第3話 オッサン吊るされ鍋になる
「こんちゃーッス。お届け物ッス」
そんなこんなで、目的地。第三階層に到着した。
——はずだったんだが。
「ゲヒヒヒヒ!」
「久方ぶりの人間の肉だぜ。ゲヒャヒャ!」
(……は?)
広い洞窟の空間。天井から鍾乳石が垂れ下がってる。床は湿ってる。
そこには——ゴブリンの群れ。
ざっと見て二十匹はいる。緑色の肌。ギラギラ光る黄色い目。
中央には、薪と鍋。グツグツいってる。火の粉が舞ってる。
その上に、今にも調理されそうなオッサンが吊るされていた。
三十代後半か四十代前半。メタボ腹。無精髭。スーツはボロボロ。
足元には配信用のカメラ。青いランプが点滅中。
「人間風情が! 抵抗すんじゃねー!」
「ぐふっ!」
ゴブリンの一匹がオッサンの脇腹を蹴る。手にはデカイ包丁。キラリと光る刃。
オッサンは虫の息。顔はアザまみれ。傷だらけ。血が滴ってる。
(——ああ、ゴブリンも昼飯の時間だったか)
って、そこじゃねーな。
(しっかし……)
武器もない。防具もない。ただのスーツ姿のオッサンが、ダンジョン第三階層で何やってんだよ。ここは会社じゃねーぞ。
「——よぉ」
俺は一歩前に出た。
ゴブリンたちが一斉に振り返る。黄色い目が俺を捉える。
「人間! 若い!」「また人間来た!」「新鮮な肉!」
奴らがざわめく。涎を垂らしてる。
奥から、ドスン、ドスン、と重い足音。地面が揺れる。
巨大な影が近づいてくる。他のゴブリンたちが道を開ける。
ゴブリンの親玉。
身長は二メートル近い。全身筋肉の塊。肩幅が俺の倍はある。腰には人間の頭蓋骨がぶら下がっている。右手には巨大な棍棒。
「ゲヒヒ……肉。肉」
舐めた顔でニヤリと涎をたらしてる。太い腕を組んで、俺を見下ろしてる。
周りのゴブリンたちが俺を囲み始める。ジリジリと距離を詰めてくる。
(普通に戦えば余裕だ。けど——)
人質がいちゃ話は別だ。オッサンを巻き込むわけにはいかねぇ。
スピード勝負だな。
ゴブリンどもが一気に襲いかかってくる。槍、棍棒、包丁。
——俺は、背中のコンテナの感触を確かめ、胸の位置で指を組む。
「借りるぜ、オッサンの弁当の力」
目を閉じる。感じ取る。コンテナの中の弁当。温かい。優しい。強い。
深呼吸。
空気が震える。
コンテナから淡い光が漏れ始める。オレンジ色の光。温かい光。
「な、なんだ……?」「光が……」
詠唱。
「顕在せよ!!」
ドンッ!
身体から光の波動が爆発した。衝撃波が広がる。ゴブリンたちが後ずさる。
熱気が立ち上る。オレンジ色の光が俺を包む。
拳を握る。力が漲る。筋肉が膨らむ。
(へぇ……。オッサンの弁当、バフとしちゃ悪くねぇな)
届ける荷物に込められた想いを、力として借りる『バフ』。配達員だけが使える特殊能力。
「ゲ、ゲヒヒ……魔法だか何か知らねぇが——」
ボスゴブリンが構えなおした。
「おとなしく鍋の肉餅になっていけええ!!」
しゃがれた大声。デカ包丁。太い腕を使って、力まかせに振り下ろされる。
刃が俺の頭上に迫る。
——ドガァアアアアン!!
「ワリィ。こっちの拳が早くて」
「ヴモッ……!?」
俺の右拳が、ゴブリンの顔面を捉えていた。包丁が途中で止まってる。
ボスの目が裏返る。
そのまま——
ドゴォォォォォン!!
ボスの巨体が吹っ飛んだ。
五メートル。
十メートル。
壁に激突。
ガシャァァァァン!
石壁が砕ける。亀裂が走る。ボスが壁に埋まる。
「……次、誰だ?」
俺は顔を上げた。




