ぼくの小さな恋人1
「……ま……ねえ、優馬……優馬ったら!」
ミドリのぼくを呼ぶ声により、ぼくは一番つらくて苦しかった過去の世界から、ミドリと一緒にマンションの一室にいる現実世界へと帰ってきた。
「ねえ、大丈夫? 顔色がすごく悪いよ」
ケサランパサランのぬいぐるみをベッドに置いたミドリが、ソワソワしながら訊いてきた。
ぼくはプリントアウトした型紙を勉強机の上に置いて椅子に座った。
「大丈夫だよ。ちょっと子どもの頃のできごとを思い出してただけだから」
さらにスマホで手芸が得意な人たちがタオルで人間サイズのガウンやバスローブを作っているか検索する。作っている人がいると判明し、ぼくは以前百円ショップで買った新品の白い綿のタオルを用意した。
丸めてある方眼ハトロン紙を出し、クリップやチャコペン、定規を机の上に置く。
「子どもの頃の優馬か……会ってみたかったな」
「小さい頃は知らないけど、ぼくたち、子どもの頃から一緒だったよ」
その言葉を口にしていいのか、どうかわからず曖昧な笑みを浮かべた。
「ところでベッドの寝心地はどう? 掛け布団は足りそう? 寒くない?」
「大丈夫だよ、寝心地最高! 掛け布団も、まだ秋になったばかりだから、これで足りるよ」
彼は布団の中へ潜り込んで顔をヒョコッと出し、頬杖をついた。
丸いメジャーを手に取ってミドリに一階まで下りてきてもらい、ハウスから出てもらう。
「まずは採寸だ。少し手伝ってくれないか」
「服は脱いだほうがいい?」
「大丈夫だ。着ていてもらって構わない。すぐに終わるから」
まるで人形のように身じろぎひとつしないミドリの肩幅や腕の長さクビの下から腰回り、足首までの長さ、腕周りや胴周りなどを測る。
プリントアウトした紙に測った数字をメモし、型紙のサイズを割り出す。
型紙を切り抜いている姿をじっと見つめてくる。
「できあがりを待っている間、退屈だろう。その姿じゃスマホも使えないし」
ミドリが人形のように小さくなっただけの人なら、きっとスマホを使えただろう(スマホは人間や動物の静電気に反応して動く)。
だけどミドリの身体は、どんなに人間のようにに見えても人形だ。ぼくがレジンで作った身体の中には内臓や脳、筋肉や骨は存在しないのだ。だったら、なんで動いて、しゃべったりするんだ? と不思議に思わずにはいられない。だってロボットやアンドロイドのように動く人形を作ったわけじゃないから。
なんにせよミドリがしゃべって動いている。それがぼくにとっては、たまらなくうれしかったのだ。
「大男がちまちまと作業をしている姿を延々と見ていても、おもしろみなんてないからな」
「そんなことないよ!」と勢いよくミドリ顔を上げた。胸のまえで小さな拳を作って「おれは手先が不器用だから優馬のミニチュアを作る手伝いはできない。けどね、きみが真剣な顔つきをしてミニチュアの家具を作っている姿を見るのが好き。この材料で何を作るんだろう? って不思議に思っていたものが、どんどん形ができていくのを観察している時間に癒される」と力説したのだ。
思わず目を見開いてしまった。
すると不安げな顔をして目の前の恋人は「どうしたの? 何か、おれ、変なことを言った?」
おずおずしながら尋ねてくる彼に笑みがこぼれる。
「いや、懐かしいなと思って」
「『懐かしい』って、どういうこと?」
首をかしげる彼に「なんでもない」と返事をして手を動かす。
「でも、ここにおれがいたら型紙をとるのに邪魔になっちゃうよね……ねえ、そこの本や雑誌を見ながら待っていてもいい?」
「ああ、いいよ」
ミドリを手のひらに乗せて本棚の前に連れて行き、読みたいと思う本を選んでもらう。こたつ机の上に移動してもらい、机の上にぼくのお気に入りの少女マンガを三冊置いた。
漫画本を読んでいる間に型紙を起こし、ハサミで切る。タオルをまち針で仮止めして型紙通りの形にする。それからミシンを使って縫っていき、一時間で完成した。
「ミドリ、できたよ」
両手サイズの白いバスローブと紺のリボンを手渡す。
漫画を熱心に見ていた彼が顔を上げ、ぼくの近くへやってきた。
「わあっ、ホテルの備品のバスローブみたいだね。すごい!」
「服の上から羽織って前を合わせてみて。腕周りや肩がきつかったら言って」
そうして彼はワイシャツの上からバスローブを羽織り、リボンを結んだ。
「大丈夫だよ。ありがとう、優馬!」
「よかった。でも、うちには人形用の服はないからな。今度の休みに東京へ行こう。きっと秋葉原ならミドリに合いそうな服も売ってる。デートしよう」
「うん! 行こう、行こう」
壁に掛けられている四角いアナログ時計を見れば十一時近い。
明日の仕事が待っている。
以前、電車が車と衝突した事故によって遅延が発生した。ネットやニュースなどでも大騒ぎになり、SNSでも「朝の通勤ラッシュ時に勘弁してほしい」というビジネスマンや学生たちの声が多数あがっていた。
いつも勤務開始時刻の十五分前にはデスクについているようにしているが、そういう事情で遅刻した。駅で配られていた遅刻証明書を提出し、直属の上司や経理部の人に納得してもらったけど、先輩からは大目玉を食らったのだ。




