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21歳の大学生、中川恵美は年末に帰省するため、新幹線へと慌てて乗り込んだ。
(ふぅ…ギリギリ、間に合ったね)
座席番を確認し、通路側の席に座る。
今回は実家に長居はしないので、荷物は少なかった。
リュックひとつで、事足りる。
ふと隣の席を見れば、同じ年頃の女性が座っていた。
通路の向こうの席を見て「また眼が合ったわ…あの人…私に気があるのかしら?」と呟いている。
恵美もそちらに視線を向けたが、誰も居なかった。
(変なの)
変といえば、どうも車内がいつもと違う。
あまり見たことのないデザインの内装だ。
(あれ? おかしいな…)
荷物棚の上に、猫が居るのに気付く。
否、良く見れば猫ではない。
その猫っぽい生き物には、眼が3つあった。
(ええー!?)
夢でも見ているのかと、頬をつねる。
普通に痛い。
妙に賢そうな3つの瞳が、こちらを見つめている。
恵美は立ち上がった。
これは明らかに、いつもの新幹線ではない。
乗り間違えたのだ。
とにかく降りようと通路に出かけた、その時。
前を通った、帽子を被り眼鏡をかけた長髪男性のポケットから財布が落ちた。
(あ!)
恵美は、すぐさま「落としましたよ!」と声をかける。
「え?」
男性が振り返った。
「おお、本当だ!」
彼が財布を拾う。
「お嬢さん、ありがとう。困るところでしたよ」
男性が笑顔で礼を言った。
「いえいえ、そんな」
恵美も笑顔を返す。
男性は2つ先の席まで歩き、そこに座った。
(そうだ! わたし、降りないと!)
改めて乗車口に向かおうとすると、そこはすでに閉まっていた。
「え!?」
新幹線が走りだす。
窓の外には、キラキラと輝く7色の空間が見えた。
「何これ!?」
思わず大声をあげるが、隣の女性は先ほどの席を見て「また眼が合った!」とはにかみ、恵美には興味が無いようだ。
「これは不思議な新幹線だ」
男性の渋い声がした。
「え?」
周りを見るが、声の主は居ない。
財布が落ちたのを教えた眼鏡の男性とは、声が違った。
「どこを見てる。上だ、上」
声は頭上からだ。
見上げれば、さっきの猫っぽい生き物が、こちらを見つめている。
「嘘!?」
「嘘ではない。ワタシだ」
3つ眼の猫(?)が喋った。
恵美は呆然としてしまう。
(やっぱり、夢!?)
「何だ、そのマヌケ面は。せっかく教えてやっているのに」
猫(?)が続けた。
「…不思議な新幹線?」
「そうだ。何回、言わせる。これは不思議な新幹線『混沌』行きだ」
「『混沌』行き!?」
恵美は、眼を丸くした。
意味が分からない。
そもそも猫が喋るのが、おかしい。
猫(?)が荷物棚から、ストンッと恵美の席に下りた。
前脚で顔を撫で「ははーん」と頷いた。
「お前、迷い込んだな」
「迷い込む…?」
「ああ。たまに何も知らない奴が偶然、乗り込む。だから、様子がおかしかったのか」
したり顔になる猫(?)を、恵美は両手で抱き上げた。
「猫ちゃん!」
「お、おい!」
猫(?)が慌てた。
「やめろ! それにワタシは猫ちゃんではない! ちゃんとしたニャオスという名があるのだ!」
「ニャオス?」
「そう、ニャオス。お前は?」
「わたし、恵美」
「恵美。望まずして、この新幹線に乗るとは運が悪いな。これは『混沌』までノンストップだぞ」
「ええー!?」
『混沌』がどんな場所か分からないが、とにかく元の駅に帰りたい。
「わたし、降りる!」
「どうやって!?」
「車掌さんに、かけ合ってみる」
「なるほど」
ニャオスがニヤリと笑った。
「ワタシも、ついて行ってやろう」
「え!? いいの!?」
出逢ったばかりとはいえ、この異常事態に仲間はありがたい。
「元々、退屈しのぎに乗った。お前には、何やら面白そうな匂いがする」
「面白い匂い?」
恵美が、鼻をクンクンする。
「そんな匂いしないよ!」
「ワタシにしか分からん。気にするな」
ニャオスは恵美の胸元に飛び込み、バストの谷間から顔だけを出して納まった。
「あンッ、ちょっと!」
恵美が照れる。
「前の車両に行け。時間が経てば経つほど『混沌』に近づくぞ」
「ええ!? そ、そっか」
ニャオスの助言に従い、前の車両に移った。
すると、いきなり「KEEP OUT」の黄色いテープにぶつかる。
「何これ?」
恵美が首を傾げると、奥からコートを着た、口ひげを生やした中年男性が走ってきた。
「ここを通ってはいかん!」
男が大声で告げる。
「どうしてですか!?」
「殺人事件だ!」
男が怒鳴った。
「ええ!? 殺人!?」
「そうだ。この車両で若い男の死体が発見された。私は殺人事件とにらんでいる。現在、調査中だ。戻りたまえ」
「そんなぁ…」
恵美は渋々、元の車両の自分の席まで帰った。
「頓挫か」
ニャオスが表情を曇らせる。
席に座った恵美の隣で、またしても若い女が通路の向こうの席を見つめ「また見てる」と頬を赤く染めた。
恵美がそちらを見ても、やはり誰も居ない。
「変だよね」
「どうした?」とニャオス。
「彼女、ずっとあっちの席を気にしてるの」
小声で、ニャオスに教えた。
「何? もしや…」
ニャオスが3つの眼からサーチライトのような光を発し、若い女が見つめる座席を照らした。
「あ!」
恵美が驚く。
今まで無人と思われた席に、若い男の姿が現れたからだ。