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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
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第71話 悪くない、かも




 ファイが自ら選んだ料理――『刺突魚(シュッティ)牛酪(ぎゅうらく)包み焼き ~3種の香茸(かおりだけ)を添えて~』を堪能し終えた頃。


(ちょっと焦がした。次は20秒くらい早く“焼く”をやめないと)


 ファイが1人、自身の料理の反省をしていた時だった。


「(クンクン……)」


 ファイの隣で一足先に食事を終えていたミーシャが、ファイの首筋や頭皮に顔を寄せて鼻を鳴らしていた。


 瞬間、ファイはミーシャから距離を取り、己の身体を抱く。


「み、ミーシャ。嗅ぐは、ダメ。私、お風呂のあと汗かいた、から……」


 ユアのところでの戦闘と作業のあと、ファイはお風呂に入ることができていない。臭う可能性については、十分に把握していた。


 そうして、はた目にも頬を赤くしながら恥ずかしがるファイを、パチパチと瞬きをしながら見てくるミーシャ。


「ファイ。ちょっと質問なんだけど――」


 続く言葉――「汗でもかいた? 臭うわよ」――を予想できるだけに、ファイはぎゅっと目をつむる。しかし、ミーシャから飛んできたのは予想とは異なるものだった。


「――ここ数時間で誰かに会った?」

「……え?」


 質問の意味も意図も分からず、きょとんとしてしまうファイ。そんな彼女の態度を見て、ミーシャが補足してくれる。


「そうね。具体的には、アタシ以外の獣人族と会ったんじゃない?」


 ミーシャ以外の獣人族と言えば、ファイには1人しか思い当たる人物が居ない。


「ユアと会った、よ? ユア・エシュラム」

「ユア……? あぁ、たまにピュレでニナと話してる子ね」


 その口ぶりから、どうやらミーシャはまだユアと会ったことが無いらしいことを悟るファイ。同時に、言われてみれば自分が従業員同士の関係性についてもほとんど知らないことに気付く。


 ミーシャと一緒に食器を片付けるその間に、まずはミーシャと他の従業員の関係性について聞いてみることにした。


「アタシと他の人の関係?」

「うん。ミーシャは人見知り。仲いい人、居ない?」

「にゃっ!?」


 ファイに言われて、洗っていたお皿を落としてしまうミーシャ。しかし、地面に落ちる直前でファイが拾い上げ、そっとミーシャの手に返してあげた。


 そうして一度、お皿を落としたことに気付かないまま、ミーシャは皿洗いを再開する。なおファイは、洗われた食器を拭く係だった。


「そ、そんなことないわ。ルゥ先輩に、ニナ。ファイだって居るもの」


 3人。果たしてその人数は多いのだろうかと、ファイは受け取った皿を拭きながら考える。


 例えばファイ自身で言えば、知人の数はかなりの人数に登る。ニナにはじまり、ルゥ、ミーシャ、リーゼ、ユア。さらには黒狼の人々や、護送される道中で話したアミス達光輪の人々。両手の指の数を超える人とファイは知己の仲だ。


「……やっぱり、少ない?」

「う、うるさいわね! 良いの、アタシは狭く深く人付き合いがしたいの!」


 人間関係には“広さ”と“深さ”があるらしく、ミーシャは特定の人たちだけとより親密な関係を築きたいと考えているらしい。その特定の人物の中に自分が入れてもらえていることに、ファイの胸はなぜか温かくなった。


「い、一応。リーゼ先輩には何度か声をかけてもらったわ。ただ、その……」


 言いながら、お皿を洗う手を止めたミーシャ。彼女の表情は、暗い。


 恐らくファイが最初にそうされたように、ツンツンした態度を示してしまったのだろう。そして、ミーシャはその言動を悔いているらしい。なかなか素直になれない同僚の姿にわずかに口角を上げつつ、ファイは金色の美しい髪を撫でてあげる。


「大丈夫。リーゼはすごい人。きっと怒ってない」

「そ、そうかしら……?」

「うん。だってリーゼが怒ったら、ルゥですら死ぬらしいから」


 リーゼの怒気にルゥやムアたちが凍り付いていたことは記憶に新しい。その点ミーシャが生きている時点で、リーゼがミーシャの態度を不快に思っていないことなど明白に思えるファイ。


「リーゼ先輩。すごく優しくて、良い匂いがするの。お母さんみたいに。だから……」

「次に会ったら、謝る?」


 ファイの言葉に、コクリと小さく頷いたミーシャ。彼女は、自分の気持ちに素直になるのに時間がかかる。それはルゥやニナ達が繰り返し「待ってあげて」と言っていたことからも想像に易い。


 そして、ミーシャに気持ちを整理する時間さえ与えてあげれば、誰もが彼女の優しさや愛くるしさに気付いてくれるというのがファイの持論だ。


「頑張ろう、ね?」

「こ、後輩のクセに生意気なのよ。……言われなくても、謝ることくらいアタシ1人でできるんだから」


 ゆらゆらと尻尾を揺らすミーシャに「そっか」とだけ答えて、ファイは先輩従業員との皿洗いを終わらせるのだった。


「――って、そうじゃないわ!」


 このまま就寝へ向けて別れるだけ。そう思っていたファイの寝間着を、ミーシャが引っ張った。


「ファイ。今からアンタも寝るのよね? どうしてもって言うなら、アタシが一緒に寝てあげるけど?」

「ううん、いい。大丈夫」

「なんで即答なのよっ!?」


 耳と尻尾をピンとしてお怒りの様子のミーシャだが、ファイの中で理論は完結している。そもそも誰かと一緒に眠るという行動に意味を見出せないというのもあるが、最も道具としての価値が無くなる“眠り状態”の自分を、ファイは誰にも見せたくなかった。


「私は、1人で寝る。それじゃあミーシャ。おやすみなさい」

「あっ、うぅ……。ま、待ちなさい!」


 道具としての矜持を持って、強い意思を顔に出したファイ。そのまま私室に戻ろうとするも、ミーシャに命令口調で言われて反射的に足を止めてしまう。生来道具としてふるまって来たファイに染み付いてしまった、条件反射だった。


 そして、その条件反射は、


「ファイ。アタシと一緒に寝なさい」


 そんなミーシャの一方的な物言いにも適用される。特に深く考えることもなく「分かった」と頷いて、ミーシャと共に眠ることになった。




 それから約15分後。ファイ達は、ファイの私室に置かれている小さな寝台で身を寄せ合って眠っていた。


「すぅ、すぅ……。むにゃん♪」


 ファイの腕の中。安心したようにミーシャが眠っている。何か夢でも見ているのだろうか。時おりピクピクと動く黒い耳が愛らしい。


 細身のファイと、小柄なミーシャ。思っていたよりは手狭に感じず、一方向に寝返りを打つことはできるだろう余裕もある。


 また、ファイには意外な驚きがあった。それは、自分とは異なる体温で温められた布団が意外と心地よいものなのだということだ。ミーシャは子供で平熱が高く、逆にファイは平熱が低い。ファイが被っている布団は快適な暖房器具のような温かさに包まれている。


 おかげでファイも心地よいまどろみを得ることができているのだが、少し困った事態にもなっていた。


「(スリスリ、すりすり♪)」


 ミーシャがファイに引っ付いて離れないのだ。しかも無意識に、身体をこすりつけてくる。まるで、自身の匂いをファイに刻みつけるかのように。あるいは、ファイに着いた“誰かの匂い”を、上書きするかのように。


 それ自体はファイも慣れたもので、もはや何とも感じない。しかし問題は、この状態ではファイが迂闊に眠れないことだ。もし寝ぼけたファイがミーシャをきゅっと抱きしめようものなら、恐らくミーシャの全身が砕け散ることになる。


 かといってファイは眠るようにニナに言われているため、眠らなければならない。


(ミーシャが起きるまで待って、それから寝る……?)


 果たしてそれはいつになるのか。皆目見当もつかない。それにファイ自身も驚くことに、猛烈な眠気が襲ってきている。


(きっとミーシャがあったかいから……)


 胸やお腹を通して伝わってくる、ミーシャの高い体温。それがファイを眠りへといざなってくる。


「アタシの物、なんだからぁ……」


 寝言を言いながら抱き着く力を強めるミーシャの力加減も、ファイにとってはちょうどいいものなのだ。さながらもみほぐしをされているような気分になる。


(……困った)


 まさか誰かと一緒に眠ることがこんなに心地いいとは思いもしなかったファイ。ただ、この眠気の正体がミーシャの体温だけではないことも分かっている。人と触れ合うことで得られる“安心感”と呼ばれるものもまた、眠気を誘発している自覚はあった。


 このまま安心感に包まれて眠りたいが、ミーシャを殺してしまう可能性があるため眠れない。


 夢うつつを行き来しながら悩むファイを救ったのは、悩みの種だったミーシャ自身だった。


 不意にファイの腕の中から重みが消え去る。代わりにファイの枕元に現れたのは、小さな金毛の猫だ。ミーシャが無意識のまま獣化したのだ。


 規則正しい動きでお腹が動いていることから、安眠していることは明らかでもある。


(これ、なら……)


 少なくとも抱き潰すようなことにはならないだろう。そう思いながら、ファイはミーシャの身体に顔を寄せる。もうこの時にはファイの意識はほとんど失われており、半ば無意識の行動だった。


 柔らかな毛並み。爽やかで清潔感を感じられる果物のような香り。心地よい熱。それら小さな“ミーシャ”をそばで感じながら、完全に目を閉じるファイ。


 “眠り”はファイにとって屈辱であり、無力の象徴でもあった。それこそ無意識に「嫌だ」と顔や態度に出てしまうくらいには、嫌いな行為だった。


 しかし、今この時のように“大好きな人と共に過ごす時間でもある”と考えてみれば、


(悪く、ない……かも……)


 眠りという行為に価値を見出したところでファイの意識は深い深い闇に落ちる。あとに残ったのは2人の少女の安らかな寝顔。そして、図り合わせたかのように仲良く同期する規則正しい寝息だった。




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