断罪ループの果てで、病的なほど愛が重い隣国の陛下に囚われました~何度も私を救い出す彼が、まさか狂愛ヤンデレだったなんて~
「レティシア・エカルド公爵令嬢!貴様との婚約を破棄する!」
この声を聞くのは、何度目になるだろうか。眩い陽光が降り注ぐ王宮の謁見室。私、レティシアはいつものように、王太子リュシアン殿下から婚約破棄を告げられていた。
「わたくしが、隣国への密通を企てたと?そのような事実はございませんわ!」
形ばかりの反論。どうせ、聞き入れられるはずがない。リュシアン殿下の隣には、いつも同じ、聖女と崇められる伯爵令嬢、セレスティアが憐れむような、しかしどこか得意げな顔で立っている。彼女が、私が密通を企てたという“証拠”を提出したのだ。
「証拠は揃っている!貴様は国外追放、領地は没収とする!」
周囲からは、私を糾弾する貴族たちの声が飛び交う。蔑み、嘲笑、そしてわずかな憐憫。全てが、寸分違わず同じ。私はこの光景を、もう数えきれないほど繰り返している。
初めてこの日を迎えた時、私は絶望し、混乱した。なぜ、こんなことに?懸命に努力し、善良であろうと努めてきたのに。しかし、二度目、三度目と繰り返すうちに、私は悟った。これは、夢か、あるいは悪質なゲームなのだと。
何をやっても、結果は同じ。リュシアン殿下は私を断罪し、私は追放される。そして、次の瞬間には、またあの朝に戻っている。まるで、永遠に続く罰のように。
私は諦めていた。この無限ループから抜け出す術はないのだと。だから、今日もまた、毅然とした態度で、けれど内心では冷めきった感情で、この断罪劇を受け入れていた。
「陛下、どうかお考え直しを!」
私を擁護してくれる者は、誰もいない。いつも通り、私は引きずられるように謁見室を後にする。見慣れた庭園、見慣れた衛兵。そして、王都の門。
「レティシア様……」
いつものように、私の侍女が悲痛な顔で私を見送る。彼女もまた、このループの駒の一つ。私の記憶にある限り、彼女は常に私の侍女であり、この場所で私を見送るのだ。
門をくぐり、私は慣れた足取りで馬車に乗り込んだ。追放先である、寂れた辺境の村へ向かうためだ。もう、抗う気力も、期待する心もない。ただ、次に戻る時に、何が起こるのか、漠かに考えるだけだった。
馬車がガタガタと揺れる。いつもと変わらない道、いつもと変わらない景色。そして、いつもと変わらない、終わり。
しかし、その日は違った。
突然、馬車が急停止する。何事かと顔を上げると、視界の先に、黒い影が見えた。騎士団だ。だが、この国の騎士団ではない。見慣れない紋章。隣国の騎士団だ。
「何事です!?」
御者が慌てた声で叫ぶ。騎士団の一人が、馬車の扉を乱暴に開けた。
「レティシア・エカルド公爵令嬢だな?」
鋭い声。その言葉に、私の心臓が小さく跳ねた。何が起きている?これは、今までになかった展開だ。
「……はい、そうですが」
私は警戒しながら答えた。騎士の背後から、一人の男がゆっくりと現れる。漆黒の髪、深淵を思わせる瞳。そして、底知れぬ威圧感を放つ、その立ち姿。どこかで見たことがあるような……。
「やっと見つけた」
男は、私を見据え、そう呟いた。その声は、耳朶に張り付くような低音でありながら、どこか甘やかで、そして、途方もない熱を帯びていた。
彼は、隣国の国王、ゼノス・ヴァン・グレイヴンだった。
◆
ゼノス国王は、私を睥睨するように見つめていた。その視線は、獲物を見定めた捕食者のようだ。背筋に悪寒が走る。しかし、同時に、胸の奥で何かが震えるのを感じた。これは、今までとは違う。このループに、変化が訪れたのだ。
「貴女を迎えに来た」
ゼノス国王は、そう言って私の手を掴んだ。その手は、冷たく、しかし力強く、まるで私の存在全てを閉じ込めるかのようだった。私は抵抗する間もなく、馬車から引きずり降ろされる。
「待ってください!これは一体……」
混乱する私を無視し、ゼノス国王は私を自らの馬に乗せた。そして、彼の護衛騎士たちに指示を出す。
「邪魔なものは排除しろ」
彼の言葉に、騎士たちが剣を抜き、私の馬車を護衛していた兵士たちに襲いかかる。一瞬で、惨劇が繰り広げられた。鮮血が宙を舞い、悲鳴が響き渡る。私は目を覆いたくなったが、ゼノス国王の腕の中に囚われ、動くこともできなかった。
「心配するな、レティシア。これは、貴女を邪魔する害虫を駆除しているだけだ」
彼の声は、まるで子守唄を歌うかのように穏やかだった。しかし、その瞳には、一切の感情が宿っておらず、ただ、私だけを映している。その異常さに、私の心臓は恐怖で張り裂けそうになった。
馬は、森の中を駆け抜ける。私は彼の腕の中で、ただ震えることしかできない。何が起こっているのか、全く理解できなかった。なぜ、隣国の国王が私を?そして、「やっと見つけた」とは?
どれほど時間が経っただろうか。馬は、深い森の奥にある、巨大な城の前に止まった。漆黒の石で築かれた城は、まるで闇そのもののようにそびえ立ち、その威容は、この国の王城をも凌駕していた。
「ようこそ、我が城へ。ここが、貴女の新しい住処となる」
ゼノス国王は、私を抱きかかえ、城の中へと入っていった。城内は、外観とは裏腹に、豪華絢爛な装飾が施されていた。しかし、その全てが、どこか息苦しいほどに完璧で、私を逃がさない檻のように感じられた。
「レティシア。貴女はもう、誰にも奪わせない」
彼は私を寝室に連れて行くと、ベッドに優しく横たえた。そして、私の髪を撫でながら、そう呟いた。その言葉に、狂気と執着が滲み出ている。
「何を……おっしゃっているのですか?」
「私は、貴女を救うために、幾千年もの時をループし続けてきた。何度、貴女が断罪され、追放されるのを見てきたことか。何度、貴女が絶望するのを見てきたことか」
彼の言葉に、私は息をのんだ。ループ?彼もまた、私と同じようにこの時間を繰り返していたというのか?しかも、私よりもはるかに長い時間を?
「貴女は、私が手を差し伸べられない場所で、いつも苦しんでいた。私はただ、見ていることしかできなかった。しかし、もう違う。今回こそは、貴女を完全に、私のものにする」
彼の指が、私の頬をなぞる。その指先は、まるで私の魂を読み取るかのように、熱を持っていた。
「貴女が望むものは、全て与えよう。望まぬものは、全て排除しよう。貴女の目に映るものは、全て私であり、貴女の耳に届く声は、全て私のものでなければならない」
彼は、私を抱きしめた。その腕の中に、私は完全に閉じ込められる。彼の胸から伝わる鼓動は、私の心臓よりも速く、激しく、そして、病的なほどに熱かった。
「貴女は、私の全てだ。レティシア。貴女なしでは、私は存在できない」
彼の言葉に、私は恐怖と、そして奇妙な安堵を感じた。このループから抜け出せる。しかし、その代償として、きっと私は彼に、全てを捧げなければならないのだ。
◆
ゼノス国王は、私を城に迎え入れてからというもの、私のためにありとあらゆる手を尽くした。それは、まさに過剰なまでの溺愛だった。
「レティシア、今日のドレスはこれがいいだろう?貴女の瞳の色によく似合う」
毎日、彼は私に最高級のドレスを用意し、私の好みに合わせて城の装飾を変えさせた。私が少しでも不快に感じるものがあれば、すぐに取り除かせた。
「あの菓子が食べたい?ならば、腕の良い職人を隣国から呼び寄せよう」
私のささやかな望みさえも、彼は全て叶えた。しかし、それは同時に、私を彼の世界に完全に閉じ込める行為でもあった。
「貴女は、この城から出る必要はない。必要なものは全て、私が用意する」
彼は、私が他の者と交流することを極端に嫌がった。侍女や使用人との会話さえ、監視されているような息苦しさを感じた。外界との接点は、彼のフィルターを通した情報のみ。私は、籠の中の鳥になったのだ。
そして、彼が行ったのは、私を断罪した者たちへの、徹底的な攻撃だった。
「リュシアン王子は、隣国との貿易で多額の損失を出したようだ。私が仕組んだことだがな」
彼は、私を断罪した王太子リュシアン殿下を、経済的に追い詰めた。国の財政は傾き、民衆の不満は爆発寸前だという。
「セレスティア伯爵令嬢は、その美貌で他国の王子を誘惑しようとしたが、私の手でその企みは阻止された。彼女は今、自国の王太子からも見放され、孤立している」
聖女と崇められていたセレスティアは、その裏で権力に媚びを売っていたことが暴かれ、その地位を失った。
「貴女を蔑んだ貴族たちは、私によって領地を失い、その地位を追われた。彼らはもう、貴女を貶めることはできない」
彼は、私を侮辱した貴族たちを、些細な過失を大袈裟にでっち上げ、次々と失脚させた。彼らは皆、私の目の届かない場所で、惨めな末路を辿ったという。
「これで、貴女を傷つける者は、この世界から一人残らずいなくなった」
彼は、そう言って満足そうに私を抱きしめた。彼の愛は、私を守る盾でありながら、私を閉じ込める枷でもあった。
私が唯一許された外界との交流は、彼との散歩だった。しかし、それも彼の領地の奥深くに位置する、彼の私有地でしか許されなかった。そこには、誰一人として、私たちの邪魔をする者はいない。
ある日、私がふと、城の庭に咲く花に目を奪われた。
「この花は、私の故郷にはないわね」
何気なく呟いた私の言葉に、ゼノス国王は静かに微笑んだ。
「そうか。では、この花を植えるために、その国の全ての花を買い占め、ここに持ち込ませよう」
彼の言葉に、私はぞっとした。彼の愛は、全てを私に捧げるという、常軌を逸したものなのだ。
私は、彼が用意した豪華な生活の中で、奇妙な幸福を感じていた。恐怖と、安心。自由のなさ。しかし、二度と、あの断罪の苦しみを味わうことはない。
夜、私は彼の腕の中で眠りにつく。彼の呼吸は、常に私の耳元にあり、その温もりは私を包み込む。
「愛している、レティシア。貴女が、永遠に私のものとなる日まで」
彼は、そう囁いた。私は彼の言葉を聞きながら、目を閉じた。彼の愛は、病的なほどに重く、そして、決して逃れることのできないものだった。
しかし、私は知っていた。このループを終わらせたのは、彼なのだと。そして、私は、彼の狂愛の中で、永遠に生き続けるのだと。
◆
私は、ゼノス国王の城で、季節を幾度も過ごした。彼の愛は、一向に衰えることはなかった。むしろ、日を追うごとに、その執着は深まっていくようだった。
ある日、私は彼の書斎で、古い書物を見つけた。それは、時間に関する研究書だった。
「これを……お読みになっていたのですね」
私が尋ねると、彼は一瞬、顔を曇らせた。
「ああ。貴女を救うために、あらゆる方法を探した」
彼の言葉に、私は彼の苦しみを垣間見た気がした。私を救うためだけに、彼はどれほどの時間を、どれほどの孤独を耐え忍んできたのだろう。
「私は……貴方を、独りにさせません」
自然と、私の口から言葉が漏れた。彼の瞳が、大きく見開かれる。
「……レティシア」
彼は、私を抱きしめた。今まで感じたことのない、震えるような抱擁だった。
「貴女のその言葉が、どれほど私を救うか、貴女には想像もできないだろう」
彼の声は、ひどく震えていた。その瞬間、私は理解した。彼の病的な愛は、私への執着だけでなく、彼自身の深い孤独と、私を救えなかった過去の苦しみから生まれていたのだと。
彼にとって、私は単なる愛しい人ではない。彼は、この無限のループの中で、私だけを希望として生きてきたのだ。
私たちは、城の広大な庭園で、夕暮れの光を浴びながら散歩をした。彼の腕の中にいる私は、もう、彼を恐れてはいなかった。彼の愛は、歪んでいる。しかし、それは確かに、私に向けられた、純粋な愛だった。
「ゼノス様……」
私が彼の名を呼ぶと、彼は私を見下ろした。その瞳は、深淵の闇を湛えながらも、私への深い愛情で満たされていた。
「貴女は、もう二度と、あの悲劇を繰り返すことはない。私が、この手で、貴女を守るから」
私は、彼の言葉に頷いた。この先、どのような未来が待っていようとも、私は彼の隣にいるだろう。彼の狂愛の中で、私は新たな人生を歩むのだ。
「貴女を愛している、レティシア。永遠に」
彼の唇が、私の額に触れた。そのキスは、彼が私に捧げる、病的な愛の誓いだった。私は、彼の腕の中で、静かに微笑んだ。
この世界で、私はゼノス国王という、唯一無二の人に囚われた。彼の愛は、私を閉じ込めるが、同時に、私を何よりも深く愛し、守ってくれる。
断罪のループは終わった。そして、私は、彼の狂愛の中で、永遠の愛を享受するだろう。それは、私の人生の、新たな始まりだった。
愛が重たい系を書きたくて、作らせて頂きました。
少しでも刺さる方がいらっしゃるとうれしいです。