第68話 どうして実験する、の?
相手の心が読めると語った、獣人族の桃色髪の少女ユア。その説明の後、ファイはユアから“後片付け”を命じられていた。
『ファイちゃん様がユアの大切な魔獣さんたちを殺して散らかしたんですよね? なら、片付けていってください』
そう言われたのだ。もしそれを言われたのがルゥであれば「はぁ? 舐めてるの?」からの説教であり、ニナであれば「あのですね、ユアさん」と優しく諭したことだろう。
しかし、言われたのは命令されることを至上の喜びとするファイだ。別にニナから次の指示があるわけでもなく、早く戻って来いという指示もない。そのため「分かった」と二つ返事をして、散らばった肉片や臓物を大広間に隣接する冷蔵庫へと運んでいた。それらの肉は今後うまれてくる新たな魔獣たちのエサになるらしい。
その作業中、ファイは同僚の情報収集も兼ねて聞いてみる。そこにはユア個人への興味はもちろん、彼女を雇っているニナの考え方の方向性を知る手がかりを得るためでもあった。
「どうしてユアはここに居る、の?」
200㎏近い肉の入った箱を頭上に掲げてえっちらおっちら運ぶファイの質問に、肩の上に乗ったピュレから返答がある。
『エシュラム家は、様々なエナリアに魔獣を売ることを家業としています。もちろんユアも幼少のころからたくさんの魔獣と触れ合ってきました』
そんな中、物心ついた時からもう既に“声”が聞こえていたそうだ。それが魔獣の心の声だと理解したのが、声を自覚した少し後。あとはその声を頼りに、ユアは魔獣が欲する食べ物を与えていたらしい。
『魔獣たちが欲しいものをあげるユア、優しいですよね?』
「確かに。ユア、優しい。……でもじゃあなんで、ユアはこのエナリアに居るの?」
良い子・優秀な人材であれば、ユアの両親――ファイにとっては主人という認識――は彼女を手元に置いておくのではないか。道具としての観点から尋ねたファイに、「それは……」とユアが言い淀む。それでも少しすると、
『優秀なユアに、嫉妬したんだと思います』
そんなふうに、自身が実家から追い出された理由について話し始める。
不思議なことに、ユアが“お世話”をした魔獣たちは、一足飛びに進化したり、特異な個体に進化したりすることがままあったそうだ。そうして生まれた魔獣たちはみな一様に強力な個体に仕上がったという。
『そうしてユアが生み出した強い魔獣がお父さま・お兄さま達のザコ魔獣を襲うことがよくあって。しかも大抵、勝っちゃうんです。ほんと、世の中みんな、ザコザコですよね』
だから嫉妬した家族に家を追い出されたのだと、ユアは語った。ただ、ようやく冷蔵庫に箱1つを運びきって「ふぅ」吐息を吐いたファイは眉根を寄せる。
「本当にソレ、だけ……?」
『……どういう意味ですか、ファイちゃん様?』
エシュラム家が魔獣の売買を仕事としているのなら、ユアは間違いなく優秀な道具――貴重な人材――であるはずなのだ。実際、“不死のエナリア”では彼女が生み出す強力な魔獣が貴重な収入源になっているとファイは記憶している。だというのに、エシュラム家はユアを手放してエナリアに“居させている”。
(つまり、エシュラム家はユアを手放した。……捨てた)
人が手間と利益とを天秤にかけることを、ファイは身をもって知っている。
手間に見合うだけの利益を生む人・物であれば人はソレを手元に置くし、そうでなければ簡単に捨てる。
「きっと魔獣を暴走させる以外に良くないところがあった。だから、ユアは捨てられた」
『……っ!?』
感情を排して結果から結論を導き出したファイの言葉に、ピュレの向こうから息を飲む声が聞こえた。
『ユアが、捨てられた……?』
確認するように聞いて来たユアに、ファイは無感情に頷いてみせる。
「そう。きっと“良い”と“悪い”のうち、エシュラム家では“悪い”が勝った。だからユアは捨てられた。ポイッて」
『ユアが、ポイッ……? そんなわけ……。そんなわけありません!』
ピュレの向こうで叫んだユアにファイは一言、「そう」と返す。
「そう。ユアはエシュラム家だと優秀じゃなかった。でも、エナリアだと……ニナのところだと、優秀」
『あ、え……。……え?』
ユアは困惑しているらしいが、ファイとしては単純だ。事実としてユアはニナに必要とされていて、頼られている。それはファイにとっては羨ましくもあるが、それ以上に敬うべきものだ。
「ユアは私には無い知識もあるし、技術も持ってる。……ううん。ニナにもルゥにもミーシャにも。誰も持ってない“すごい”を持ってる」
分かりやすいものだとやはり、相手の思考を読む力と特別な魔獣を生み出す力だろう。どちらの能力も、ファイは見たことも聞いたこともない。
「可愛くて、優しくて、強くて、天才。ユアはすごい。そう、でしょ?」
肉を入れるための大きな箱を運びながら、やはり思っている事実をありのまま口にしたファイに――。
『そうです、よね……。ユアは、すごくすごいんですっ!』
ピュレの向こうに居るユアが元気な声で頷いた。
「そう。ユアはすごい。あと、ユアがすごいって見抜いたニナもすごい。さすがニナ」
『分かっていますね、ファイちゃん様。そうです、ユアの才能を見抜いて好き勝手実験させてくれるニナ様の懐の深さと言ったら、もう……!』
ユアによれば、ニナはユアに幅広い実験の許可を出しているらしい。
『好きな魔獣を捕まえても良いしエサにして殺しても良い。しかもこれだけ広いエナリアだと魔獣たちが求める木の実や貴重な鉱石だって大抵あるんです! 唯一“人”にだけは手を出すなって言われていてそれが残念で仕方ないんですけどおかげであんな魔獣やこんな魔獣を作っては殺して殺しては作ってができて……じゅるっ、想像したらよだれが……。早く……早く実験をしたいですっ!』
興奮気味に早口で話すユア。彼女の言葉に追いつくのがやっとのファイだが、1つ分かったことがある。それはユアが魔獣を何とも思っていないことだ。例えばミーシャのように魔獣を命として慈しむようなことは無い。あくまでも者として、それこそ道具のように思っているらしい。
「ユアはどうして実験が好き?」
素朴なファイの質問に、「だって!」とユアが声を弾ませる。
『温かくて、人みたいにアレコレ考えていなくて。モフモフで可愛い子も居れば、鱗に覆われた格好良い子もいるんです! 果たしてこの子が進化したらどんな姿になるのか手考えたら、ワクワクしませんか!?』
そう語るユアには、純粋な好奇心しか感じられない。恐らく彼女が欲しているのは、まだ見ぬ魔獣なのだろうとファイは予想する。この世界に存在しない、まだ誰も見たことのない魔獣を見てみたい。その一心で、彼女は実験を続けている。
そのユアの好奇心こそが、このエナリアを支えてくれている。
一方で、ユアの言動は自身の欲望のためだけに大切な“命”を利用しているようにも見えなくない。
ウルン人の命すらも大切に思っているニナは果たしてその辺りのことをどのように思っているのか。主人の考えを推し量るファイに、図らずも、ユアが答えをくれた。
『ファイちゃん様。ユアはニナ様から、人の言うことを聞く魔獣を作るように言われているんです』
「……え?」
人の言うことを聞く魔獣。そんなもの居るのだろうか。そう考えたファイは、すぐに先ほどの戦闘を思い出す。ここに居た魔獣たちはみな、ユアの言うことを聞いていた。それも、魔獣によっては自分よりも力の弱いユアの言うことを聞いていたのだ。
いや、それだけではない。思えばピュレやチューリも、魔獣でありながらファイ達の言うことを聞いていたではないか。
『ファイちゃん様も、ニナ様の崇高な理想を知っていますよね?』
「えっと、みんなが幸せになる?」
『はい。それはウルン人もガルン人も、それに魔獣も含まれているんですよ?』
ユアに教えられて、なるほど、実にニナらしいと納得するファイ。
『ですが現状、知能の低い魔獣が多く、ウルン人・ガルン人ともに被害がある状況が続いています』
「そっか。だからユアは実験をするんだ?」
『そうです。別に私利私欲だけで魔獣を殺したり進化させたりしているわけじゃないんですよ、本当に』
分かっているのに、なぜ念押ししたのだろう。微かに首を傾げながら肉の運搬作業を進めるファイに、ふと、ユアからとある提案が飛んでくる。
『ということでファイちゃん様。少しだけファイちゃん様の身体を弄らせてくれませんか?』
何が「ということで」なのか話の流れが分からないファイだが、とりあえず。
「“いじる”は、なに?」
『えっと、そうですね。具体的にはファイちゃん様の身体を解剖して、ウルン人の身体構造をより鮮明に把握。ついでにその大きいな大きな魔素供給器官をちょびっとだけ拝借できないかな、と』
色々と難しい言葉が飛んできて、ファイはチンプンカンプンだ。それでも、自身の身体にまつわる何かを言われたことだけは分かる。であれば、ファイの答えは決まっている。
「私の身体は、ニナの物。ニナが良いって言ったら良い、よ?」
先日、自分の身体を大切にしろとニナに言われたばかりのファイ。であれば、こうした事案に対してはニナの見解を伺わなければならないはずだと即断しない。
『ほ、本当ですか!? 実は黒飛竜が大きな魔素供給器官を求めていて、すぐに欲しかったんです! それでは早速、ニナ様に聞いてきます!』
「分かった。じゃあ私は作業続けておく、ね?」
箱いっぱいに魔獣の肉を詰め込んだファイは、“大広間”ことユアの実験室に備え付けられた冷蔵庫への運搬を再開するのだった。




