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ぼくと碧が出会った日1

「ねえ、何してるの?」とその男は子どもみたいに無邪気な目をして訊いてきたのだ。


 男の言葉を無視して片づけを始める。


 中学時代にいじめられ、引きこもり生活をしていたぼくは完全に人嫌いになっていた。


 高校デビューなんてするつもりはないし、心機一転で友だちを作ろうなんて気もない。


 三年間、いい成績を修め、国の頂点である国立大学へ進学し、大企業に勤めるのが目下の目標。


 大学受験で浪人なんてしたくない。


 そんなことをすれば、ますます父親の心はぼくから離れ、母親が父親と会えなくなって泣く。


 名誉挽回のラストチャンスを無駄にはしたくない。


 透明人間みたいに教室でいないもの、または空気として目立たない生活ができれば御の字だった。


 空気が読めないのか、明るい髪色をした男はなおも「あれ、おれの声、小さかった? ねえ、きみだよ、きみ。聞いてるー?」とめんどくさいキャッチやナンパ男みたいに声を掛けてくる。これ以上、無視をし続ければ男の機嫌を損ねてしまう。そうして怒鳴られたり、悪口を言われるのが落ちだ。


 子どもは残酷だ。あいつは異質だと思うと、すぐに仲間外れをして、いじめる。


「……なんですか?」


「あっ、耳が聞こえないとか遠いってわけじゃないんだね」と男はヘラヘラ笑う。


「人と話をするのが嫌いなんです。手短にどうぞ」


 ぼくの発言に男は目を丸くした。


 やさしい人はもちろん、内申点や教師、ほかの子どもたちから点数稼ぎをしたいやつは必ず、ぼくに声を掛けてくる。


 ひとりぼっちは、さびしいだろう、と。


 だけど、ぼくはひとりのほうが好きになっていた。人と喧嘩をしたり、おべっかを口にしたり、誰かの悪口を聞かなくて済むから楽だ。勉強の邪魔をされないし、自由にミニチュアを作れる。


 もちろん体育の実技の時間や、複数人で行うプレゼン授業、体育祭や文化祭みたいにクラス合同で集まって何かするときは、やさしそうな人に声を掛けて参加させてもらう。一部の派手な容姿をしたやつから「キモオタ」や「幽霊」とあだ名されているぼくを温かく仲間に入れてくれる彼らのコミュ力と真心には、頭が下がる思いだ。


 休日もカラオケやボーリング、ウィンドウショッピングや映画につきあわされて行動を制限されない。ほしいミニチュアの材料を買うために、ゆっくり時間を掛けられる。


 果たして、この男はなんて返事をするだろう?


1.「ひとりでいて楽しいの?」

2.「そっか、ごめんね。ひとりの時間を邪魔して」

3.「あっ、そ」

4.「てめえ、何様のつもりだ!」


 思いつく選択肢を頭の中で作り、彼が唇を開くのを待った。


「だから、言ったじゃん。『何してるの?』って。その手に持ってるのって、もしかしてLEDライト?」


 予想外の答えに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、ぼくは硬直した。手元にあるものを見つめ、軽いパニック状態になりながら、「なんだこいつ。わけがわからない!」と心の中で絶叫する。


 手の中にあるものを眺めてから男は腰を落とし、ぼくが作業していた机の上にあるものを興味深そうに目を凝らして見る。


「机の上にある長方形はレンガ? これって百円均一で売ってるの!? それに……木?」


 三センチメートルサイズに切った小枝を持って彼は首をかしげた。


「触らないで」


 作品を壊そうとしているのかと思い、ついきつい口調になってしまう。


 男はすぐに小枝を手放して、もとあった場所へ戻したのだ。


「勝手に触ったりして、ごめんね!」


 急に立ち上がり、顔の前で両手を合わせ、目を閉じながら謝った。


 せわしない動作と音に、おっかなびっくりしながら「大丈夫です。こちらこそ、すみません」と返事をする。


「うちの高校には美術室はあるけど技術室はないよねー。おれの通ってた中学には技術室があったんだけど、きみのところはどうだった?」


「ありましたけど」


「ほんとー! もしかして、きみ、ものづくりの高専を第一志望にしてたの? 紆余曲折して、うちの高校の普通科に来たって感じ?」


 キャンキャンわめいたり、日がな一日鳴いている犬や猫のように、うるさい。べらべらとしゃべる男に辟易しながら無難な言葉を口にする。


「高専を第一志望にしていませんよ。家から一番近い理由で、この私立校を選びました」


「えーっ、もったいない!」


「もったいない?」


 つい男の言葉をオウム返しにし、片づける手が止まった。


「そうだよ! だって、きみ、春日くんでしょ。あの作品を作った一年五組の!」と彼は目を輝かせて、ぼくが以前美術の時間に作った粘土細工を指差した。


 粘土を使って箱庭の中の世界を作るよう、美術教師が、お題を出した。


 ぼくは遠い昔、まだ父と母と仲がよかった頃、遊びに行った川を思い出し、川の中の世界を作ることにした。


 日の光で透きとおって見える水色の和紙をケースの底や側面に両面テープで貼りつけ、水の透明感を演出し、園芸用品売り場で買ってきた砂を板の上に敷き詰める。平らにならした砂の上にペットボトルのキャップを埋め、キャップの中に油粘土を詰める。紙粘土で作り、色を塗った川魚を楊枝で立たせ、キャップや油粘土、楊枝を石で隠した。石にジオラマ用の水草などを植え、サワガニやザリガニを配置する。最後に子どもの頃に川遊びをして拾った貝殻を入れたのだ。

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