第6話 「よお、ただの紙キレで悪かったな」
「……マジかよ」
俺の全力の一撃を食らって、頭をちょっと振るだけ。傷一つついてねぇ。
(——こいつ、想像以上にタフだ)
ミノタウロスは巨大な斧を握る。持ち前の武器。両手でしっかりと柄を掴み、ゆっくりと構える。刃が鈍く光る。
そして——
振る。
「うぉっと!」
俺は飛び上がってバク転で避ける。視界がぐるんと回転。
ゴッバァアアア!
着地した場所のすぐ前。雪と氷が吹き飛ぶ。凍った地面に深い溝。えぐれてる。直撃してたら真っ二つだった。
「へぇ、結構やんじゃん、アンタ」
俺は軽く笑ってみせる。
「まだ勝つ気でいるのか、哀れな小童」
ミノタウロスの咆哮。地響きみたいな声が氷の大地に響く。
次々と繰り出される斧攻撃。
横薙ぎ——ギリギリで身を反らす。刃が鼻先をかすめる。
縦斬り——着地点の氷が砕け散る。
回転斬り——背中スレスレを斧が通過する。
息が上がる。心臓が早鐘を打つ。
一歩後ろ。また一歩。半歩横。体を捻って。
避けて、避けて、
——じりじりと崖に追いやられてる。
足元の氷が崩れる音。パキ、パキ、と。
チラリと後ろを見る。
深い底。奈落。
真っ暗な闇が口を開けてる。
落ちたら——這い上がれっか? これ。
「ガッハハ! 武器も持たず、ステゴロとは無謀め!」
チッ、後がねぇ。
「弾けとべ! 小童!」
斧が振り下ろされる。
刹那——俺はバフを脚力に込めた。
熱が太腿を駆け抜ける。筋繊維の一本一本が爆発する。
地面を蹴る。
視界が一気に流れる。瞬間移動みたいなスピード。
ミノタウロスの武器の刃先に、
——乗った。
「なにっ!」
そのまま体を捻って、刃を蹴って、敵の後ろに回り込む。
——ズザァアア!
氷の上を滑りながら、即座に後頭部へ拳を叩き込もうとするが——
ミノタウロスは次の一手を読んで、片手で俺の拳を受け止める。
そのまま腕力で弾き返される。
——ガッ!
「くそっ。さすがに十階層近くになると、圧されるな」
転げたところへミノタウロスの斧。
(——でも、このスピードなら凌げそうだ。次のターンで決めてやる)
と、
斧が俺の頭部をかすって、髪が千切れる。
俺のコンテナにぶつかり、蓋が開く。
寒風に乗って、ひらひらと落ちる手紙。
封筒が空中を舞って、白い地面に着地した。
「ヤベッ」
敵は手紙を拾って、首を傾げた。
「貴様は郵便屋か」
「だったら何だ!」
「ふん」
なんと敵は、封筒を——
ビリビリにやぶってしまった。
投げ捨てる。
谷底へ紙切れが羽根となって落ちていく。
「残念だったな。貴様の配達ごっこはここで仕舞だ」
「テメェ……」
頭に血が上る。視界が赤く染まる。呼吸が熱くなる。
雪を蹴り上げる。氷が煌めく。
ぶつかるように向かって行く。
「来い郵便屋! いたぶってやる!」
でも——
ミノタウロスは空を掴んだ。
俺の目線の先は、落ちてゆく手紙。
時が止まって見える。
雪片と一緒に舞い散る紙キレ。
あの男の震える手。必死な顔。
『いくらでも払います! 絶対に届けてください』
心の中にこだまする。
紙キレの一つを、
俺はキャッチ。
俺はそのまま谷へ。
世界が暗転する。
♢ ♢ ♢
(誠/美月視点)
地上。ダンジョン配達所。
「ええっ!? ファンがいない!?」
誠と美月が声を上げていた。
「でも、登録者10万人いるんでしょ? 中堅配信者じゃないんですか?」
「そうなんです……でも、リリアちゃんは一度干されてしまってて、……今は動画が全然回ってないんです」
依頼者の男は額の汗をハンカチで拭いながら、震える声で説明した。
「そうだ、思い出した!」
美月がパチンと手を叩く。
「氷室リリア。不倫騒動で炎上してた人だ!」
「違うんです!」
男が声を荒げる。
「彼女は不倫なんてしてない。婚約相手が女たらしで、彼女は見切りをつけただけなんです。逆上した彼氏が週刊誌に垂れ込み、案の定炎上して、噂に尾ひれがついてしまった。
……今じゃ、彼女は配信に出るたびに叩かれる。再生数も落ちて、首が回らないんです」
男の目に涙が浮かぶ。
「だから僕は励ましたい。一人でもいいから、応援してくれる人がいるって、伝えたい」
「スパチャじゃダメなの?」
美月が首を傾げる。
「ダンジョン配信、やったことないでしょ!」
男が机を叩く。バンッという音が配達所に響いた。
「人気のない配信者に、スパチャは投げられないんですよ! 低評価ばっかりの動画には広告もつかない! 彼女は今、誰からも励ましてもらえない状態なんです!」
♢ ♢ ♢
「がっはははー!」
ミノタウロスは哄笑していた。
「みろ、郵便屋は谷底へ落ちた!」
氷室リリアへ近寄る。
彼女は怯える。震える体を抱きしめて、助けを叫ぶ。
ミノタウロスが彼女の頬を叩いた。
彼女は紙人形のように吹っ飛んで、冷たい雪に身体が埋まる。
「諦めろ。郵便屋がなんだ! 手紙がなんだ! 貴様ら人間は、そうやって気持ちを確かめ合うフリをする」
ミノタウロスは斧を振り上げる。
刃が反射して鈍く光る。
「人間なんてのは、くだらない種族だ。心にもないことを書き連ねて、他人に媚びる。なんと弱い種族なのか。空虚な支えがないと戦えないとは」
ブンッ!
斧が振り下ろされる。
「人間の書いた紙キレごときに、この私が負けるかぁぁああ!」
「——よお、ただの紙キレで悪かったな」




