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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●戦うのは、得意……!

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第46話 そっか、これが――





 “不死のエナリア”第1層。洞窟の階層。


 ごつごつとした岩肌によって閉ざされた迷路のような洞窟に、ファイの姿はあった。


 服装は例によって、迷彩柄のぴっちりとした服を身にまとっている。この服もそうだが、ニナ達の服は基本的にルゥが作っているらしい。体型については、ファイが気絶して運ばれてきた時に採寸していたらしい。


『だから、渡される服も下着もぴったりだったんだ?』

『そう! ファイちゃんの分の侍女服も制作中だから、乞うご期待!』


 みんなと同じ服を着られる。そのことに少しだけファイの胸が高鳴ったのは秘密だった。


 そんなやり取りもあって迷彩服に身を包むファイだが、今回は宝箱の補充作業時とは異なる点がある。それは、彼女の頭が頭巾で隠れていないことだ。


『ファイちゃん。その服、動きづらいとか無い?』

『ううん、動きに支障はない。……ただ、頭が汗で蒸れるのが、難点かも。臭うのは、その……困る、から』


 自身の体臭で主人に迷惑をかけるかもしれない。そう思えるようになったファイは、頭巾で頭が蒸れる点について言及する。すると、ルゥとファイのやり取りを隣で聞いていたリーゼが、


『では隠すのではなく、色を変えてしまえばよろしいのでは?』


 と言ったリーゼの提案によってファイの特徴的な白髪には緑色の粉がまぶされ、薄緑色の髪色へと変化していた。


 そうして緑髪金目の少女へと姿を変えたファイはと言えば、


「(むふー……!)」


 鼻息荒く、エナリアの入り口へと向かっていた。


 というのも、これまでファイはウルン人として雇ってもらったにもかかわらず、これと言って役に立つことができていなかった。それどころか、


(みんなから、貰ってばっかりだった……)


 エナリアやガルンに関する様々な知識や、美味しいご飯とお菓子など。いつもいつも、与えられてばかりの日々だった。それは人のファイにとっては温かな日々だった一方、道具のファイとしては情けなくて不満が募る日々だった。


 しかし、先ほど――ファイの体感にして6時間ほど前。ようやくファイは、役に立てたと思ったのだ。それが、“ニナ達ガルン人とウルン人の時間感覚のズレ”を指摘できたこと。


 ニナ達と一緒にいるようになって、ファイは常々思っていたことがあった。


(ニナ達、危機感が無い)


 国民性ならぬ世界性というべきだろうか。ファイの同僚や上司にあたるガルン人たちは、何かと時間に大雑把なのだ。ニナの表現を借りるのならば、自分たちの船は沈みつつあるというのに甲板で優雅にお茶会をしている。それが、ファイが抱くニナ達の印象だった。


 別にそれをとやかく言うつもりはファイにはなかった。しかし、もし探索者が来て迷宮の核を壊すようなことがあれば、みんなが乗ったこの船が沈む――エナリアが無くなってしまう。そう考えたとき、なぜかファイは居ても立っても居られなくなってしまった。


 だからこそ、ニナ達にややきつい言葉で言ってしまった。


『10年前のその情報。たぶん()()()()()()()役に立たない』


 そんなふうに。


 ただ、ニナ達が怠慢なのかというと、そうではない。彼女たちなりに色々と試行錯誤をして手を打ってきたのだと思う。ただ、やはりウルン人とは考える時間的な規模が違う。


 例えば、宝箱の補充についてだ。


 探索者として活動してきたファイの感覚では、毎日とは言わずとも1週間ほどで必要な作業だろうと考えていた。しかし、あの後ニナ達に聞いてみれば、


『えっと、次はしばらく後の予定でしたが……』


 とのことだ。そして、ニナの言う「しばらく」は最低でも3週間以上、ともすれば日付のフォルンの色が変わる――1か月――くらい放置しかねない。


(宝箱の補充の時にウルン人を見かけなかったのも、納得)


 そこにお宝が無いのだから、危険を冒す意味もない。そうして人が来なくなると、当然、宝箱が開けられる機会も少なくなる。すると、ガルン人にとって“少しして”から補充に行ってみれば、まだ空いていない宝箱が残っている状況になる。


(結果、上層の宝箱の補充の優先度が低くなる)


 しかも、このエナリアは人員不足だ。優先度の低い作業に人を割り当てている余裕などない。そうして宝箱が補充される期間は徐々に伸びて行く。それに伴ってこのエナリアに足を運ぶウルン人はさらに減って、宝箱の補充をしなくてもいい期間がさらに伸び、今の「しばらく後でも良い」という結論に至ったのだろう。


(けどそれじゃ、ダメ。ウルン人は“幸せ”になれない)


 このまま悪い循環を続けていては、いよいよこのエナリアに足を運ぶウルン人が居なくなってしまう。そうなると、ウルン人()幸せにすると言っていたニナの夢が叶わなくなる恐れがあった。


 これまでのニナは困窮するガルン人をエナリアに住まわせて救済する一方で、ウルン人に対する施策のようなものを行なっていたようには思えない。なぜなら、彼女の周りにはウルン人が居なかったからだ。何をどうすればウルン人が喜ぶのか。幸せになれるのか。恐らくニナはまだつかめずにいる。


(だったら私が、少しでもウルン人のことを教えないと)


 最近までファイは、自分は特殊な環境で育ったがゆえ、ニナ達に求められているウルンの知識を提供できないと思っていた。しかし、時間の感覚など、文化のズレくらいなら指摘できることにようやく気が付いた。


 主人の夢を叶えるための優秀な道具として、何かできることは無いか。役に立つことはできないか。ここしばらく考え続けていたファイにとって、ようやく一筋の光が見えた形だ。


 それゆえに、今のファイは控えめに言ってやる気に満ち溢れている。鼻息もやや荒くなり、眉もわずかばかり上がってしまうほどには、燃えていた。


 そんなファイを心配するルゥ達の声が、ファイの耳を覆う通信用のピュレから聞こえてくる。方向は、ファイの首元。緑色の首輪に擬態した、映像と音声の通信機能を備えたピュレからだった。


『ね、ねぇ、ニナちゃん。ほんとにファイちゃんにウルン人たちの偵察、任せちゃって大丈夫なの? 向こうの目的、まだ分かんないんでしょ?』

『向こう……? あぁ、光輪の方々ですわね。確かにそうですが、上層で活動できるのはミーシャさんかファイさんしかおりませんし。管理人(エルム)であるわたくしが参るわけにも……』

『お役に立てず申し訳ありません、お嬢様』


 力の強いガルン人は、生きていくために多量のエナを必要としている。そのため、ニナのような例外は除いて、エナの濃度が薄い上層では長く活動できない。特にいま謝っていたリーゼのような最上級のガルン人は、恐らく数秒と持たずにエナ欠乏症で倒れることが予想された。


 また、エナ欠乏症になるのはピュレも同じなのだという。機能を多く備えたピュレもまた、強力な魔物に変わりはない。活動には大量のエナを要求される。今ファイが持たされている景色を共有できる緑色のピュレも、上層で長時間稼働させるには定期的に色結晶を食べさせなければならないらしい。


『ユアがエナの薄い場所でも長時間活動できるピュレを開発できればいいのですが……。すみません』

『いえいえ! ユアさんには貴重な変異種の開発など、金銭面でいつも支えられておりますわ。自信と誇りを持ってくださいませっ!』

『ニナ様……! はいっ!』


 ピュレの向こう。ニナに絶賛されるユアのことを少しだけ羨ましく思いながら薄暗い洞窟を歩くファイ。


 すると、少しだけ開けた部屋が見えてくる。夜光石に照らされたその部屋の壁には大きな穴が開いており、眩い光が漏れていた。


『ファイさん、ファイさん! その先の部屋こそウルン側のこのエナリアの入り口、ですわ!』


 興奮したようなニナの言葉を聞きながら、その部屋へと足を踏み入れたファイ。瞬間、あまりの眩しさに思わず目を細めてしまう。


 これまでファイの知る世界は、夜光灯などの人工的な明かりか、夜光石によって照らし出された薄暗い世界だけだった。


 しかし、いま。


 痛みをこらえて目を見開いたファイが目にしたのは、エナリアの“外”にどこまでも続く透き通った青色だ。


(ああ、そっか――)


 幼いころ。エナリアに運ばれている時に麻袋の隙間から見えた鮮やかな青色が今、少女の目の前に広がっている。頭上を覆うその青色をなんと呼ぶのか。知識としてしか知らなかったソレを、少女は初めて実感を持って言葉にする――。


「――これが『空』なんだ」


 この世に生を受けて15年弱。初めて見る本物の空に、ファイの視線は釘付けになる。


 天頂に見える光の玉がフォルンだろうか。夜光石などとは比べ物にならない圧倒的な光が、壁の向こうにある世界――ウルンを照らしている。一体どうやって浮いているのか。遠く離れているここからでも熱が伝わってくるのに、あの近くにいる人たちは熱に耐性でも持っているんだろうか。


 様々な疑問がファイの中に湧いては消えてを繰り返し、やがて言葉になったのは、


「ニナ。ウルンって、とっても明るい、よ?」


 そんなニナへの()()だった。


「それに、とっても広いみたい……」


 そう口にするファイの視線は、明るく照らし出されている世界に向けられている。


 どうやらこのエナリアの入り口は小高い森に位置しているらしく、入り口の向こうには木々が見える。その向こうに見えるのは奇妙な形をした人工物だ。


(へんな、形……)


 それらを「家」と呼び、それらが密集するところを「村」や「町」と呼ぶことをファイは知らない。また、その人工物1つ1つに人が住んでいて、営みがあることすらも知らない。


 村の周囲に広がる「畑」や「果樹園」についても知らなければ、村の向こうに見える(あお)色が「海」であることも知らなかった。


 それでも。


 いま自身が暮らしている“不死のエナリア”の入り口から見えた、その景色こそ。


 ウルン人として生まれ、ウルン人として育ってきたはずの白髪の少女――ファイが生まれて初めて目にした「ウルン」という名の世界だった。




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