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恵美は歩を進めた。
グラス淑女会が、またしても立ち塞がる。
しかし。
「眼鏡は通れますわ」
彼女たちが、通路を空けた。
恵美は車両の次の扉まで到達する。
そこで眼鏡を外し、宙に投げた。
眼鏡はすさまじいスピードで、男性の顔に戻る。
「デュワッ!」
男性が叫んだ。
「ありがとうございます!」
恵美が手を振り、男性がサムズアップを返す。
次の車両に入ると、ニャオスが顔を出した。
「プハー」
突然、前からビキニの若い女性が走ってくる。
(え!? あれって、さっき幽霊の人が言ってた、ぶつかりかけた人?)
恵美が身構えると、その娘はドンッと盛大に転け、尻もちをついた。
セクシーな両太ももが強調される。
「痛ー!」
チャリンチャリンと音が鳴り、硬貨が6枚落ちた。
恵美が、それを拾う。
どうやら、昔のお金のようだ。
「大丈夫ですか?」
女に声をかけ、立ち上がるのに手を貸す。
「ありがとう」
ビキニ美女が笑った。
「痛かったー。走ってプロポーションを維持してるの」
(何も新幹線の中で走らなくても…)
「あたしはモモコ。良い太ももでしょ?」
「え? は、はい」
確かに艶々だ。
「お金、落としましたよ」
恵美が硬貨を差し出す。
落とし物を拾ってばかりだ。
「あげる」
ビキニ娘が、硬貨を恵美に握らせる。
「お礼よ」
「ええ!? 何もしてません」
「いいから。良い太ももの女は借りを作らないのよ。太ももだけにね」
(全然、かかってない…)
パチッとウインクして、モモコは走り去った。
「次に行くぞ」
ニャオスに促され、次の車両に移る。
するとすぐに、楽器の琵琶を掻き鳴らす美しい女性が眼に入った。
「Everything is My biwa! 私の琵琶を聞いて欲しい!」
熱唱する女の前に、乗員服を着た中年男性が困り顔で立っている。
「あれが車掌だ」とニャオス。
恵美は2人に近寄った。
女性の琵琶が、さらにボリュームアップする。
「Everything is My biwa! ビワビワー!」
「済みません、車掌さん!」
車掌が、首を傾げる。
恵美の声が聞こえないようだ。
「ビワビワビワー!」
「ニャオス、どうにかして!」
ニャオスの3つの眼が光った。
眼を眩まされた女性が、琵琶の演奏を止める。
「あう! 何するのよ! この弁財天ROCKの琵琶を止めるなんて!」
弁財天ROCKが怒った。
「ごめんなさい。わたし、この新幹線を降りたくて」
恵美が説明する。
「お客様。この新幹線は『混沌』まで停まりません」と車掌が告げた。
「知ってます。そこを何とか!」
恵美は、深々と頭を下げた。
「Everything is My biwa!」
また始まった。
「車掌さん!」
「何ですか!? 聞こえません!」
「ニャオス!」
ニャオスの眼が光る。
「あう!」
「車掌さん、お願いします!」
「そう言われましても…」
「ビワビワー!」
「ニャオス!」
ビカッ。
「あう!」
「車掌さん!」
「そうですね…それなら、このお客様と」
車掌が弁財天ROCKを見る。
「いっしょに降りてもらえますか? この方は、誰かに演奏を聴いてもらわないと嫌だとおっしゃられていて。このままでは、他のお客様のご迷惑になりますから」
「え…」
恵美は躊躇した。
ずっと琵琶を弾かれるのも、なかなか大変そうだ。
「ニャオス…どうしよう」
「ふむ」
ニャオスが思案する。
「おい」
「Everything is」
ビカッ。
「あう!」
「聞け! このままだと、お前は強制的に降ろされるぞ。琵琶を弾くのを我慢して、ワタシたちといっしょに来い。演奏を聴く奴らは、おいおい捜してやる」
「ニャオス!」
恵美が驚く。
「そんな、安請け合いしていいの!?」
「しー。何とかも方便だ」
「ええー!?」
「オッケー! 分かったわ!」
弁財天ROCKが、琵琶を背に担いだ。
「車掌、これでいいな?」
「はい」
車掌が頷く。
「途中停車します」
言うと同時に、窓の外の7色の景色が変化した。
荒地と高い山々が見える。
「ええ!? こんな所!?」
恵美は戸惑った。
ここから、どうやって帰るというのか。
「仕方ない。早く帰りたいと言ったのは、恵美だ」とニャオス。
「そうだけど…」
不安しかない。