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サンタが死んだあの冬に

作者: vurebis
掲載日:2026/02/03

 数年前サンタが死んだ。

 その年以降、クリスマスはプレゼントも無ければ笑顔も無い、何てことない、ただの一日になった。

 サンタを殺したのは少年で、その願いは『サンタさんが欲しい』だった。

 サンタは少年の願いを聞き届け、快くその願いを叶えたそうだ。

 一人の少年の願いを叶える為に万人の幸せを捨てた彼を世界は裏切り者だと嘲った。


 少年はサンタの亡骸にしがみつき、満面の笑みを浮かべて寝ていたところを発見された。

 調べによるとその少年はサンタの実の子だった。

 与えるだけ与えて、最後には世界中の子供たちの夢を奪ったサンタクロース。

 俺は、そんな父親を裏切り者だとは思えなかった。


 父が死んで、クリスマスは静かになった。街は雪で包まれ白一色。鮮やかな電飾が街を彩ることはもう、ない。

 子供たちは靴下を仕舞い、聖人に向けて手紙を出すことも無くなった。

 ただの一日になったクリスマス。俺は窓の外で降る雪を眺めていた。

 雪が落ちる度、世界から少しずつ音が消えていくような気がした。

 誰も泣かない。

 誰も笑わない。

 サンタが居なくなった世界はとても静かで、驚くほど秩序だっていた。

 そして、酷く退屈だった。

 あれから、どれくらいの冬を越えただろう。

 世界は少しずつ、父の居た頃よりも整い、そして確かに冷たくなっていった。

 サンタがいない世界を人々は簡単に受け入れた。

 子供たちは泣かなくなり、大人たちは贈り物をやめた。

 誰も何も望まない。

 そうすれば、誰も傷つかない事を知ったからだ。


 俺は毎年この時期になると父の部屋で過ごす。

 小さな机の上にはヒビの入った眼鏡と、ボロボロの赤い服。右肩が擦れて薄くなったその服を俺は何度も撫でる。


 父さん。あんたのくれた世界は静かすぎるよ。もしまた俺の願いを叶えてくれるのなら。

 俺は誰かの為にあの頃のクリスマスを贈りたい。

 今年ももう終わる。夜を重ねる度に街は一つずつ音を失い、冷たい雪が蓋をした。

 誰も願わない夜。誰も祈らない冬。

 秒針だけが確かに動くこの世界で、俺はまだ父の影を探していた。

 始めはただ真似をしてみたかっただけだった。

 小さな布袋を縫い、拾ったオモチャや、誰かが落とした指輪を入れ、街を歩いた。

 夜更けにそっと家を出て、街中の家に置いて回った。

 ただそれだけの事。

 俺は父親と同じで、次の日の朝、誰かが少しでも笑ってくれればそれでよかった。


 けれど朝が来ても、笑い声は聞こえてこなかった。

 窓の外は白く、街は昨日と何も変わらず静かに時を刻んでいた。

 翌日もその翌日も。同じだった。

 俺の贈り物は何も無かったかのように道端に捨てられていた。

 ある家では薪の代わりになると言わんばかりに暖炉に投げ込み。

 またある家では存在すら気づいて貰えず雪に埋もれていた。


 その瞬間俺は思い知った。

 この世界では、贈り物は罪なのだと。


 それでも俺は街を歩いた。俺の脳裏に焼き付いたあの幸せな聖夜をもう一度見たい。

 それだけを願い、見つからないように息を潜め夜の底を這った。


 ある晩。街のはずれにある小さな家にたどり着いた。

 雪の降る夜に暖炉も灯っていないその家で女の子が一人震えていた。涙を流し、かじかんだ手を胸に当てていた。

 少女を温める贈り物は何も無かったが、俺は迷わず扉を叩いた。


 その夜。初めて誰かの笑い声を聞いた。

 俺の手を取って、泣きながら笑ってくれた。無いよりマシだと渡した空の布袋の中にある少女の手。

 少女「……暖かい。ありがとう!」

 氷の様に冷たいその手が、俺の凍り付いた何かを優しく溶かしていった。

 それから気づけば俺は毎夜どこかの扉を叩いていた。

 眠れない夜を過ごす子供の元へ、笑い声が消えた街へ。

 贈り物も持たずに、ただ扉を叩いて回った。

 返事をする者はほとんど居なかったが、それでも幾つかの家は俺を迎えてくれた。

 寒さに震える子は側に居て手を握り、寂しさに押しつぶされそうな子には話し相手になってあげた。

 俺には贈り物が入った袋もソリも、ましてやトナカイも必要無い。

 この手で凍えた扉を叩き、共に過ごす。これが俺に出来る唯一の贈り物だと確信した。

 今は受け入れてくれない家もそのうち俺を招き入れてきっと笑顔になる。

 これを続けていればきっと父さんの様に世界を幸せにして行ける筈だ。


 俺はまだまだ夜を歩く。扉を叩き、俺という贈り物を届ける。

 一日でも早くあの時の光景をもう一度。俺の大好きだったクリスマスを。

 その一心で街を歩き続けた。


 けれどいつからだろう。

 開かない扉に苛立ちを覚えるようになった。

 扉を叩くたび、俺の中の何かが歪んだ。

 想いが届かないという事が、こんなにも痛いものだとは知らなかった。

 扉を叩く音が焦る俺の鼓動と重なって聞こえる。

 ただ笑って欲しい。それだけなのに、扉の向こうの沈黙が俺を拒絶しているように感じて、それが怖くて、悔しくて、どうしようもなく腹が立った。

 俺は贈っているだけなのに。

 父さんは喜ばれた。俺と何が違う?

 俺が間違っているのか。それともこの街がおかしくなったのか。

 助けを求めるように俺は今日も街を彷徨った。


 年々次第に扉を叩く音は強くなり、扉を開けてくれない家には声を荒げるようになった。

 誰か、出てきてくれ。

 笑ってくれ。

 受け取ってくれ。

 俺の想いとは裏腹に街は次第に凍り付き、ついにどの家も扉も開くことはなかった。


 その夜を境に、街は完全に凍りついた。

 誰も外に出ず、家々の灯りも消え、ただ白い息だけが揺蕩う。

 俺は、それでも歩いた。

 もう誰かの笑顔を願っているのか、自分を確かめるためなのか、それすら分からない。

 ただ、止まることが怖かった。

 止まれば、俺もこの雪と同じように、音もなく消えてしまう気がした。


 気づけば、街の外れに立っていた。

 雪原の向こうに、小さな光が一つ、ぽつりと灯っていた。

 まるで俺を呼んでいるように、暖かい金色の光だった。

 俺は足を引きずりながら、その光へ向かった。

 近づくたび、心臓の音が雪の中に響く。

 それは、長い夜の中で久々に感じた“俺は生きている”感覚。

 俺は迷わず突き進んだ。


 光の先には、小さな家があった。

 壁は古く、屋根からはツララが垂れている。

 けれど、窓の向こうでは、確かに火が揺れていた。

 俺は、扉の前に立った。

 そして、いつものように叩いた。

 ――コン、コン。

 少し間を置いて、ゆっくりと扉が開いた。

 現れたのは、一人の女性。

 いや、違う。

 あの夜、震えながら笑ってくれた、あの少女だった。

 年月を経て、彼女は大人になっていた。

 驚いたように、少女――いや、彼女が言った。

 少女「……あなた、なの?」

 俺 「……覚えていたのか」

 少女「忘れるわけないよ。あの夜、あなたが来てくれた」

「何も持たずに、扉を叩いてくれた。寒くて、寂しくて……あなたがくれたあの時間だけ

 が、世界を繋いでくれたの」

 彼女の言葉を聞いて、胸の奥が弾けた。

 俺の贈り物は、確かに誰かに届いていた。

 それだけで、涙が溢れた。

 俺 「……俺は、ただ、誰かの笑顔が見たかった。けれど、誰も受け取ってくれなくて。俺の

 贈り物は、みんな捨てられた。だからもう……間違っていたのかと……ッ!」

 少女「間違ってなんかないよ。あなたがくれた……これには何も入っていなかったけど……

 私、ずっと暖かかった。それが“贈り物”じゃなかったら、何なの?」

 彼女は、古びた布袋を取り出した。

 口の紐は解けかけ、端がほつれている。汚れも目立って所々縫い合わせている。

 けれど、それを両手で大事そうに抱えていた。

 俺 「……まだ、持っていたのか」

 少女「ええ。この袋を見るたび、思うの。“誰かが私を思ってくれた”って。それがどんな形

 でも、私にとっては奇跡だった」

 俺 「奇跡……」

 少女「だからね、今度は私が贈りたいの。あなたみたいに、誰かの扉を叩いて。“側に居るよ”

 って伝えたいの」

 その言葉に、俺は息を飲んだ。

 扉の外では、風が鳴り止み、静けさが戻っていた。

 けれど、その静寂の中で、確かに別の音が聴こえた。

 ――コン、コン。

 遠くの方から、誰かが扉を叩く音。

 それは一つ、また一つ。

 雪に覆われた街のあちこちから、音が重なっていく。

 まるで、失われた心臓の鼓動が戻ってくるように。

 俺 「……誰が?」

 少女「私たちだよ。あの時、あなたが灯してくれた“音”。みんな、それを覚えていた。今夜

 は、街中で誰かが扉を叩いてる」

 彼女の瞳に、赤い炎が揺れていた。

 その光を見て、俺はようやく理解した。

 父の居ない世界は、まだ死んじゃいなかった。

 俺が諦めかけた夜の底で、

 確かに“贈りたい”と願う誰かが息をしていた。

 少女「ねえ、あなたは? まだ歩ける?」

 俺 「ああ……ああ、歩ける」

 彼女は微笑み、赤い布を俺の首に巻いた。

 それは、父の服と同じ色をしていた。

 少女「あなたがくれた温もりを、今度は私が返す番だよ」

 その瞬間、俺の胸の奥で、長い間凍っていた何かが音を立てて溶けていった。

 静かな雪の夜に、暖かな涙が一粒落ちた。

 ようやく分かった。あの時、俺はサンタクロースの隣に居たかっただけだったんだ。

 俺 「父さん。あんたがしていた事がやっと分かった。贈り物に見返りなんて無い。俺が間違

 っていたんだな」

 外に出ると、街のあちこちで扉が開き始めていた。

 凍ったガラス越しに、灯がともる。

 子どもたちが笑い、誰かが歌い、雪の上に小さな足跡が増えていく。

 そのひとつひとつが、かつて失われたクリスマスのかけらのようだった。

 少女と俺は並んで歩いた。

 風が吹くたびに、赤いマフラーがひらめく。

 遠くでまた、扉を叩く音がした。

 その音が、いつの間にか笑い声に変わっていく。

 俺 「父さん、あんたの贈った夜は、まだ終わっちゃいない」

 空から雪が降る。

 けれど、もう世界は静かじゃなかった。

 扉を叩く音が、街中に響き渡っていた。


この作品は朗読会、Lunask Act3で使用した台本です。


朗読動画、配信にご利用いただいて問題ございません。


その際は概要等に下記の表記をお願い致します。


シナリオ:vurebis(https://x.com/vurebis_)


※ご使用される際、私に報告等は一切必要ありませんが、教えていただけますと全力で応援させていただきます!

※自作発言等はご遠慮ください。

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