第5話 ミノタウロス「ガキにしてはいい拳だ」「!?」
午後二時。昼飯食って、一息ついた俺のもとに、また依頼がやってきた。
「あ、あの……」
配達所に入ってきたのは——男。二十代半ば。チェックのシャツにジーンズ。リュックサック。よれよれのスニーカー。髪ボサ。
ひと目でわかる。オタクだ。
誠がいつもの調子で「いらっしゃいませ」。男はビクッと肩を震わせる。
「あ、えっと、その……配達、お願いしたいんですけど……」
緊張すんなよ、人見知り。
「はい、承ります。どちらへの配達でしょうか?」
誠がクリップボードを手に取る。
「だ、第八階層に……」
「第八階層ですね」
誠がカタカタとキーボードを叩く。
「お届け先のお名前は?」
「ひ、氷室リリア……さんです。手紙を届けてほしくて」
男はもじもじしながら、ポケットから封筒を取り出した。白い封筒。几帳面な字で宛名が書いてある。
「氷室リリア様」
裏には「ファンより」と書かれている。
(——ああ、そういうことね)
俺は察した。こいつ、アイドルオタクだ。ファンレターだろ。
(しっかし、スマホで何でもできる時代に手紙って。配信中にスパチャなげりゃいいだろうが)
すると、冷めた視線に気づいたのか、美月が頬を膨らませて俺を睨んできた。
「ダメだよ! 人の手紙をバカにしちゃ! スパチャだけじゃ伝わらない気持ちってのがあるんだからねッ!」
そんなもん?
「わかりました。第八階層、氷室リリアさんへのファンレター。承りました」
誠が書類に記入する。
「料金は——」
「い、いくらでも払います!」
男が食い気味に言った。目が怖い。鼻息荒いぞ。手も震えてるし。
「あの子に、急いで、今すぐ、絶対に届けてください! お願いします!」
♢ ♢ ♢
「えーっと? 氷室リリア?」
アイドルがいるのは第八階層。
俺はダンジョン配信するアイドルを確認した。
みっけ。画面に映るのは——痛い系のゴスロリファッション。黒いフリフリのドレス。白いニーソックス。頭にはでかいリボン。
「えへへー、今日も頑張るぞー!」
一人の女性が画面に向かって手を振っていた。
可愛い……のか? いや、まぁ、可愛いんだろうな。たぶん。
にしても——
フォームがめちゃくちゃだ。魔法を唱えてるけど、詠唱噛んでるし。魔法の杖の振り方も、……三歳児か?
俺は溜息をついた。
まぁいいや。届けりゃいいんだろ。
コンテナを背負ってダッシュ。
一階層のスライムを倒し、
三階層のゴブリンを秒殺し、
七階層のフレイムドラゴンをぶった切って、
八階層に到達した。
♢ ♢ ♢
八層は寒い。氷の大地だ。吐く息が白い。地面は凍ってる。滑る。
遠くに人影が見える。
いた。氷室リリアだ。
彼女は毛むくじゃらのミノタウロスみたいなモンスターと戦ってる。
いや、戦ってるというか——
つかまっている。
「きゃああああ!」
リリアの悲鳴が氷の大地に響く。
ミノタウロスの太い腕——丸太のように筋肉の盛り上がった腕が、リリアの細い身体を鷲掴みにしている。
黒いゴスロリドレスがビリビリと音を立てて破れていく。フリルが千切れる。レースが裂ける。
白い肌が露わになる。二の腕、肩、鎖骨。
「や、やめて……!」
リリアが必死に暴れる。細い腕が空を掻く。足がバタバタする。
でも、ミノタウロスの腕力には勝てない。
ドレスがさらに破れる。
白いニーソックスも裂けて、太腿が見える。
(——ったく。どいつもこいつも、考えなしにダンジョンに来やがって)
「顕在せよ!!」
ドンッ!
胸のあたりが熱くなる。コンテナの中の手紙——ファンの純粋な応援の気持ちが、光に変わる。
筋肉の一本一本に力が流れ込む。血管が脈打つ。心臓が激しく鼓動する。
ミノタウロスの動きが見える。呼吸が見える。弱点が見える。
——いける!
俺は地面を蹴った。
氷の地面が砕ける。亀裂が走る。
身体が宙に浮く。
重力から解放される感覚。
風が顔を叩く。冷たい空気が肌を刺す。
ミノタウロスが俺に気づいた。ギロリと睨む。
「遅い!」
俺はさらに高く跳ぶ。
ミノタウロスの頭上まで。
そこから——
落下。
加速。
重力を味方につける。
右拳を引く。
ミノタウロスの顔面が迫る。
濁った黄色い目。
狙うのは——頭頂。
一撃で仕留める。
「うぉりゃぁぁああ!!」
渾身の一撃。
拳がミノタウロスの頭を捉える。
ドゴォォォォォン!!
衝撃波が広がる。
空気が震える。
ミノタウロスの巨体が浮く。
地面から足が離れる。
そのまま——
ドシャアアアアアン!!
氷の大地に叩きつけられた。
パキャ……。
「ほう、ガキにしてはいい拳だ」
ミノタウロスがゆらりと起き上がった。




