砂の計るもの
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんの家では、砂時計を使っているだろうか?
砂時計も歴史あるアナログ時計のひとつだろう。日本には16世紀ごろに伝わってきたとされる南蛮もので、もともとあったヨーロッパだと航海の際の時間をはかるのに役立ったらしい。
時計に求められるのは、容赦ない仕事の果たしぶり。あらゆる仕事に求められることだけど、その中でも時計は、時間というあらゆる計画の前提になる大事な要素の測定を任されている。
こいつが狂うと、ほかの仕事へ与える影響は多大であり、見た目にはたいしたことをしてなさそうなシンプルな動きなのに、責任の重さは複雑な作業を上回ることもしばしばだ。
もし、そいつが仕事を終えてゆっくり休んでいるのを見かけたら、そのままそっとしておいたほうがいいかもしれない。
重い仕事には重い疲れがつきまとう。疲れがたまれば魔がさし、普段ならやらないようなことも、ふとやってしまうかもしれないからだ。たとえ生き物でなかったとしても。
私が以前、砂時計にかんして出会った奇妙な話、聞いてみないか?
あれは親に自分の部屋の掃除を命じられたときだったな。
亡くなった祖父の部屋を私の部屋として使わせてもらうことになったのだが、私は掃除が大嫌い人間。整った部屋は数日でたちまち、ゴミ屋敷の様相を呈してきた。
それじゃあ祖父にも申し訳がたたないし、何より自分で自分の身の回りの世話ができたほうがいい、というお達しがあって、私は私の手で部屋の掃除をすることになった。
祖父の私物に関してはおおよそ整理がすでにされたものの、家族が兼用で使っていたものは部屋の押入れの中にしまわれたままでいる。その空きスペースへ、私は直近で使わないだろうものをポンポン放り込んでいったんだ。
そのときに、ころころと押入れの床を転がってくるものがあった。
砂時計だったよ。
底の丸いフラスコの口をひっくり返して合体させたような格好をしていて、枠や支柱のたぐいを持たないあっさりとしたデザインだ。
中身の砂はオレンジ色。厳格で無味乾燥をよしとしがちなイメージのあった祖父にしては、ちょっと軽めな印象を受けるカラーだと思ったよ。
サイズはこれまで私が見てきたものの中でも大柄。先にフラスコをたとえに使ったが、それぞれの底面部分も私の握りこぶしを少し上回るくらいはあった。中に蓄えられた砂の量も、片方の底をカバーしてなお、いくらか「かさ」にゆとりを残しているほどだ。
個人的な偏見ながら、祖父が自ら買うとは考え難く、誰かからのもらいものかもしれないと思った私。つい、転がったそれを手に取って、もとの場所はどこかと探そうとしたんだ。
しかし、箱に入っていないむき身のそれが、どこにしまってあったものなのか。せまい押入れの中では結論を出せず、やむなくそばにあった段ボール箱のてっぺんへ、ぽんと寝かせることにしたんだ。
祖父が持っていた、ほかの小物たちもその中に入っている。ひとまずは安パイだろう、と我ながら思っていたのだけど。
数日後。
ふと夜に目覚めた私は、布団へ横になったまま、左手の押入れへ顔を向ける。
戸の内側から音が聞こえてくる。耳をすませないと気づけないほど小さな音だが、断続的に響いてきて、一度気にしだしたら止まらなくなる類のものだった。
虫、という想像が真っ先に来る。人ときれいにすみ分けていればいいものを、存在を察せられるから、ついつい始末したくなってしまうんだ。
私は部屋の隅に置いてある、殺虫剤の缶を手に取る。閉所ではこちらのほうが暴力的な成果をあげるだろう。打撃は取り逃がす率が高く、私自身もじかの接触は避けたいクチゆえ飛び道具は役に立つ。
思い立ったら……とばかりに、そそそっと押入れへ近づいた私は、戸をスパンと勢いよく開け放った。ステルス重視で、このようなときは静かに開ける派の人もいるかもだが、私はぱっと視界を良好にして正体をすぐに見極めたいタイプ。
ここであわくって動く影があれば、抜け目なくとらえて対策を講じてやる。その自信が私にはあった。
が、動かない。
予想に反して、押入れの中には生き物らしき姿がなかったんだ。数日前に、私が片付けたとおりのままで、彼らはそこにおさまっていた。
ただし、変化そのものがなにもなかったわけじゃない。私が私物をまとめた複数の段ボールたちのうち、一番手前に置いたものの様子がおかしかったんだ。
やけにしわが浮かんでいる。それは無理やり上から何かに押さえつけられているかのようで、私の見ている前でどんどんと「かさり、かさり」と音を立てながら、背が縮みつぶれていく。かといって、実際に何かが乗っかっているわけでもないのだ。
ひとりでに壊れていく。そのうえ、さらによくよく見ると、段ボールの表面に書かれた文字やイラストたちが、どんどんとかすれて見えなくなっていくんだ。それらを書いた部分がじかにはがれていったわけでもないのに。
まるで、どんどん歳をとっていくかのよう……。
そう考えて、はっとした私はわきに置いてある、別の段ボールを引き出す。
祖父が持っていたものが入っていた、あの箱だ。あのオレンジ色の砂時計を入れたやつ。
私がふたを開けると、それらの小物たちのてっぺんで、くだんの砂時計が立っていたんだ。
確かに寝かせたはずなのに、仲良いダブルフラスコは屹立して、己の中にたたえたオレンジ色の砂を上から下へどんどん落としていく。
――もし、私の想像通りなら。
むず、と私は砂時計をわしづかみ。押入れの中から引き出すや、半分以上は底に砂がたまっていた時計をひっくり返したんだ。
逆流をはじめてからも耳を済ませたところ、音そのものはしている。ただし、これまでとはおそらくあべこべだ。
私の前で、先ほどまでひとりでにつぶれていった箱が、今度は自力で立ち直っていく。
背を伸ばし、しわをかき消し、それにつれて薄れかけていた表記がどんどんと鮮明さを取り戻していったんだ。やがて砂時計がすっかり落ちきったときには、私が掃除を終えたときと変わらない格好になっていたんだよ。
砂時計は私の手で、ぴっちりはまる箱を見繕い、家族にも黙っている秘密の場所へ保管している。寝かせたまんまでね。下手に処分したら、なにが起こるかわからないし。
あの目を疑うような効果も、一度見ただけだが二度目以降を試そうとは思えない。でも、あの砂時計がまた何かの拍子で立つことがあれば、今度はなにが、あるいは誰が被害に遭ってしまうのだろうかと、ずっと心配だ。