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ぼくの一番大切な人1

 デートの日以来、ミドリはじょじょに元気がなくなり、笑顔を見せてくれなくなってしまった。


 原因は、もちろん、ぼくだ。


 ミドリが気にしていることを指摘したり、()()()き《・》を思い出させるような発言をしたからいけない。


 でも謝っても、きっと意味なんてないから傷に触れないようにする。


 一日、一日経つほどに彼の口数が少なくなり、目を半開きにしたり、閉じていることが増えていく。ぼくの話もうわの空で聞いているのか、聞いていないのか判別できないときが増えた。


 ミドリは表情豊かで喜怒哀楽がわかりやすい。怒ってるときは顔を真っ赤にして眉をつり上げる。


 怒っていないはずなのに彼は唇を固く閉ざしている。人間のように温かく、やわらかだった肌が冷たく固く感じるのは気のせいだろうか?


 最初の頃は、まるで童話に出てくる妖精たちみたいにいきいきして、小動物みたいにちょこまか動いていたのにおとなしくしていることが多い。


 成虫になり地上に出てからは一、二周間しか生きられない蛍や七日間しか生きられないセミを彷彿とさせる。その姿にぼくは恐怖する。


 このままミドリまでもいなくなってしまったら、どうしよう、と。


 それでも、ぼくは何もしない。都合の悪い現実から目をそらす。


 仕事が忙しいから、ドールハウスを完成させなきゃいけないからと言い訳を作って、ミドリの様子がおかしいことを認めようとしない――認めたくないのだ。


 失うことが怖いから。


 自分の前から大切な人が去っていく。大切だった人が背を向ける。ミドリまでそんなふうになってしまったら、どうしようと考えるだけで、何もかも手につかなくなりそうだ。


 自分の生きている意味や価値がなくなってしまいそうなのに彼から拒絶されることを恐れて、結局、何ももできないでいる。


 残業をしないように普段している仕事を調整して、帰宅時間を一時間、遅くするようになって三日が経つ。


 ちょうど月末締めで新しい仕事を覚えている最中だから、帰りが遅くなっても誰も気にしない(そもそもサビ残すればするほど褒められる職場だし……)。華の金曜日だからか、みんな飲み会の予定を立てている。


 他部署の人に「今日、一杯どう?」と誘ってもらったのを始めて了承し、仲の悪い先輩たちがいない和食屋で、少人数で飲み食いする。お酒の飲めないぼくはノンアルコールを飲ませてもらい、ご飯や味噌汁と一緒に焼き魚をほぐし、お漬物をポリポリ噛んだ。


「春日くん、他部署に異動しなよ。そうすれば、いじめもなくなるってー」


 お酒を飲んで高揚している人たちの言葉に「そうですかね」と笑みを浮かべ、暗いマンションの一室にあるドールハウスでおれの帰りを待っているミドリのことを考える。


 夜の十時を過ぎまでみんな飲み食いし、二次会もどうかと訊かれたけど丁重に断る。


 電車に揺られ、マンションへ向かいながら、どうしたら小さな恋人が前のような笑顔を見せてくれるかを考えてみても答えは出ない。いい案が思いつかないまま帰路につく。


「ただいま」


 鍵を締め、挨拶をする。


 いつもなら「おかえり」とミドリの明るい声がするのに、しんと静まり返っている。


 部屋の明かりをつけ、「ミドリ?」と声を掛けても返事がない。どうしたのだろう……妙な胸騒ぎを感じてドールハウスの掛け金を外し、家を本のように開く。


「っ……ミドリ!?」


 小さなベッドの中で苦悶の表情を浮かべている恋人がいた。彼を手で持ち上げ、耳の近くへやってもしゃべり声がしない。顔の前に持っていき、様子を確認する。


 口を動かしているものの声が一切出ていないのだ!


 その間もミドリは胸元を掻きむしり、全身が痛むのか、苦しそうな表情を浮かべている。


「ミドリ……そんな、どうしたらいいんだ!?」


 人形を人間や動物の病院に連れていっても意味がない。


 それどころか人形が電池や機械もなしに動いていることを珍しがって解剖したり、人体実験を行うかもしれない。かといって、むやみやたらに市販薬を与えていいのかわからない。


 とにかく、ぼくは自分が普段持ち歩いている赤ちゃんでも使える解熱鎮痛薬を細かく砕き、ミドリの口に含ませ、水を飲ませた。


 その後、ベッドに彼を戻し、頭を冷やせるように水に浸した小さいタオルを額へ載せる。りんごジュースを小さいミニチュアのスプーンで口元へ持っていく。


 そのまま小動物が具合を悪くしたときの情報を見ても、まとめの部分では「症状が改善しない場合は動物病院で医師に見てもらいましょう」と書かれているばかりで役に立たない。


 顔を歪ませ、身体を曲げている彼になすすべもなし。


「ミドリ……ミドリ……!」


 ぼくはただ、彼が痛みに悶えている姿を見ていることしかできなかったのだ。


 夜通し、ミドリの体調不良が治るよう見ているうちに夜が明けた。


 徹夜をして眠気を感じる頭を横に振って眠気覚まし用のコーヒーを入れにキッチンへ行く。


「……優馬」


 蚊の鳴くような声で名前を呼ばれ、ぼくは慌ててドールハウスのベッドで寝ているミドリのところへ向かう。

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