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第9話 どうして、そんなに強いの?




 背もたれのついた柔らかな長椅子に腰掛けるファイが、ぼうっと金色の瞳で見つめる先。主人であるニナが、水槽に入った魚人(ぎょじん)族と呼ばれる女性と契約の話をしている。ファイが持つ魔物の知識として、魚人族は、全身が美しい鱗に覆われた人型の魚と表現されていた。


『――それでは、ミィゼルさんご一家には第13~15層にかけて存在する瀑布(ばくふ)の区域で生活していただく。……以上で大丈夫ですか?』

『ええ! いつから住んでも良いの? お察しだろうけど、実はこっちにも事情があって……。可能な限り早くから住めるとありがたいのだけど』

『ふふっ、かしこまりました! それでは……』


 そんなやり取りの後、魚人族の女性が入った水槽を背に乗せた陸ガメのような魔獣が部屋を出ていく。地面を滑るようにして移動しているため、移動速度自体はそれなりだ。


 やがて、高さ30m(メルド)はあろうかという巨大な扉が閉まると同時に、ニナはほぅっと息を吐いたのだった。


「……ニナ。どうだった?」

「はいっ! 無事に魚人族の方々を迎えることになりましたわ~!」


 嬉しさのあまりぴょんぴょんと飛び跳ねるニナ。やはり、どこか幼く見えるファイの主人だが、ふと、ファイは部屋の片隅に目を向ける。


 そこには、ウルンで竜と呼ばれる巨大な魔物の死骸が置いてあった。


 竜。その身体の形や大きさによってさまざまな呼称があるが、ファイの視線の先に居るのは陸竜と呼ばれる種類だ。体長10m、太く短い4本の足を持ち、背中には巨大な羽がある。長い首と、それと同じくらい長い尻尾。巨体を生かした攻撃と、鋭い牙による噛みつき。そして、口から吐き出す火炎放射を得意とする魔物だった。


 そして、今、部屋の片隅で息絶えている竜は、本日1人目の面接希望者だった男性が連れてきていた愛玩動物だ。ガルン人にとって最高級の食材でもあるファイを見るなり襲い掛かってきたため、ニナが「ていやっ」と、素手で処理を行なったのだった。


 どうやら男性は、竜を使ってこのエナリアの所有権を乗っ取ろうとしていたらしい。しかし、結局は小さな少女の拳1つで無力化された。怒りと恥ずかしさで顔を紫色にした男性が何かを喚き散らしながら部屋を出ていった姿を、ファイは今でもしっかりと覚えている。


(ニナは「よくある冷やかしでしたわ」って残念そうにしてた、けど……)


 竜と言えば、最低でも橙色等級以上の危険度を持つ、強力な魔物だ。同じ橙色等級の実力を持つ探索者が6人集まって戦うことで倒すことができる程度、とされている。


 そんな竜を、ニナは数秒とかからず、しかも単身で、素手で殴り倒したのだ。


「水棲の方は珍しいのです。これで瀑布(ばくふ)にいる魔物たちの増加も抑えられるはずですですわっ!」


 拳を握って喜びをかみしめる少女に秘められた純粋な“力”に、ファイは思わず身震いする。


『わたくし達ガルン人は、魔素を体内に取り込み“進化”することで強くなるのです』


 それは、面接が始まる前、「どうしてガルン人はウルン人を襲うのか」と尋ねたファイに、ニナが教えてくれたことだ。


『そして、睡眠の必要が無いガルン人は、繁殖・食事・進化を三大欲求……どうしても抑えられない衝動として持っているのです』


 ガルンでは、自然界に存在する魔素が極めて少ない。日常生活であれば、食事や呼吸を通して自然界にあるわずかな魔素を取り込むことしかできないらしい。しかし、ウルン人を殺して魔素をため込んでいる供給器官を食べれば、効率よく魔素を取り込むことができる。


 だからガルン人は、ウルン人を狩る。進化をすることで生物としてより強くなって、生き残るために。ガルン人がウルン人を襲う理由を、ニナはそのようにまとめたのだった。


(つまり、ニナみたいに“強い魔物”は――)


 自分の理解が正しいかの確認も兼ねて。


「……ニナ。また私から質問、良い?」

「あっ、はい、なんでしょうか?」


 はしゃいだことで乱れた髪を整えながら、居住まいを正す。そんな少女に、


「ニナは、なんでそんなに強いの?」


 ファイは聞かずにはいられない。


 ガルン人は、必ず、種族ごとに特別な力を持っている。例えば、ファイが戦った巨人族であれば、その巨体を支えるだけの強靭な肉体が。先ほど見た魚人族であれば、水中で動きやすいよう鱗があったり、水中の酸素を取り込める身体の造りになっていたりする。


 しかし、そんなガルン人たちの中で唯一、特殊な力を持つことが無いとされるのが“人族”だ。ニナも人族だと言っていたが、だとすると。


(特殊な力もなく純粋な力を持つニナは、たくさんの魔素を取り込んでいることになる、はず……)


 たくさんのウルン人を殺して、食べて、肉体を強化してきたのではないか。そんな推測を込めて言ったファイの問いかけに対して、ニナが見せたのは、自慢げな顔だった。


「ふふん……っ! ファイさんは、まだわたくしが“奇跡の子”であることを理解していないようですわね!」


 言われてみれば、初対面の時にそのようなことを言っていたと思い出すファイ。


「てっきり、ニナの誇張した表現だと思ってた」

「しょ、正直ですわ!? まぁそういうところもファイさんの魅力なのですがっ!」


 魅力。それは賞賛の言葉ではなかったか。生まれてこの方、ほとんど褒められたことのないファイが、慣れない賞賛の言葉の対応に困って固まってしまう中、咳払いをしたニナが、自身の強さの秘訣を語る。


「わたくしが少しだけ他の方より強い理由。それは……わたくしの身体の中にも魔素供給器官があるから、なのです!」


 自身の右の胸を示しながら、もったいぶることなく言ったニナ。彼女の言葉に、しかし、ファイは首をかしげる。


「……? ニナは、ウルン人だった?」

「いえっ、ガルン生まれ、ガルン育ちのガルン人ですわ。でなければ、ガルンに出た瞬間、エナ中毒で倒れてしまいますもの」

「エナ中毒……。エナリアの下層に近づくと、頭が痛くなるやつ?」


 確認したファイに、ニナは「はいっ」と元気よく答えて見せる。


「ガルン人なのに、魔素供給器官がある。臓器の大きさこそ小さいですが、わたくしは魔素を自分で生成して、自分で消費して“進化”することができる……と、お母さまがおっしゃっておりましたわ」


 つまり、ニナは、今こうして生きているだけで“進化”しているということだ。


「じゃあニナは、ウルン人を食べてないの?」

「必要ありませんもの!」

「……そう」


 ニナがウルン人を殺していない。その事実に、自覚無しにホッと息を吐いたファイ。しかし、同時に。


 ――生きているだけで強くなる。


 何もせず、楽に強くなれるニナの在り方を自覚したファイの中に一瞬だけ、ドロッとした“嫉妬”の感情がよぎった。


(いや……っ)


 ひどく醜く、どこまでも人間らしいその感情を、ファイは無理やりにでも抑え込もうとする。自分はそんな人間ではない。認めたくない。感情のない道具であるはずだと、必死になって自分に言い聞かせる。


 “人間”である自分自身の醜さ、浅ましさ、救いようのなさなど、ファイ自身が誰よりも知っている。そんな、汚く、みじめな存在であることを自覚したく無くて、道具であろうとしているのに。


 “心”がそれを許してくれない。ファイを、道具で居させてくれない。


 そうして自分自身を否定し続けていたファイだったが、不意に、全身から力が抜けた。


「ファイさん……? ファイさん! どうなさったのですか!?」


 急に全身を弛緩させて背もたれに身を預けたファイを、ニナが心配そうに見てくる。


「はっ!? まさか今になってエナ中毒をっ?」


 ニナの問いかけに、ファイは首を振る。なぜ自分が動けないのか、実は、ファイ自身は分かっている。しかし、ソレを決して口にすることは出来ない。ニナに、勘づかせるわけにはいかない。自分が人間であることを自ら主張するようなものだからだ。


 それでも、ファイはやはり人間だった。


「だい、じょうぶ……。いま、座り直す――」


 ファイがニナの支えを借りて起き上がろうとした、瞬間。


 数日間何も入れていなかったファイのお腹が、栄養を求めて小さく「くぅ」と鳴く。


「……まあ」


 一言だけ言って、ニナが微笑んだ気配がある。


 ファイは申し訳ないやら恥ずかしいやらで、うつむくことしかできない。白髪の合間にのぞくファイの耳は、真っ赤に染まっていたのだった。




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