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これから魔王戦なのに勇者が聖剣忘れてきたんですが?


「ごめん、宿屋に聖剣忘れてきちゃった!」



 魔王城前、勇者は素朴な鉄剣を手にしながら申し訳なさそうに笑った。

 笑ってんじゃねぇよ。

 道中ずっと腰にぶら下げてた鉄剣、それを聖剣だと思ってたんか。

 鉄剣と聖剣じゃ重みが違うだろ。重みが。

 まぁ私、魔法使いだから詳しくないけどさ。



「バカお前これから魔王だぞ!? ラスボスだぞ!? どこの街の武器屋でも買えるやっっっすい鉄剣なんて持ってどーすんだよ!?」



 これまでどんな敵相手にも青ざめたりしなかった戦士くんが、顔を真っ青にしながら勇者の両肩を掴んでいる。

 強靭な彼に初めてこんな表情をさせたのが味方である勇者とは、魔王もさぞ悔しいだろうな。

 やっっっすい鉄剣──一振り800Gほど。売却すると100Gのめちゃくちゃありふれた剣。

 あのどこにでもある普通の剣を見ていると、旅立ちの日に王様から戴いた剣を初日で野生のクマ相手に折ってしまい、こっそり鉄剣を買ったことを思い出す。懐かしいな。



「でも俺達もうレベル80だぜ? 聖剣なんか無くたって物理でゴリ押しできるだろ!」



 はい、バカ~。

 この勇者、聖剣を護っていた精霊に『魔王の特殊な防護結界を砕けるのは聖剣しかない』って言われたこと忘れてる~。

 聖剣どころか攻略法すら忘れてるって救いようがない。

 僧侶ちゃんがまだ魔王とエンカウントすらしていないのに両手を組み、女神様に助けを求めてる始末。

 ワンチャン神様パワーで宿屋から聖剣が飛んできてくれないかな。

 ……あ、僧侶ちゃんに光が差した。これは神託来たっぽいな……いけるか!?



「ひぐぅぅぅ~~っ!!! 神よぉっ!! わたし達に死ねと言うのですかぁ~!!?」



 うーん、むりっぽい。

 ハムスターみたいに可愛かった僧侶ちゃんが聞いたこともないくらい声を張り、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら天を仰いでいる。



「よ、よし、一旦帰ろう! いや、突入前に気付けてよかった。聖剣を取りに戻ってから、魔王を倒そう!」

「ぐすっ、ひぐっ……さっきの神託で女神様の力を感じ取った魔王軍が接近していますぅ……」

「Oh My God……」



 女神なんだからそこは『Goddess』だろ。

 いよいよ戦士くんの精神が持たないか。

 城から続々と現れる魔王の軍勢、その数──いや数えたくもない。

 そして、有象無象の中で一際巨大な黒い影。魔王だ。



「勇者パーティーとお見受けする。余はこの城の主にして、魔族の総軍隊長──魔王である」



 聖剣ないのに魔王とエンカウントしちゃったんですけど、勇者さんはどう落とし前つけてくれるんでしょうかね。

 魔王城前の不毛の大地──魔族の軍勢とたった四人の勇者パーティーが一触即発の状態。

 と言えば聞こえはいいけど、勇者は鉄剣、戦士は白目を剥いて意気消沈、僧侶は自家製の聖水を漏らしている。

 はぁ~……まともなのは私だけです、かっ。



「仕方ない……あれをやるしかないわね」

「あれ? ま、魔法使い、何か策があるのか!」



 我に返った戦士くんがぱぁっと表情を変えて期待の眼差しを向けてくる。



「まぁ任せておきなさい。必ずみんなで帰るわよ」



 さあ、魔王。受けるがいい。我が必殺技を──!



「お初にお目にかかります魔王様。私は勇者パーティーの魔法使いでございます」

「「「…………ん?」」」

「まずはアポなし訪問の無礼をお詫び申し上げます。そして重ね重ねで大変申し訳ないのですが、勇者が聖剣を忘れてきてしまいまして……決戦はまた後日、日を改めてお願いしたいのです」



 私はどんな相手も許してしまう魔法。

 その名も『土下座』を発動した。

 指先を八の字に揃え、許しを乞う。勇者パーティーの一員が魔王に頭を下げるなど、国民が知ったらどう思うだろうか。

 それとも、民の落胆する表情を見ることなく、ここで私の首が飛ぶか……。



「……あ~! そうでしたか! いえ、こちらこそ申し訳ない! 私どもも勇者パーティーが門の前に居ると聞いて慌てて出てきたのでなんの用意もしておらず……! どうか面を上げてください。ここはお互い不備があったということで、また後日にしましょう!」



 信じられないかもしれないが、私は魔王に、ぺこぺこと頭を下げられた。

 うそでしょ……この魔王、社交的だ!?



「か、寛大なお心に感謝致します!! ではまた後日ご連絡差し上げます!!」

「えぇ! お待ちしています!」

「それでは! 失礼します!」



 こうして私達は魔王から逃げ出した。

 回り込まれたりもしなかった。

 


  ◇◇◇



 後日、国王に事のあらましを伝えると「魔王にこの手紙を渡してほしい」と依頼してきた。

 正直なところあの社交的な魔王は私達の幻覚だったんじゃないかと不安だったが、魔王城の門扉を叩くと普通に門が開かれ、ゴブリンが深々と頭を下げてきた。



「勇者御一行様、遠路はるばるようこそお越しくださいました。僭越ながら聖剣を持っていないところを推し量るに、ラストバトルの申し出ではなさそうですが……何か魔王様にご要件でしょうか?」

「あ、ご丁寧にどうも……我が国の王より手紙を預かったので魔王様にお渡ししたいのですが」

「あぁ、それでしたら謁見の間にご案内します。どうぞこちらへ」



 ゴブリンに案内され、本来ラストバトルをする決戦の舞台となるはずだった謁見の間で私達は武器を納めたまま魔王と向かい合った。



「いやお待たせしました。どうぞ楽にしてください! それにしてもここまで来るのも大変だったでしょう、この辺りの土地はマナが澱んでいて野生の魔物が凶暴化していますからね」

「あ、野生なんですね」

「えぇ、あなた方が討伐してきた魔物は全て野生です。案内役のハルノッソ……えっと、執事のゴブリンなのですが、彼と野生のゴブリンは似ても似つかなかったでしょう?」



 正直顔から判断は付かないけど……あの礼儀正しいゴブリン、執事だったんだ。

 いや、と言うか。



「この旅で襲ってきた魔族……と言うか魔物? を、何人か倒してしまったことをお詫びしたいと思っていたんですが……」

「あ、大丈夫です。私達に損失はございませんので!」



 必死になって戦ってたのに、魔王軍の戦力全く削ってなかったとは……戦わなくて正解だったかもしれない。



「魔王様、我が国の王から手紙を預かっているのです。読んでいただけますか?」

「えぇ、もちろんです」



 私は懐から取り出した一通の手紙を魔王に渡す。

 手紙を開いた魔王は「おぉ、魔族語で書かれているとは」と四つの目を丸くしていた。

 しばらく手紙を読み、謁見の間はシンと静まり返る。

 不安そうな僧侶ちゃんは戦士くんの後ろに隠れて様子を窺っている。

 きっと大丈夫だ。私は彼女を落ち着かせるように頭を撫でた。



「……なるほど」



 手紙を読み終えた魔王が顔を上げ、私達を一瞥する。



「これまでの勇者は唯一魔王を殺せる聖剣を持って乗り込んできました。ですがあなた方はそれを持ってこなかった。もしかしたら……と思っていたのですが、フフ……本当にそうなるとは」



 国王が綴った魔族語の手紙。

 その内容は、和平のための会談の誘いだ。



「魔族も人間も世代を変え、同じようにこの戦争に疑問を抱いている。皆、何千年と続く戦争に疲れたのでしょう」

「……魔王様、ひとつ付け加えたいことが」

「はい、聞きましょう」

「聖剣を置いてきたのは、ただ勇者が忘れてきたからでした。僧侶が女神様に聖剣を届けてもらうようお願いをしたのですが、女神様はそれをしませんでした。きっと、聖剣が必要ないことを分かっていたのかもしれません」

「そうでしたか……それを聞けてよかった」



 魔王は指を立てると紫色の炎を灯す。

 炎の中から手紙が現れると、それを勇者に手渡した。



「聖剣を持たず、たった四人で平和のため魔王軍に挑もうとしたあなた達の勇気に敬意を表し、我々も剣を捨て、言葉を交わしましょう」



  ◇◇◇



 こうして国王と魔王の会談が叶い、打ち解け、人間と魔族の和平が結ばれた。

 何千年と続いた魔族との戦争は、国王と魔王の固い握手とともに終止符が打たれたのだ。

 そして歴代唯一、聖剣を持たず魔王と和解した四人の勇者は、未来永劫語り継がれていくだろう。

 私の土下座の勝利だ。やったぜ。


 ……でも、なぁ~んか忘れてるような?

 うーん、全然思い出せない。

 まぁ思い出せないくらいどうでもいいことなんだな。

 今日は大宴会なんだし、しこたま飲んでやるぞーっ!



  ◇◇◇



 ──とある街のとある宿屋にて。

 宿屋の店主は困った顔で、部屋に置きっぱなしになっていた()()()()を手に取った。

 大層高価に見えるその剣を忘れていったとは思えないが、客の忘れ物であることは確かなので取りに来るまで店の奥に仕舞っておこうと思ったのだ。

 しかしその瞬間、眩い光が心優しい店主を包み、壮大なファンファーレが響く。

 そうして純白の剣は少女の姿に変身し、透き通る湖のような明るい碧色の瞳で店主を見つめた。



「──マスター、指示を」

「えっ?! え、えっとぉ……君、お名前は……?」

「聖剣ルクシア……戦争が終わったので用済みになりました。ここで雇ってください」

「……接客できる?」

「自分、やれます」

「よし採用」

 


 猫の手も借りたいほど人手不足だった宿屋に希望の光が灯る。

 勇者が忘れていった聖剣とそれを拾った店主が、共に宿屋を発展させ、世界一のホテルを作り上げていくことになるのは──また別のお話。



◇聖剣ちゃん、強く生きて──!


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