第81話 全員、退避!
安全地帯と呼ばれる階層間の通路で6時間の睡眠をとったアミス達。3㎞も続く長い下り坂を下りると、そこはもう11階層だ。ウルンの時刻は朝の3時。光輪の攻略は4日目を迎えていた。
徐々に通路の幅は広がり、通路の向こう側から漏れる光の量も増していく。
やがてたどり着いたその場所は、だだっ広い荒原だった。ところどころ茶色い土が露出する、下草に覆われた地面。ぽつぽつ距離を置いて大地にそびえる、太くてその高い樹木。遠く見える沼地には木々が生い茂り、小さな雑木林を作り出していた。
やはり地下とは思えない自然豊かな光景だが、見惚れて呆けているわけにはいかない。なぜなら荒野には、我が物顔で地面を闊歩する巨大な生物を見て取ることができるからだ。
恐竜。
たとえ草食であっても、青色等級以上。肉食に至っては総じて黄色等級以上とされる、中級以上の魔物たちだった。
「あ、アミス様ぁ。恐竜の生息階層……。ということは――」
「そうね、フーカ。他の生物たちも巨大、なのでしょうね」
有史以来、エナリアとの付き合いも長いウルン。これまで先人たちが積み上げきた情報から、傾向と対策もできるというものだ。
荒野の生物群系を持ち恐竜が住む。そんな生態系にはどのような生物が居るのか。どのような点に注意するのか。そういった情報も歴史と共に積み上げられていた。
ただし、分かるのはあくまでも大まかな傾向と対策だけだ。どのような地形をしていて、どこに次の階層への道があるのか。棲んでいる魔物も大まかには分かるが、細部についてはエナリアごとに千差万別でもある。
それら不確かな情報を確かなものに変えて、次の探索に活かす。その繰り返しこそ、エナリアの“攻略”だった。
(この広さ……。さすがに今回で攻略、とはいかないわね……)
アミスの中での理想は、第11層にエナリアの核がある「エナリア主の間」があることだった。そうであれば、今回の攻略だけで“不死のエナリア”を破壊することができた。
しかし、やはりそううまくはいかないかと、アミスは俯き――笑みを浮かべる。
(やっぱり、エナリア攻略はこうでなくっちゃ!)
理不尽。不可思議。意味不明。それこそがエナリア攻略の醍醐味だと思っているアミス。王宮での閉ざされた生活を15年間も強いられていた彼女にとって、“未知”の宝庫であるエナリアは宝石箱そのものだった。
それに、ここからはこれまで人類が到達していないとされている領域だ。不死のエナリアで言うなら100年近く、誰も到達していない場所だということになる。
そんな場所に、いま自分たちは居る。そう思うだけで、アミスの胸は高まるのだった。
「――さて」
兜の後頭部から出している白金色の髪をなびかせながら、背後にいる組合員たちを見遣ったアミス。
「第11層があった。それが分かっただけでもう引き返しても良いのですが――」
「『できる限りの冒険を』だろう、組合長さん?」
今代の組合長が掲げる合言葉を、人間族――元・森人族――のレーナが引き継ぐ。
光輪も長い歴史を持つ探索者組合だ。そしてその時々の方針は、組合長が決める。冒険。未知の探索。それこそが、“アミスが率いる光輪”だった。
「もう、レーナ。私の言葉を取らないでください」
微かに頬を膨らませて不満をあらわにしたアミスに、レーナが苦笑しながら「すまない」と詫びを入れる。
「コホン。……レーナがいま言ってくれた通りです。皆さんのおかげで、順調にここまで来ることができました。物資も、体力・気力も、まだまだ余裕はあります……よね?」
後半。命を預かる身として弱気になった若き組合長の言葉に、組合長たちは笑顔で頷いてみせる。なにせ光輪は赤色等級の探索者組合だ。恐竜という巨大なだけの魔物など、これまでも数百体と倒している。
ましてやアミスが言った通り、まだまだ余力を残している状態だ。いわゆる消化不良の状態の組員たちに、ここで引き返すという選択肢は無いようだった。
そうして攻略続行の意思を示してくれる組員たちの姿に、大きく目を見開いたアミス。しかしすぐにその目を細めると、
「ありがとうございます!」
ついて来てくれる彼女たちへの感謝を口にした。
それじゃあ早速探索を、と歩き出そうとしたアミスに釘を刺す人物がいる。隣に控えていたフーカだ。
「アミス様ぁ。み、皆さんも。攻略はもちろん大事です。で、ですが。ファイさんの捜索という目的も忘れないでくださいねぇ」
フーカがそう言ったように名目上、アミスは白髪の捜索という目的でお上――国王夫妻――の説得をしてこの場に居る。そうでなければ、赤色等級という危険な場所に女王でもあるアミスが足を踏み入れることは許されないのだ。
ましてや安全が確約されていない未踏破領域へ足を踏み入れることなど言語道断。
(お母さま達は私が上層でウロチョロしてるって思っているのでしょうけれど、ごめんなさい。このワクワクが欲しくて、私は探索者になったのです。それに……)
白髪の捜索・発見と、“不死のエナリア”の攻略。どちらも疑いようのない国益になる。義理は通しているはずだと自分に言い訳をして、アミスは攻略を続ける。
「大丈夫ですよ、フーカ。入り口はヒスたちに監視させています。たとえ固有魔法を持っているとしても、茶髪相当の子なら対処してくれるはず。……だから私たちは攻略に集中しましょう!」
後半。欲望がだだ洩れになっているじゃじゃ馬なお姫様に、フーカが深く大きなため息をついたことは言うまでも無かった。
それから約3時間。巨岩の陰や地面に突き立つ緑色~黄色結晶の採掘を物資運搬に任せるかたわら、アミスたち戦闘班は肉食恐竜の魔獣『爪竜』の群れを相手にしていた。
爪竜。体長2mほどの小型の肉食魔獣だ。その見た目は駝鳥に似ているだろうか。ただし、羽の代わりに長い腕を持っている。細身の身体と手足にある鋭い爪が特徴的な魔獣でもある。比較的知能が高く数体で群れを成し、連携して襲い掛かってくる特徴がある。個体としては黄色等級だが、群れとしては橙色等級の脅威度を誇る、狩りの名手だった。
赤色等級の光輪だが、戦闘班の全員が赤色等級であるのかというとそうではない。アミスを含めた4人が赤色等級であり、残りは橙色等級以下。これまでのように余裕で魔獣に対処できるということもなく、攻略の速度は確実に鈍っていた。
しかも、アミス達が苦戦を強いられる理由は他にもある。
(また、変異種……!)
兜の奥で顔をしかめながら、アミスはこちらの様子を伺っている爪竜を睨む。
通常、爪竜は鱗と羽毛に覆われた青っぽい見た目をしている。しかし、目の前にいる5体はいずれも赤色。爪や牙も、通常種と比べて長く鋭い。それはつまり、この爪竜が特異な進化を遂げた魔獣――『変異種』であることを示していた。
また、この爪竜たちだけではない。ここまでアミス達が相対してきた魔獣たちのうち、実に半数近くが変異種だったのだ。通常、1割ていど居れば多いと言われる変異種が、5割近く居る。アミスにとってはそれだけで、このエナリアの異常さを物語るには十分だった。
「アミス! さすがに変異種の群れは危険だ。速攻でいこう!」
「くっ……。魔素の温存なんて言っている場合じゃないわね……。了解です、レーナ! 全員、防御魔法!」
フーカの声が聞こえたと同時。光輪の面々が各々の魔法で身を固める。ある者は土で全身を覆い、ある者は水に身を包む。そうして爪竜以外の全員が防御姿勢を取った瞬間、
「〈ブレア・エステマ〉」
レーナが魔法を唱える。瞬間、彼女を中心とした半径30m範囲に巨大な炎の柱が突き立った。
自身も分厚い氷の壁で身を守りながら、灼熱の中で逃げ惑う爪竜たちを見遣るアミス。どうやら焼き殺すまでには至らなかったらしく、このままでは魔法の範囲外に逃げられてしまうかもしれない。そう判断したアミスは、見えている爪竜に魔法を行使する。
「〈ディア〉」
言った瞬間、爪竜が見えない力に押しつぶされるようにして地面に倒れ伏した。それでも起き上がろうとしていた爪竜たちだが、徐々に反抗の力は弱まり、やがて動かなくなる。単に熱にやられたのか、それとも酸欠か。いずれにしても、勝負ありだった。
やがて解除されたレーナの魔法。あとに残ったのは焼け焦げた地面と、丸焼きになった爪竜5体だ。
(さすがにもう、魔法無しでは難しいわね……)
いよいよ本格化しつつある戦闘に小さく息を吐くアミスの視線の先には、今しがた倒したばかりの爪竜(変異種)たちがいる。
(……長い間放置されすぎて魔物たち同士が争い合った結果、独自の進化を遂げた、とか?)
相も変わらず常識の通じないエナリアに何度目とも分からない身震いをしたアミスが、仲間たちのもとへ急ごうとしたその時だった。
ゾワリ、と。アミスの全身が怖気立つ。
赤色等級、それも階層主級の魔物に匹敵する死の気配。それを察知した瞬間、アミスは叫んだ。
「全員、撤退ーーーっ!」




