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第8話 働く人と……住む人?



 ウルン人と、ガルン人。エナリアと、ナーダム・パル。それぞれの世界における不思議な洞窟のとらえ方を知ったファイ。


 再び歩き出したニナの小さな背中を追いながら、そもそもの話について踏み込むことにする。


「ニナ。どうしてガルン人は、ウルン人を襲う……ううん、狩るの?」


 離されてしまったニナの小さな手を見つめながら発されたその問いは、ファイがニナを知るための問いかけでもある。ファイも、ニナも、同じく“人”だ。しかし、決して“同じ”ではない。使用者――ニナ――について知り、より深く指示や命令を理解する。そのための努力を、ファイは欠かすつもりが無かった。


「あら、お伝えしておりませんでしたでしょうか?」


 虚空を見つめて記憶をたどるような仕草を見せたニナに、ファイは首を振る。


「ううん。ニナは、ガルン人が、ウルン人だけが持つ魔素供給器官を求めているって、ちゃんと言ってた」


 ファイの記憶では、目覚めた部屋でこのエナリアをどうしたいのかニナが語った際、


『色結晶を求めるウルン人の方々と、ウルン人が持つ魔素供給器官を求めるガルン人の方々。両者が幸せになれる場所を、作りたいのですわ!』


 そう言っていた。


 魔素供給器官とは、ウルン人であれば誰しもが持つ、魔素を生成・貯蔵する臓器のことだ。ちょうど心臓と反対の位置にあたる右胸にあり、ウルン人が魔法を使うときはそこにため込んだ魔素を使うことになる。


 その臓器こそ、ガルン人たちが求める物であることは、ファイにも分かった。しかし、


「けど、なんで魔素供給器官を求めるのか、私はまだ聞いてない」


 どうしてガルン人は魔素供給器官を求めているのか。その理由を知りたい。そう言ったファイに、


「ふふっ、そう言えばお伝えし忘れていましたわね。その質問に答えさせていただく前に……着きましたわ!」


 そう言ったニナが立ち止まったのは、とある扉の前だった。


「今からこちらで、面接を行ないます!」


 めんせつ。知らない言葉に小首をかしげたファイの反応を見て、ニナが仕方ないと言いたげにクスリと笑う。


「面接。このエナリアで働く方の選抜……採用……仲間選びですわ!」

「仲間選び。面接。……うん、覚えた。じゃあ、さっきの部屋でニナが私にしたのも、面接?」

「う、う~んと……? わたくしとしては認めたくないところですが、そうなる……のでしょうか?」


 聞き返してきたニナに対して、質問しているのは自分だとファイも首をかしげる。そのまま少しだけ沈黙が続いたものの、


「ま、まぁ、そういうことにしておきましょう! それよりも、どうぞ、ついて来てくださいませっ」


 扉を開いたニナに続いて、ファイも部屋に入る。


 と、そこは、巨大なドーム状の空間になっていた。


 黒っぽい石をくりぬいて作られたようなドーム。半径は100m(メルド)以上あると思われ、反対側の壁にある扉がかなり遠くに見えた。


(知らない材質の床……)


 ファイがさりげなく、足元の材質を確認する。黒狼のアジトもそうだったように、並みの材質では、ファイが踏み込むだけで床が砕けてしまう。しかし、いまファイ達がいるこの空間を構成している石であれば、かなりの“無茶”ができそうだった。


「ニナ。ここはエナリアで言うと何層?」


 ファイがこれまで見たことのない石材。それはつまり、ファイが到達したことのない階層の石材である可能性を示している。自分たちが今いる場所がどこなのかという確認も兼ねて尋ねたファイに、先を歩くニナがあっけらかんと答える。


「はい! 不死のエナリア、最深部――20階層です!」


 その瞬間、ファイの動きがピタリと止まった。


 20階層。いや、11階層以上。それは、最も広く危険とされる黒等級のエナリアと認定されるための条件ではなかったか。


(で、人類の最高到達深度は、16階層だったような……?)


 自分が今、ウルン人の誰も到達したことのない階層にいるという事実に、ファイは気付いてしまう。そして、ファイは、9層以上の階層に踏み込んだことが無い。理由は単純で、黒狼がそれ以上の階層に挑んだことが無いからだった。


(けど、他のエナリアだと8階層の魔物でも相当強かった)


 ファイの自己評価では、現状、9~10階層が自分の限界到達深度だと考えている。にもかかわらず、いま自分がいる場所は、そのはるか先の領域。しかも、


「ファイさん~? どうかなさいましたか~?」


 遠方で手を振る少女は、このエナリアを管理していると言った。力こそ全て。そんな考えがあると言われているガルンにおいて、だ。その事実に震えそうになる手足を、ファイはどうにか抑え込む。


(私は道具。「恐怖する」。そんな“心”は、必要ない)


 フッと小さく息を吐いたファイは「ううん」と首を振り、ニナの横に並んだ。


「今回、面接に来てくださるのは3名ですわ。1名が就業希望、2名が居住希望です」

「しゅうぎょう? きょじゅう?」

「あ、えぇっとですわね……」


 ニナの簡単な説明によれば、エナリアに居るガルン人は、大きく分けて2種類の役割があるらしい。


 1つが働くこと。ニナの指示を受けてエナリアの管理を手伝うとともに、場合によっては戦闘を行なう。


「ファイさんは、“階層主”という用語をご存知ですか?」

「うん。下に続く通路とか階段を守ってる、ちょっと強いガルン人」

「はい。その方々が、もっとも分かりやすい従業員の方、ですね!」


 ニナ曰く、階層を1つまたぐだけでそこに住んでいる魔獣――魔物の中でもガルン人以外の動物たち――が凶暴になる。そのため、探索者たちが適正な強さを持っているのか。それを確かめるための存在だと、ニナは語った。


「その他、宝箱の補充を行なったり、各種設備の補修を行なったりなどなど。そうした作業を行なっていただくのが、従業員の方々ですわ」


 ドーム状の空間の中央に置いてあった柔らかな椅子と座卓に腰掛けながら従業員の説明を終えたニナ。座るように目と手を使って促してきたニナの指示通り、ファイも椅子に腰かける。


「反対に、そうした仕事を受け持たず、ただエナリアで暮らすのが、居住者の方々です」


 強者だけが自由を得られるガルンにおいて、弱者は非常に肩身の狭い思いをすることになる。差別や迫害は当たり前で、中には家畜や奴隷のように扱われる人々も居ると、ニナは語る。


「そんな方々が避難場所としてよく利用されるのが、エナリアなのですわ」

「エナリアが、逃げる場所……」


 危険と隣り合わせのこの場所が、ガルン人たちにとっては苦境から抜け出すための場所になる。それほどまでに、ニナが暮らすガルンという場所が過酷なのだろうことは、容易に想像できた。


「そして、生活するためには、採集や魔獣の狩りを行なわなければなりません。すると、放置すれば荒れてしまう森や、増えすぎてしまう魔物の抑止力となるのです」

「う、ん?」


 難しい話に首をかしげるファイに対して、ニナが優しく微笑みかける。


「ふふっ! ひとまず、エナリアを維持するためには沢山の人が必要なのだと、そう覚えて頂ければ結構ですわ! ……まぁ、その人材が、わたくしのエナリアに最も欠けているものなのですがっ」

「そうなんだ」


 とりあえず、どうやらエナリアをエナリアとして成立させるには沢山の人が必要だということ。この“不死のエナリア”には、その“人”が足りていないことをきちんと頭に入れておくファイ。


 しかし、彼女はのちに、ニナの言う“人が足りない”の程度がどれほど深刻なのか。沈みゆく泥船だとニナが表現したその本当の意味を、知ることになる。





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