこに行く気だ!?」
どれだけ俺が乱暴に動いても即座に肩に戻ってきたスクルドが俺の肩から飛び降りて駆け出した。ワイバーンと正反対の方向だからあの小さな体でワイバーンに襲い掛かるという心配はないが、だからといって安心はできない。
スクルドは広間の端、ちょうど入り口とは正反対の場所で俺を待つように座っていた。その横には無造作に積まれた箱が並べられ、剣や斧が何本も立てかけられていた。
「お、おぉぉ!マジか!ナイスだスクルド!」
武器があることに気付いたスクルドが俺にそのことを教えようとしてくれたようだ。今まで俺の持っていた短剣とは比べ物にならないほど強そうな武器がゴロゴロと転がっている。
「これでなんとかなるといいんだけどな……」
「キュイ!」
無造作に剣を取ろうとした俺の手をジャンプしたスクルドの尻尾が打ち付けた。痛いとは言わないがちょっとショックだ。
「……どうしたんだよ。早くしないとレナが危ないんだって」
スクルドを追いかけて来る間レナがワイバーンの足を止めるように立ちふさがってくれていた。先ほどの氷の矢や実際の矢なんかで動きを制限しているが、決定打には程遠い。
「キュイ!」
「なんだよ、その剣にしろってのか?」
言いながら俺はスクルドがこれだと言わんばかりに体をこすりつけている剣に目を向けた。全体的に黒で統一されたカラーリングの鞘に収まったそれは柄も含めれば優に一メートルを超える長さをしている。剣に(というかどんな武器もそうだが)不慣れな俺にはちょっと荷が勝ちすぎるんじゃないかと思わせる長さだ。
「キュイ!」
そうだと言わんばかりに元気よく鳴くスクルドに渋々といった感じで俺は黒い剣を手に取った。スクルドは神獣だし、俺の大事な癒し的存在だ。信じないわけじゃないけど不安がないわけじゃない。
黒い剣は持ってみると見た目と長さのわりにさして重くなかった。正直自分の手の感覚を疑いたくなったがさっきまで持ってた短剣と変わらない……いや、こっちの方が軽い。すげぇよ、やっぱりスクルドすごいって。
とりあえず戦いの後に拾えばいいと思い剣を鞘から抜き放ち構えてみる。鞘を置いたことで小次郎破れたりと言ってくる武蔵はこの場にいない。(当然だが)
驚きなのは両刃の刀身もあらゆる光を吸収するような漆黒の刃だったことだ。禍々しいとは言わないが少しばかりの不気味さと大いなる興奮が体を走る。
間違いなくこの剣は強い。ここでも俺の幸運のスキルは無事に働いているようだ。行き当たりばったりともいえる状況でこれだけの強さの剣が拾えるなんて普通はありえないだろう。
俺は両手で持った柄を握りなおすと何もない空間を一度薙いだ。そうして生まれるのは風のナイフのように不可視のかまいたちではない。黒い斬撃。
「え!?」
俺としては感覚を掴むために振っただけのつもりだった。どっかしらで風のナイフのようにかまいたちが使えればとは思っていたがまさか出るなんて思っていない。だって風属性は緑なんだぞ?黒い剣で風属性のかまいたちが出るなんて思わないじゃないか。
「あ、やばっ!」
風属性は火属性を活性化させる。さっきレナが風のナイフを使うなと言っていたのはそれが原因だ。
魔法が使えるようになるかもしれないと各属性の魔法を調べてる時に、基礎的な各属性の相性ぐらいは覚えていた。だってのに……
「グルアァァァアア!!!」
俺の想像とは違い、ワイバーンは悲鳴を上げていた。というか、軽く薙いで起こしただけの黒い斬撃はワイバーンの左足を切り落としていた。え、なにこの反則級の武器。
レナも突然の事態の変化に驚いた表情でこちらを見ている。うん、お前の気持ちはよくわかる。俺だって同じ気持ちだ。
その後の展開は実に一方的だった。俺が振るうたびに生まれる黒い斬撃はワイバーンの羽を切り落とし、尾を切り落とし、最後には首を落とした。いや、マジで強すぎるよこの剣。
ワイバーンが確実に死んだことを(首がないのだからさすがに用心が過ぎるかと思ったが)確認し、積まれた箱と剣、斧をどうしたもんかと考える。
中身を確認したところ、箱には金塊や宝石なんかが入っている箱と何かの本が入っている箱に分かれていた。剣と同じぐらい使えそうな防具がないかと思ったが、防具自体が見当たらないのでそれはあきらめた。だけど、箱は5つあり剣が10本に斧が3本、ランスが2本に薙刀のような槍?が1本、弓が3本と矢がたくさん。
他にもいくつかの武器があり正直外に持っていくことができそうにない。だからってこれだけのお宝をこのままにしておくのはもったいないし、誰かに取られるのはしゃくだ。
ゲームみたいにどこに入るんだよと思わせるリュックや某ネコ型ロボットの4次元ポケットも持っていない。いや、俺はカンストするほどの幸運の持ち主だ。探せば見つかる!と思って探してみるがそれらしいアイテムはなかった。
何度も往復するにはここと出口まではずいぶん距離があるし、次の機会にすると誰かに取られる心配がある。
「だぁぁぁ、どーすればいいんだよ!」
突然大声を出した俺を精霊術(さっきまでレナが使っていた氷の矢なんかは魔法ではなくそれらしい)を使いすぎて疲れたらしいので壁にもたれて座っていたレナが何事かと見るがそれはそれと置いておく。
マジで解決策がない。
「キュイ?」
「ん?どうした、スクルド」
スクルドが見つめる先を見てみると俺たちが入ってきた広間の入り口とは別の場所からこちらを見つめる人間がいた。いや、あれ人間か?
おでこに20センチくらいの角が生えてるし、人間には見えない。いや、亜人は人間だから人族には見えないってのが正しいか。
「ひぅっ!」
俺とスクルドの視線に気が付いたのか角が生えたそいつはその姿を隠そうとした。いや、ぎりぎりの位置から覗き込もうとしても角が見えてるからそこにいるのはもろバレだ。
「おぉ~い、君どうしたの?」
黙っていてもしょうがないので声をかけてみた。離れてとはいえ、声をかけられるとは思っていなかったのかビクリと反応する姿にはどことなく保護欲をそそられる。あ、ごめんスクルド浮気じゃないんだ。そんな目で見ないでおくれ。
しばらくじっとしていたがいつまでも俺が見ていることに勘弁したのかその子は広間に入ってきた。
たぶん小学生ぐらいか?背は低くどことなくか弱さを感じさせる女の子には遠目にもわかった通り額から角が生えている。
「驚きました。まさか鬼人がこんな場所にいるなんて……」
そう言って目を丸くしたのはレナだ。鬼人なんて俺は知らないから驚けるはずがない。たぶんだが、文字通り鬼の姿をした亜人なんだろう。
「で、さっきからこっちを見てたみたいだけどどうしたの?」
俺は怖がらせないようにしゃがんで目の高さを鬼人の子に合わせて語りかけた。なんか怖がってるみたいだから敵意がないのを教えるように剣を横に置く。
「お、お父さんとお、お母さんがね……あの……その」
びくびくとして話すのも戸惑いが強いのかうまくしゃべれない様子の鬼人の子に俺はうなづきながら先を促す。少しでも怖がらせないように微笑みを絶やしてはいけない。
「あの……洞窟の前で……その…………人族に襲われて……」
「襲われた?」
ずいぶんと不穏な単語だ。洞窟の前で人族に襲われるなんてどういうことだ?モンスターならわかるが、盗賊か何かだったんだろうか?
「たぶん、人攫いか奴隷商でしょうね。私たちエルフは性奴として、鬼人は力が強いので労働力としてさらわれる例が少なくないですから」
「そんなことがあるのか!?」
確かにこういった世界では奴隷なんて単語もよく耳にするがこの世界ではそんな身近な問題だったとは知らなかった。この子も襲われたせいで怖い思いをしたんだろう。
「それで……この…ど、洞窟に来たら……さっきのワイバーンが……」
どうやら、家族で逃げ込んだがさっきのワイバーンに襲われてしまったらしい。人族よりもはるかに戦闘力に長けているらしい鬼人もワイバーンの前に素手で立っては勝ち目がなかったようだ。
なんとか子供だけでもと両親が時間を稼げたおかげでこの子は無事にこの先の通路に隠れていたそうだ。
「大丈夫だよ……怖いやつらはもういないから」
俺はそう言って安心させるように鬼人の子の頭をなでた。緊張の糸が切れたのか、俺への恐怖がなくなったのかはわからないが鬼人の子は涙を流し、声をあげて泣いた。こんな子供が目の前で両親を殺されたのだ。つらくないはずがない。
俺は鬼人の子が泣き止むまで頭をなで続けていた。
こんな子がつらい思いをする世界だなんて……俺もなんか泣きそうだ。
ちょっと長くなりそうだったので19話はここで終了です。
いつの間にか日間ランキングで1位になっていました。
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今後とも箱庭の勇者とししだをよろしくお願いいたします。