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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●戦うのは、得意……!

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第44話 心は、あげないから




『ひとまず、手元にある資料で光輪の方々についてお勉強いたしましょう!』


 ニナによる鶴の一声で、ファイ達は決闘を中断。大広間から書庫へと場所を移していた。


 その道中で話し合われるのは、ニナとファイとの力関係だ。それを決めるのは、第三者であるルゥ、ミーシャ、リーゼの3人なのだが――。


「ニナちゃん」

「ファイです」

「お嬢様、でしょうね」


 3人の中で意見が割れた。この場合、多数決ではなく3者の中で最も発言力が強いリーゼの意見が通ってしまうのがガルンでの日常だ。弱者の意見を無視するのも日常茶飯事なのだが、このエナリアではきちんと弱者の意見も聞くことになっている。とは言っても、あくまでも聞くだけであることには変わりなかった。


「ミーシャちゃんはなんでファイちゃんって思うの?」


 ルゥに水を向けられたミーシャが、ファイの方が強いと思った理由を口にする。


「多様性です。ファイは武器、魔法。色んな方法で、色んな相手を殺せます。それも、広範囲の」

「確かに。離れてたわたし達も死にかけたもんね」


 うんうんと一定の理解を示しながら、ミーシャの意見に耳を傾けるルゥ。


「それに、ニナには無い毒への強い耐性もあるし、五感も優れてるじゃないですか。戦う相手も場所も選ばない。それはファイにとって最大の武器です」


 だから自分はファイを支持する。そう締めくくったミーシャ。彼女の言葉を受けて、ファイはニナへと視線を向けた。


「ニナ。ルゥの毒が利く、の?」

「はい……。ルゥさんにプスッとされると、数歩と持たず動けなくなってしまいますわ。なのでルゥさんと戦う場合は先手必勝、一撃目で必ずルゥさんを殺します」


 長年一緒にいる相手にも“殺す”という強い言葉を向けるニナ。ファイにとっては少し過激にも思わなくはないが、それが彼女たちガルン人の常識なのだと自身の考えを改める。


「とはいえミーシャ様。今回確認したのは、1対1における力関係です。そして、個の力においてはニナの右に出る者など居ないでしょう」

「毒の話も、そもそもニナちゃんにプスッとできたらの話。力を抜いてもらわないとニナちゃんに私の尻尾は刺さらないしね~」


 という話し合いのもと、ファイの序列がニナの下ということに決まったのだった。


「ふっふっふっ……! これで正真正銘、ファイさんの身も、心も、わたくしの物、ですわぁ~っ!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ね、全身で喜びを表すニナ。


「(……むぅ)」


 一方、自分には戦闘しかないと思っているファイとしては不服も不服だ。実質的な敗北であり、これを認めることはつまり、ニナにとってファイが庇護の対象であることを受け入れることになるからだ。


 ただし、自分がニナよりも弱いこともまた、ファイは理解している。〈ファウメジア〉についても、リーゼが火を吐く直前にニナが拳ではなく足で蹴破ったことをファイはその目で見ていた。その後、氷の下に居たミーシャやルゥの方へ向かっていたことから、リーゼの火から2人を守っていたのだと思われる。


 手加減されて、仲間を守る余裕すら見せられた。完膚なきまでにファイの負けだった。


 それを理解しているからこそファイは文句を言わないし、言えない。表情にも可能な限り不満は見せない。ニナの発言にわずかばかりの訂正を入れて、ささやかな抵抗をすることしかできなかった。


「……私に、心は無い。だから心は、ニナにはあげない、から」

「はわっ!? な、なんでしょうこの気持ち……。ファイさんの今のお言葉、こう、クルものがございますわね……」


 ファイの隣で考え込むように、何やら怪しいことを言っているニナ。


「ニナ、私に無理やり命令する、の?」

「い、いえっ、まさかそんなことは……って、どうして嬉しそうなのですかぁ!?」


 ニナに言われて、ファイは自身が喜びを少しだけ表情に出してしまっていたことに気付く。


 主人に無理やり命令される。まるでファイの意思など関係ないというようなその扱いを想像するだけで、ファイはゾクゾクしてしまう。本来それこそが、ファイの望む道具の在り方だからだ。


「安心してくださいませ、ファイさん。わたくしは、あなたの意思を尊重いたしますので」

「…………。……そう」

「ど、どうして少しガッカリしておられるのでしょう……? まったく、ファイさんってば、もう……」


 こうして、この場に居る5人の暫定的な力関係が決まる。つまり――。


『リーゼ ≧ ニナ > ファイ >> ルゥ >>>> ミーシャ』


 の順だ。ルゥ以上ニナ以下に収まる3人の力関係については、おいおい決闘で決まるようだった。


 ちょうど同じころ、書庫にたどり着いた一行。ファイは一度、ニナを捜索する時にこの場所を訪れている。“たくさんの本がある場所”というざっくりとした印象だけを覚えているだけで、内装についてはほとんど記憶していなかった。


 そのため、リーゼが灯した室内灯に照らしだされた書庫の光景には、思わず圧倒されてしまう。


 大きさは恐らく、冷蔵庫にも劣らないのではないだろうか。広々とした空間は3階建てになっており、1階に当たる入り口から3階までを見通せる、吹き抜けの構造になっていた。


 そんな広い空間を満たすのは、やはり、数えきれない本棚だ。冷蔵庫と同じでたくさんの本が並んでおり、各所には安楽椅子なども置かれている。どうやら、様々な場所で読書を楽しむことができるような造りになっているらしい。


「本棚や机、椅子に使われているのは『イーオの木』ですわ。第17層の溶岩地帯に生えている木なのですが燃えづらく、適度に湿気を吸って本を守ってくださるのです」


 ニナの説明を聞きながら、部屋全体を見渡すファイ。イーオの木なるこげ茶色の木材と、落ち着いた色合いが生み出す景色には、どことない静けさと重みがあった。


「お嬢様たちはそちらにかけてお待ちください。(わたくし)光輪(こうりん)に関する資料を持ってまいります。……ルゥ様は入り口付近の本の整理を」

「は、はい! ミーシャちゃん、身体が大丈夫そうなら手伝って」

「し、心配なくても、アタシはもう大丈夫です、ルゥ先輩!」


 そんなやり取りの後、侍女たちが各々の作業を始める。


 彼女たちの主人であるニナが出入り口近くの椅子に座る一方で、ファイは指示を仰ぐことも忘れるほど気もそぞろに本棚に歩み寄っていた。


 ここにある本の1つ1つにファイの知らない“知識”が収められている。鋭意、新しい知識を求めているファイにとって、本は色結晶に勝るとも劣らない宝石だ。金色や銀色の塗料を使った美しい装丁が施されている本もあって、ファイは書庫がきらめきに満ちた宝石箱のように見えていた。


(私の知らないことが、いっぱい……!)


 吸い寄せられるように、ファイは手近な本棚から本を手に取ってみる。深い赤色の装丁の本には、文字と模様が描かれている。表紙をめくってパラパラと内容を見てみれば、そこには数えるのも億劫になるほどの文字と、白黒の絵が描かれていた。


「『アイヘルム国物語』ですわね」

「ニナ?」


 いつの間にかファイの隣に並んで本を覗き込んでいたニナが、本の題を教えてくれる。


「ものがたり、は、なに?」

「お話のことですわね。つまりこの本は、このエナリアの所有権を持つゲイルベル様が治めるアイヘルムという国の歴史を綴ったものになります」

「げいるべる? おさめる……?」


 きょとんとしてしまうファイの顔を見て、くすくすと上品に笑うニナ。


「うふふっ! 折角ですので、リーゼさんが戻るまでの間、文字の勉強をしましょう、ファイさん」

「……っ! うん、分かった」


 いつだったか約束していたガルン語の勉強が始まることに、金色の瞳をきらりと輝かせるファイ。ニナに手を引かれる形で椅子に座ると、2人並んでガルン語の勉強会が始まる。


「これがガルン語を成す基本の25文字ですわ。これが『ア』の音で、こちらが『ウ』の音。口を使わずに発するこれらの音を母音と言いまして……」

「えっと、これが『ア』で、これが『オ』……」


 口を動かし、文字と音とを懸命に一致させるファイを、至近距離でニコニコと見つめるニナ。


「ニナ。あんまり見ないでほしい。その、やり辛い……」

「うふふっ、申し訳ありません! お勉強を続けますわね」


 静かな書庫に、発声練習をするファイの声とニナの楽しげな声が響く。もともと口語としてガルン語を学習しつつあったファイ。学習を得意とする彼女にとって、音を文字に当てるだけの作業はひどく容易なもので――。


「ふむふむ、分かってきた。右が音で、左が口の使い方?」

「はい! さすがファイさん、理解がお早いですわぁ……! ではでは、こちらは?」


 ニナが指さした文字について、ファイは慎重に考える。


(このくるっとしたのは、舌を巻く動作。そこにウの音が付くはずだから……)


「ル?」

「正解ですわ! 正しい発音としては『ルー』でして、ガルンでは4を表すこともあります。ここに縮小点と呼ばれる記号を付けたウを書くと、もう少し口をすぼめた発音……ルゥさんのお名前になります!」

「これがルー、で、こっちがルゥ……。そっか」

「で、こちらがフーですわ」

「ふー? フー、フー……」

「も、もう少しお口をすぼめて……ん~~~っ! はいっ、最高ですわぁ♡ で、ではコチラもっ!」

「む、ムー?」

「きゃわぁぁぁ~~~♡」


 なぜかウの音ばかりを練習させられること、また、唇を尖らせるファイをうっとりとした顔で見つめるニナをわずかに疑問に思いながらも、ファイはガルン語の基本25文字の書きと読みを覚える。


 やがてリーゼが光輪についての情報を持ってくる頃には、文章や単語を読み上げること自体はできるようになるのだった。




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