第1話 この俺が受けた荷物で、届かないモンは存在しねぇ!
ダンジョン第七階層。
硫黄の臭いが立ち込める溶岩地帯で、俺——神宮 颯は、目の前の炎竜の顎を拳で殴り飛ばした。
「てめぇ、俺の荷物に火ぃ吹きかけやがって!」
ゴッ!
体重五トンはあろう竜の巨体が吹っ飛び、溶岩の池に叩き込まれる。水しぶき——いや、溶岩しぶきが上がった。
俺は肩に担いだ配達用の特殊コンテナを確認する。表面が少し焦げてるが、中身は無事だ。
「フン。この俺が受けた荷物で、届かないモンは存在しねぇ」
十七歳。ダンジョン配達員歴三年。配達成功率、百パーセント。
自慢じゃねぇが、俺より優秀な配達員はいない。断言できる。
溶岩から這い上がってきた炎竜が、怒りで目を血走らせている。口の中に炎が渦巻く。
「まだやんのか? いいぜ。俺の拳は、テメェみてぇな雑魚竜には負けねぇから」
俺は配達用のコンテナをしっかりと担ぎ直し、拳を構えた。
炎竜が咆哮。巨大な火球。
俺は地面を蹴った。
火球の横を駆け抜け、竜の顔面に肉薄。渾身の右ストレート。
ガキィン!
竜の鱗が砕け、牙が二本折れる。竜は悲鳴を上げて首を振った。
「届けるモンがあんだ! 邪魔すんな!」
背後で竜が倒れる音。
ダンジョン配達員、神宮 颯。この俺が届けると決めた荷物は、どんな魔物がいようと、必ず届く。
——それが、俺の正義だ。
♢ ♢ ♢
ダンジョン地上階、配達所。
俺が帰還すると、受付カウンターで坂本 誠が、いつものように書類整理をしていた。
紺色のベストにワイシャツ。キッチリと結ばれたネクタイ。黒縁メガネ。几帳面に積み上げられたファイルの山。
「お帰りなさい、 颯さん。第七階層、配達完了を確認しました」
坂本はクリップボードを見ながら淡々と言った。
「はい、こちらが受領印の書類です。必ず三枚複写で記入してくださいね。青はダメです。こっちの黒いボールペンにしてください。規定ですから」
「あー……はいはい」
俺はダルく零して、書類に書き込む。
「あと、報告書の提出が三日遅れていますよ。本日中に必ず——」
「分かってるって」
「 颯さん、字が汚いです。もう一度書き直してくださ——」
「あーもうっ! うっるせぇぇええ!」
ドンッ!
ムキになって机を叩いた。
そうだ。こいつ——坂本 誠はクソ真面目だ。
(ったく、モンスターも倒せねぇ陰キャはあっち行ってろ)
——その時
「颯くーん、お帰りなさい♪」
明るい声が配達所に響いた。
女性の配達員。桜庭 美月。
セミロングの栗色の髪。走ってきた勢いでふわり。大きな瞳は明るい茶色。
配達員用の動きやすいジャケットに白いタンクトップ。ショートパンツから伸びる太腿はすらりと長い。開放的なカットから鎖骨と、柔らかそうな胸元が覗く。
——見ちゃいけない、見ちゃいけない。
「今日も無事だった? 怪我はない?」
彼女は俺の顔を覗き込む。
距離、近い。めちゃくちゃ近い。
ふわっと甘い香り。シャンプーの匂いか? 柔らかそうな唇。長い睫毛。
「こ、……これくらい、余裕だし!」
「そっか、良かった♪」
美月は無邪気に笑う。本人は全く自覚がない。この天然っぷりが、また——
——くそ、可愛い。
「ねぇねぇ、颯くん。今日はどこに配達したの?」
「え? あ、ああ……第七階層の、その……冒険者のベースキャンプで」
「複数のパーティが集まって拠点にしてる場所ね! すごーい! あんな遠くまで配達に行ったんだ! 誰に何を届けたの! 教えて教えて」
美月が目を輝かせた。
「届けたのは……傷薬と、絆創膏と、あと……はがき」
「はがき?」
「初めてダンジョンに潜った新米冒険者にさ、母親が心配して……『怖くなったらいつでも帰ってきなさい』って。
その冒険者、めちゃくちゃ気が弱そうでさ、ガキみてぇに震えてた。
だけど、母親のはがき読んだら……泣いてたよ」
「そっか……」
美月は優しく微笑んだ。
「颯くんは優しいね」
「は? 優しくなんかねぇよ! ただ言われて配達しただけで——」
「ううん。颯くんは、その新人クンがはがきを読んで泣いてるのを、ちゃんと見守ってあげたんでしょ? 優しくないとできないよ」
「あ、いや、その、あの……」
「依頼物の中身を勝手に覗いたんですか?」
誠が眼鏡を押し上げて唾を飛ばす。
「ダメですよ! 配達物のプライバシーは厳守です! 規定で——」
「見えちまったもんは仕方ねぇだろ!」
俺もつっかかる。
「こちとらドラゴンに火吹かれて、コンテナが燃えそうだったんだよ! 中身が無事か確認しねぇと、届けられるかどうか分かんねぇだろ!」
「それでも規定では——」
「規定規定うるせぇ!」
「まぁまぁ、二人とも」
美月がクスクス笑いながら間に入った。
「——荷物の受付はここで合ってますか?」
大きな袋を抱えた女性がやってきた。




