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ぼくの一番大切な人2

「ミドリ、もとの状態に戻ったんだね!」


 しかし、ぼくの希望はすぐに打ち砕かれた。


 ミドリはベッドから起き上がろうと震える身体に力を入れ、そのたびにベッドへ突っ伏してしまったのだ。何度も繰り返しやっているうちにボスンとベッドに身を預け、目を大きく見開きながら、マラソンで走り続けたわけでもないのに胸を上下させて苦しそうに息をする。


「ごめん……身体が動かないや」


「なんで? だって、しゃべれる状態に戻ったんだよ? ぼくも手伝うよ」


 そうしてミドリを持ち上げ、机の上に座る状態にするが、目をギュッとつむって彼はその場に横たわってしまったのだ。


「どうしたの、ミドリ。身体が痛いの?」


 するとミドリは横になった。


「昨日のうちは全身が痛かったよ。ものすごく。手足がバラバラになるかと思ったんだ。でも、今は、そうじゃない」


 その言葉を聞いて胸を撫で下ろす。


 きっとミドリは疲れているんだ。


 高熱を出した後、頭痛や筋肉痛でつらくなる。


 手術を受けた人だって麻酔から目が覚めても、すぐに眠ってしまうのは手術を受ける体力が必要でストレスが大きいからだと聞いたことがある。


 何日かすれば彼だって以前のような元気を取り戻す。


「そっか、それならよかった……っ!」


 彼の頬を触って僕は勢いよく手を離した。まるで氷のように冷たく、固かったからだ。


「もう手足の感覚があまりないんだ。自分の身体じゃないみたいで自由に動かない。目を開けているのも、すごくつらいんだ。そのうち、しゃべることもできなくなっちゃう」


「なんで! どうして、そんな状態になるんだよ!?」


 ――『おれに必要なのは、ひとつだけ。優馬の愛情だよ』とミドリが口にした言葉を思い出す。


 ぼくがミドリと顔を合わせるのが気まずいと思ってわざと残業したり、「きみのためだから」と言いながら本当は話をするのが怖くてドールハウスの作業に集中していたせい? 


 だから、ミドリはぼくに愛されていないと思って、こんなに身体が弱くなってしまったのだろうか……それとも、ぼくがミドリのことを本当に愛していないから、愛情をもらえない彼は、今にも命の灯火を消してしまいそうな状態になっている?


 頭の中で憶測が飛び交う。こねくり回して考えても埒が明かない。


「ごめんね、優馬……おれ、いつも優馬のことを困らせて、怒らせてばかりいるね」とミドリは眉を下げ、すまなそうに謝罪をする。


「そんなのどうだっていいよ! ミドリがいてくれれば、ずっとそばにいてくれれば、ぼくはそれだけで充分だから……!」


「おれは充分じゃないよ。だって大好きな人の笑顔が見たいもん。好きな人がつらい姿をしてたら悲しいし、どうにかして力になりたいなって願わずにはいられないよ。でも、いつもうまくいかないね。とんちんかんなことばかりやって、いらないことを言って余計に優馬を追いつめちゃう……。きっと、おれがそばにいないほうが優馬は幸せになれる。疫病神なんだよ、きっと。でも――ただの人形に戻っても、おれのことを愛してね」


「違う、そうじゃない!」


 彼の言葉を否定しようと口を開きかけたところでスマホの着信音が鳴る。


 こんなときに誰だと腹立たしく思いながらスマホの画面を確認した。「()(とう)母」。その文字を見た瞬間、急に貧血でも起こしたみたいに、さっと血の気が引いていった。


 ボタンをタップし、耳にスマホをあてる。


「もしもし」


『春日くん! うちの子が……もう……』


 瞬間、頭の中が真っ白になった。


『お願い……最期に一目会いたいって言ってたあの子の願いを、かなえてあげて』


 ぼくはワイシャツ姿に背広のズボンのまま、動けなくなっているミドリを抱きしめ、カバンの中へ入れた。財布だけリュックから取り出して、鍵を握り、マンションを飛び出す。


 階段を駆け下りているとミドリが「優馬、どこに行くの!?」と声を掛けきた。


「きみにどうしても会わせたい人がいるんだ!」


「えっ?」


 マンションのほかの人の目もあるし、朝早くから大声を出したら近所迷惑になる。それでも胸の奥から込み上げてくる思いを秘めることはできず、動けなくなったミドリに話しかけながら全速力で走る。


「会わなきゃいけない。会って、話したいことがいっぱいあった! 『好きだ』って毎日言う約束も、会ったときにハグをしたり、キスをするのも、デートをする約束も全部、破った。『会いに来て。ちゃんと話そう』ってLIMEをくれたのに別れ話をされるんじゃないかと勝手に思って、無視したんだ。でも……本当の気持ちをまだ伝えてない。伝えなきゃいけないことが、たくさんあるんだよ!」


 そのまま駅に向かい、目の前の電車に飛び乗る。「発射直前で飛び乗るのは大変危険ですから、おやめください」とアナウンスが流れる。


 土曜日の朝早い時間帯だから人はまばらで、席も合いている。でも落ち着いて座っていることができず立ったまま、「早く、早く」と一秒でも早く病院の最寄り駅に着くことを願ったのだ。


 ぼくは電車を降りると駆け足で改札を出て、バスに乗った。


 そして二十分揺られると目的地へ到着した。自動ドアをくぐり、待合室でうなだれている()のお母さんのところへ歩を進め、声を掛けた。

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