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「こっちをまた見てる。ボクが見えるのかしら?」
男の言葉に、恵美はハッとした。
隣の席の女を見る。
「彼女には見えてるのね! もしかして、男の人は幽霊なの!?」
「え!? 彼が幽霊!?」
今まで恵美を無視していた娘が、ようやく反応した。
「そうみたいですよ。わたしには今まで見えなかったので。あなたの霊感が強いのかも?」
「なるほどな。そういうことか。恵美、その女に男の幽霊を連れてこさせろ!」
ニャオスが指示する。
「ええ!? どうして?」
「前の車両の死体だ」
「前の車両の死体…?」
「ええい、まどろっこしい! とにかく2人を連れてこい! 幽霊男は、その女の言うことなら聞くだろう!」
わけが分からないが、恵美はニャオスに言われた通り、隣の席の女に頼んだ。
彼女は不可解な要望に戸惑いを見せたものの、男と話すきっかけは欲しかったようで「この人が、私とあなたに前の車両まで来て欲しいそうです」と幽霊に話しかけた。
男は頬を赤らめ、素直について来る。
こうして、恵美とニャオス、幽霊が見える女と幽霊男が、前の車両に移った。
「おい。ボンクラ刑事!」
ニャオスが呼ぶと、刑事はムッとした。
「何だ、猫」
「猫ではない!」
興奮するニャオスの頭を恵美が撫でて、なだめる。
「死体まで案内しろ」
「何をバカな!」
刑事が、目くじらを立てた。
「この事件を解決してやる」
「デタラメを言うな!」
「デタラメではない!」
ニャオスの3つ眼が光を放ち、刑事の眼を眩ませた。
「うわ!」
「早く案内しろ! 間違った捜査で恥をかきたいのか?」
「何!? …嘘だったら、お前を逮捕してやる!」
ぶつくさ言いながら、刑事は4人を車両の先へと導いた。
鑑識員の傍に、若い男が仰向けで倒れている。
「あ!」
死体の顔を見た恵美は、思わず声をあげた。
それは、いっしょに来た幽霊と同じ男だったからだ。
「この人!」
「お前だな」
ニャオスが幽霊を見る。
「はい、ボクです」
幽霊が頷いた。
「え!? どうして!?」
恵美が訊くと、幽霊は説明を始めた。
「走ってきたビキニの女の人とぶつかりそうになって、そこでバランスを崩したんです。それで床で頭を打ちました。気付いたら身体から外に出ていて。あー、ボク、死んじゃったんだなーって、思ったんです」
「まあ」と若い女が、口に手を当てて驚く。
「あの世に行くべきか迷って…とりあえず隣の車両へ移りました。そしたら彼女が、すごくボクを見るから」
幽霊が、娘と見つめ合った。
「あなたこそ、私を見るから!」と若い女が言い返す。
「ええ!? ボクは、あなたが幽霊が見えるんだなーって」
「わ、私はあなたが…私に気があるのかなって…」
娘が、モジモジしだした。
「それは…ボクも、まったく気がないとは言えません…なので、あの車両に長居してしまって…」
「ちょっと待って!」
恵美が割って入る。
「これって!? 今、この男の人はどんな状況なの!?」
幽霊を指した。
「頭を打ったショックで、魂が身体から抜けただけだ」とニャオス。
「だけって!? 戻れるの!?」
「ワタシが力を貸してやる。自分の身体に重なってみろ」
幽霊は素直に、倒れている自分の肉体に重なった。
ニャオスが「ナーオ」と鳴く。
「やっぱり猫だ!」
叫ぶ刑事を、ニャオスがにらむ。
幽霊が肉体に入り、眼を開いた。
「ホントだ! 戻れた!」
男が喜び、起き上がる。
「どうだ? 事件を解決したぞ」
「むぐぐ…」
ニャオスの言葉に、刑事は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
そして、鑑識員を連れ、奥の車両へと去っていった。
元幽霊と幽霊が見える娘は、熱く見つめ合っている。
「お幸せに」
恵美は2人に声をかけ、顔だけを出して胸の谷間に納まったニャオスと共に、先の車両に移動した。
「お待ちなさい!」
眼鏡をかけ、ドレスを着た女が立ち塞がる。
その後ろには、同じく眼鏡女子2人と、眼鏡ロボット1体も居た。
「ここから先は眼鏡以外、通れません。私たち、グラス淑女会の貸し切りなの」
「ええー!?」
恵美は頭を抱えた。
「ニャオス、何とかならない?」
「乱闘騒ぎがお望みか?」
ニャオスが、鼻を鳴らす。
「奥のロボットは、なかなか手強そうだ」
「そうなの?」
暴力沙汰は避けたい。
不思議な新幹線は7色の空間をシュンシュンと音を立て、高速で進んでいく。
どんどん『混沌』に近づいているのだ。
(はぁ…どうすればいいの?)
恵美が、ため息をつく。
「お嬢さん、どうしたの?」
背後から、聞き覚えのある声がした。
振り返ると、財布が落ちたのを教えた眼鏡の男性が立っている。
「先に行けないのかい?」
「はい」
恵美は頷いた。
「君には恩返ししたかったんだ。私の眼鏡を使うといい」
彼が眼鏡を外し、恵美に渡した。
「そ、そんな! いただけません! 見えなくなりますよね?」
「確かに見えないね。でも私と、この眼鏡は一心同体。先に進んでから宙に放してくれれば、私の顔に戻って来るよ。ウルトラ眼鏡なのさ」
「ウルトラ眼鏡?」
恵美は戸惑った。
そんな眼鏡は初耳だ。
「さあ、行って」
裸眼の男性が促す。
「はい」
恵美はウルトラ眼鏡をかけた。
度が合わないのでグニャッとして見えるが、座席の背もたれを持って進めば行けそうだ。
「あ!」
そこで、はたと気づく。
「ニャオスは眼鏡してない!」
「大丈夫だ」
ニャオスが、顔を引っ込めた。
「やぁんっ」
「息苦しい! 早く進め!」