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俺は七夕に雨を願う

作者: ru

七夕のお話です


 あー、だりぃな


 学校が終わってから塾までの時間、俺はいつもこのショッピングモールで時間をつぶしている。

 だいたいはマックでポテトとコーラを頼んで、参考書を読んでいる。

 来年受験で、塾でも学校でも期待されている。期待に応えるのは、真面目にやっていれば難しいことじゃない。だるいけど、他にやることもないし。


 今日は少し混んでいて、いつもの窓際の席には女子高生が座っていた。仕方ない、隣の席に座る。

 制服からして、隣の駅の女子校だ。そういえば貴史がつきあってたのってあの学校の子だっけ。


 参考書を開くが隣が気になる。真っ直ぐな黒髪がかかって顔はよく見えない。覗き込むわけにもいかない。平安時代は髪で好きになったりしたらしいよな。

 顔、上げないかな。


 彼女は一心不乱に何かを編んでいた。刺繍糸をペンケースにひっかけて、指で紐みたいなのを編んでいる。貴史が自慢げに足に結えていたのと似ている。


 この子も、誰かにあげるのだろうか。彼氏とかに。




 ふと時計を見るとそろそろ塾に向かう時間だった。マックを出ると、吹き抜けの広場に、でかい笹がある。壁に沿って長机が出ていて、短冊を書けるようになっていた。


 もうすぐ七夕かー。


 そういえば、織姫と彦星って、なんで年一にしか会えないんだっけ。ポスターに、簡単に七夕伝説のあらすじが書いてあった。へえ、楽しくて仕事さぼるようになっちゃったんだ。誰かと付き合うって、そんなにいいもんなのかな。


 出来心で短冊をとった。そういえば貴史はショッピングモールのクリスマスで彼女と知り合ったとか言っていたし。


 『彼女ができますように』


 名前はもちろん書かない。知り合いが見てもわからないように、筆跡も変えた。

 その短冊を、『ここに入れてね⭐︎』と、書いてある箱に裏返しで入れる。


 ……俺は、高二にもなって何をしてるんだろう。





 外に出ると、むわっとした暑さが襲ってくる。

 今年の夏も、もう暑い。あと、雨があまり降らないな。降っても蒸し暑くなるだけだけど。


 ん?


 目の前に、紐が落ちているのに気づいた。水色と白の。途中から解けている。……いや、これは編み途中だな。

 駅に向かう横断歩道の手前に、さっきの制服が見えた。咄嗟に拾って追いかける。


「あ、」


 大声で声をかける勇気なんてない。走って追いかけて、横断歩道の途中で追い抜いて、そのままわたり切った。

 そして、勇気を振り絞って振り向く。


 ちょうど前に来た彼女は、俺より10センチくらい背が低い。顔を伏せていたが、綺麗な黒髪は間違えようがない。


「あの、これ、落ちてて」

「え?」

「あ、さっき、編んでんの、見てて……あ、マックで。偶然、となり、すわってて」


 しどろもどろの俺は自分でも相当キモいと思ったが、彼女は顔を上げて、ふんわりと微笑んだ。


「ありがとう」

「あ、いえ、ども」


 綺麗なのは、髪だけではなかった。

 そして、その日俺は、初めて塾をサボった。





 返ってきた小テストはいつもの半分程の点数だった。授業なんて全く頭に入らないのだ。大変良くない。

 だが、仕方なくないか? 中高一貫の男子高、ほとんど女子と喋ったことがない俺に、突然美少女の彼女が出来たんだから。


 LINEの通知が光った。「あとでね」それだけだったが、顔がにやけてしまう。あとで、あのマックで待ち合わせをしている。

 いつもどおり喋って終わりっていうだけでは、すぐに飽きられてしまうかも。何かないかなとスマホで検索していたら、イベント情報に七夕祭りが出ていた。


 へえ、花火とかあるんだ。

 浴衣、似合いそうだな。





 待ち合わせのマックで、彼女……雫はぼんやりと紐を編んでいた。でも俺と話してるとまったく進まない。完成は遠いようだ。


「七夕、花火、行かない?」


 雫は俺の提案に、手元の紐を見て、少し迷うようなそぶりを見せた。あれ? 花火とかデートの鉄板ではないのだろうか?


「あ、いや、行かなくてもいいけど」


 俯いてしまった雫にあわててフォローする。


「……ちがうの、花火に行きたくないんじゃなくて」


 少し震える声は何かに怯えているように聞こえた。


「晴れると、会いに来るかもしれなくて」

「誰が?」

「……」


 雫はとてもいいにくそうに、「父が決めた婚約者」と、言った。





 初めて出来た彼女に、「父が決めた婚約者」がいた時の、男子高校生の心情を想像してほしい。

 真っ白、である。


「……へえ」


 としか俺には言えなかった。


「奏くん、ごめんね……なかなか言えなくて。言ったらお別れしなきゃって、思うと」

「いや、別に……」

「七夕の日に晴れてたら会う事になってて。それ以外は会う事もないから、奏くんが良ければ……もう少し、お付き合い、してほしいんだけど」


 おずおずという雫はとても可愛くて、別れようなんて絶対言いたくなかった。それに、付き合ってまだ一週間も経っていない。結婚がどうのなんて考えてもいなかった。


「大丈夫だよ。俺は雫が嫌でなければ」


 雫はパッと明るい顔になった。




 晴れたら会う、ということは、雨なら良いということだろう。

 雨乞いのやり方を調べてみたが、簡単に出来そうなのは逆さてるてる坊主くらいだった。

 てるてる坊主を逆さに吊るすやつだ。


 七夕は明後日。

 俺はドラゴンの絵の書いてある裁縫箱を引っ張り出して、白いハンカチで、ちくちくとてるてる坊主を二つ作った。頭が下になるように紐をつけ、バランスを整える。


 二つ並べて写真を撮って、雫にLINEした。『逆てる、どうよ』

 すぐに大きなハートのスタンプが返ってきた。『嬉しい! これで逃げられるかも』


『何からだよ』

『そしたらずっと一緒♡』


 雨が降ったら、婚約者と会わなくていいんだっけ。

 俺はニヤニヤとしてしまう顔をガシガシと擦った。





 次の日、雫に逆さてるてる坊主を一つ渡した。雫は嬉しそうに鞄に下げる。七夕の前日に逆さてるてる坊主は何だか可笑しい。

 しかも、男子高校生が作った不格好なマスコットだ。雫の鞄に下がっているのを見て、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。


「お揃いのキーホルダーとか買おう」

「これがいいわ」


 雫は逆さてるてる坊主を大事そうにつついた。


 ……そんな顔されると、どんなにダサくても、俺もつけるしかない。





 その効果か、七夕は雨だった。


 また学校帰りにマックで会う。雫は機嫌良く、コロコロ笑って可愛かった。

 編みかけの紐を見せて、「ホントは締切、今日だったの。雨だったから提出伸びたの」と、こっそり教えてくれた。

 今はまだピンとこないけど、どうにかしたら、その婚約者とやらから、奪えたりできるだろうか。


 マックを出ると、でかい笹が目に入った。カラフルな短冊がこれでもかというほど下がっていて重そうだ。どこかに俺のもあるのだろうか。


「俺、これに彼女ほしいって書いたら叶ったんだよね。雫も何か書いたら?」

「そうね……私の分は奏くんにあげるわ。もう一回、好きな事、書いていいわよ」

「えー、じゃあ何書こうかな」


 長机の短冊を一枚とって考えていると、隣で、『おひめさま』と書かれた可愛い短冊を持った子が、母親に話しているのが聞こえた。


「おりひめとひこぼしは、きょう、あえるんだよ」


 小さい女の子が得意げに母親に説明している。


「ほいくえんで、せんせいがいってた」

「今日は残念だけど雨だから、会えないわね」

「えー、かわいそう」

「天の川が見えないとだめなんだよ」


 その会話を聞いて、俺は多分、彦星にマウントをとりたくなったんだと思う。

 残念だったな、俺は雨でも晴れでも、いつでも、雫に会えるんだ。


「奏くん?」

「かわいそうじゃん、彦星も織姫も」


 俺は雫にそう言って、長机にあった短冊にこう書いてやった。


「天の川が見えますように」


 ここに入れてね、という箱も見当たらなかったので、笹の端っこに結びつけた。


「今更晴れても遅いだろうけど」


 何だか心配そうな雫に、「雨だけどさ、少し歩いてから帰ろうよ」と、言って、手を引いてモールの外へ出る。





 そこには、……満点の、星空が広がっていた。


「え?」


 さっきまで雨が降っていたのだ。不自然なほど雲のモヤすらない星空。

 天の川が、ハッキリと、見えた。


「すげえ」


 何かの魔法かと思うほど美しい景色に感動する。あの短冊、すげえなぁ。


 もう花火は中止だけど、やっぱ、デートなら雨より晴れの方がいいな。

 しかし雫を見ると、青ざめて震えている。


「雫?」

「……ああ、今年は逃げられなかった」


「え?」


 ──織姫、織姫、織姫、織姫……──


 その声は突然聞こえてきた。


 しかし、どこから? 俺には、空から聞こえてきたように思えた。


 ──天の川が見えることを、君が願ってくれた。ならば何が邪魔しようとも、絶対に絶対に絶対に、君に会いに行くのだ──


 天の川が落ちてくる……ように思えた。足元がなくなって、宇宙の真ん中に放り出されたように、俺たちは夜空の中にいた。

 天の川を挟んで向こうに、立派な牛を連れた男。昔話に出てくるような……昔っぽい格好の。


 俺の事は見えていないようで、真っ直ぐにただただ、嬉しそうに雫を見ていた。

 瞬きもせず、他の物は何も目に入らないような高揚した眼差しは、愛情というには少し怖いような気がする。


「雫?」

「……ああ、あの人のもとに行かなくては」


 雫は震える声でそう呟く。


 制服がひらひらと膨らみ、色が変わる。雫はあっという間に、天女のような姿になった。


「真面目なあの人を変えてしまったのは私。今は私のためだけに生きているあの人を、……見捨てることはできない」


 ふわり、と、雫は浮き上がり、男の元へ行こうとする。


「待って」


 手を引くと、雫は振り向いた。


「私は、幸せになってはいけないの」


 もっと悲痛な顔をしていると思ったら、何の表情もない顔だった。


「織姫、織姫」


 突然近くで男の声がした。いつのまにか、牛を連れた男がすぐそばに来ていた。


「見てくれ、この牛。これで天帝様は許してくださるだろうか。お前の事だけを考えてこれだけの物を作ったのだ」


 男はそう言って、得意げに牛の背を叩いてみせた。


「織姫は? 今年はどのような物を、私の為に?」

「……」

「今年は少し、趣向が違うのだね。でも、素晴らしい、暖かいものだね」


 男の手にはいつのまにか、てるてる坊主があった。下げていないから逆さなのには気づいていないようだ。


「それは……」


 雫は迷っているようだった。何とか誤魔化したいような、それは渡したくないような。


 俺は鞄から、自分の逆てるを取って、雫の手にこっそり滑り込ませた。雫の手がびくっと震えて、それから大事そうに、逆てるを握り込む。


「……ええ、気持ちがこもってて、素敵でしょう」


 雫は……織姫は俺の手を離すと、牛に乗せられて天の川を渡っていった。


 煌めく星の川を遠ざかる二人を見ていたら、ぐらりと地震が起きたように揺れた気がして、俺は思わず目を閉じた。




 ++




 あー、やべぇな


 塾までの時間、マックでポテトを食いながら参考書を読んでたら、親からLINEが来た。今日塾行かなかったら小遣いを止めるという内容だった。


 昨日はめちゃくちゃ怒られた。一週間、俺は無断で塾を欠席していた。

 何でサボってたんだろう。よく思い出せない。学校の勉強もヤバい。もうすぐ期末なのに、授業もろくに聞いていなかった。


 ん?


 隣の席に忘れ物がある。ゴミかな?


 水色と白の糸の、紐みたいなやつ。途中から解けている。いや、編み途中だな、これ。

 貴史が自慢げに足につけてるやつに似ている。


 何となくほっとけなくて、拾い上げた。


 後で調べて、編んでみるか。





 来年の七夕、雨が降れば、持ち主に返せる気がする。




七夕の日に思いついて、その日には間に合いませんでした。今年は晴れててよかったですね。

七夕が雨だと一年延びるわけですから、それはもう、ヤンデレになると思うんですよ。


是非評価を入れていただけると嬉しいです。

ほかにも色々書いております。よろしくお願いいたします。


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