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ぼくの小さな恋人4

 ミドリがぼくのことを好きで会いに来てくれた。そうして、このまま、おじいちゃんになって息を引き取る瞬間まで、そばにいてくれる。


 そんな都合のいいおとぎ話で構わない。楽しい時間を、ずっと過ごせればいいんだ。そうすれば、明日が来たって怖くない。会社に行って、いやなことがあっても気力で跳ね返せる。年を取って腰の曲がったおじいちゃんになるまで、あの会社で働けるんだ。


 じゃないと()に対して一生罪を背負い、あの言葉に責任をとらなきゃいけなくなる。


 でも――「……ミドリには二卵双生児の妹がいるんだよ。忘れちゃった?」


「そうだっけ……」


「そうだよ。お姫様にかわいい女の子と王子様みたいにかっこいい女の子。ミドリのことが大好きで、ミドリもふたりを、いつもかわいがっていたよ」


 嘘をつけば、きっと今のミドリの目を欺けるし、ぼくの溜飲を下げることもできるだろう。


 その結果、一生、今夜のことを後悔するはめになる。


 そんなのは死んでもいやだったし、何より大好きな兄に忘れ去られてしまったことを悲しむ少女たちの顔が浮かんできて、罪悪感に胸が潰れそうだったのだ。


 近いうちにミドリは、もといた場所へ帰っていく。


 すべてを思い出したとき、ぼくを恨み、この場所を二度と訪れないだろう。


「おれ、そんな大事なことを忘れていたんだ……」とミドリは口をすぼめて首を何度も縦に振った。「優馬は、おれを作ったから、おれがどんなやつか詳しいの?」


「詳しくはないかな。確かにきみを作ったのはぼくだよ。だけど、きみにはモデルがいる」


「モデル?」とオウム返しをしてミドリは目をしばたいた。


「うん。きみを作るきっかけになった人だ。その人がなんでもミドリのことを知ってる。おれは、その人と過ごしてきて、いろいろと教わってきた。だから、ほんの少しだけど、きみがどんな存在なのかを知っているんだ」


「へえ、そうなんだ。ねえ、おれのモデルになった人にいつか会えるかな?」


 その質問に、ぼくは鼻の奥がツンとした。目頭が熱くなるのを感じながら「難しいと思う」と答えた。「普通の人は入れないところにいるし、ぼくは、その人に会えないんだ。家族じゃないから」


「そっか、残念だな……」


 落ち込んだ声を出してミドリは、しょげた。


 しかし、すぐに元気を取り戻して旅行用雑誌を指差しながら、デートの予定について話したのだ。


「明日は秋葉原に行く間、おれはカバンやリュックの中にいるけど、その後は顔を出したりしてもいいの?」


「もちろんだ。その代わり、前回のようなことがあると大変だから気安く動いたり、しゃべったりするのはなしだ。必ず人がいないところだけにしてくれよ」


「うん、わかった!」


「ありがとう。じゃないと研究者やマスコミが、ミドリのことを『世界最小の人間』だとか、『世界初電池がなくてもしゃべる人形』なんて注目して、ぼくたち離れ離れになり兼ねないからな」


「だよね! おれみたいに人間そっくりにしゃべるけど食事も、トイレも必要ない人形がいたら、みんな黙ってないよね。そんなことになったら優馬に迷惑を掛けちゃうし、離れ離れになるのは、いやだな……」


 ――離れ離れ。その言葉を聞いて、おれと()の今の状況は、どうなのだろう? と考える。


 倦怠期、冷却期間、自然消滅――いやな言葉ばかりが浮かんできて、胸がズキズキ痛んだ。


 胸の痛みをごまかすようにクリームシチューのとろみがついて、野菜の甘さが感じられる、まろやかなスープを一気に飲み干した。


 ぼくはシチューを食べ終わるとキッチンで皿とお盆を手早く洗った。手をタオルで拭いてからミドリを勉強机に連れていく。ドールハウスの内装は、まだ完成していない。ミドリが住んでいるから実質終わりにしてもいいんだろうけど、それじゃぼくの気が済まないのだ。バスルームの備えつけシャワーに洗面所にトイレ、キッチン・ダイニングの水回りに料理とオーブン暖炉を作り込みたい。


 SNSに載せたら、お世辞か本音かわからないけど、「ほしいです」というフォロワーさんの声もあがっている(小遣い稼ぎとして作った作品は半数は売りに出している)。


 ミドリ専用の部屋も同時並行で作る予定だ。今、彼が仮に住んでいる二階建てのリッチな感じでなく、ワンルームマンション風のドールハウス。ベッドとクローゼットにタンス机なんかがあるシンプルな作りで、ちゃんとミドリの好みの布団の柄や壁紙のものにしたい。


 彼専用の部屋が作り終わったら今制作中のドールハウスを完成させ、中を丁寧に掃除してから差し上げる。


 こんなことを副業でやっていると知られたら両親からまた不興を買うけど、これがぼくの生きがいであり、ライフワークだ。生きる理由といっても過言ではない。


 たとえAIや最新のデジタル技術によって排斥され、「手作りのミニチュア作家なんて時代遅れ」「人間がものを作る時代は終わった」と人から言われても、ぼくの目から光がなくなるその瞬間まで、この小さな世界を作り続けるつもりだ。

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