第42話 探索者たちが、来たみたい
「なるほど。ルゥは、私の友達……」
友達。その関係性についてルゥから丁寧に教えてもらったファイは、噛みしめるようにしてその言葉を口にする。
聞けば、ファイがここに来た当初、ルゥもファイのことを“(恋)敵”だと思っていたらしい。だが、そもそもファイがそういう段階に無いことを知ってからは、手のかかる同僚――友人として、ファイを見てくれていたようだった。
(そういう段階が何かは聞いても教えてくれなかった、けど……)
自身に対してルゥが親しみを持ってくれていた。それも、従業員としての関係が終わった後のことを心配してくれるほど、深く。
幼いころからニナの側仕えとして彼女の面倒を見てきたからだろう。ルゥは面倒見の良い性格をしているとファイは思っている。そんな彼女の気質もあるのだろうが、ファイを個人として見て心配してくれている彼女の言葉に、ファイの胸がじんわりと温かくなる。
それはまるで、あの日、あの時、黒狼の組長に褒められた日の温もりとよく似ている。ファイにとって、自分がここに居ても良いのだと、そう言ってもらっているようだった。
(そっか。私は、ルゥの、友達……!)
心の中で呟いたファイの瞳と眉は美しい弧を描き、頬は赤く染まっている。全身全霊で感じる生の喜びに、否応なくファイの顔がほころぶ。
が、それを唯一、第三者として確認できる立場に居たルゥはと言えば、
「お願い……っ! 友達であることをわざわざ説明させられたみじめなわたしを、誰か殺して……っ」
ファイの正面。力なく地面にへたり込み、顔を手で覆ってすすり泣いている。おかげで、ファイは笑顔を見せると言う失態を自覚することも、誰にも悟られることもなく、道具に戻ることができたのだった。
目の前。地面にへたり込みながら、肩を震わせるルゥ。彼女からの指示に、ファイは眉尻を下げながらも応えることにする。
「ルゥ、殺してほしい、の? じゃあ――」
「嘘うそ! 冗談っ! 冗談だから、その振りかぶってる剣、止めてっ!」
艶やかな黒髪を振り乱し、懸命に指示の撤回を試みるルゥ。ファイを見上げるその顔は相変わらず羞恥心で真っ赤に染まり、青い瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「殺さなくて、良い?」
「当たり前! ってか、曲がりなりにも自分のことを友達って言ってくれる人を躊躇なく殺そうとするな!」
声を荒らげるルゥに、びくりと肩を震わせるファイ。すぐに自身の過ちを謝罪する。
「ご、ごめん、なさい……!」
その謝罪には、主人に捨てられまいとする恐怖があるのはこれまで通りだ。
しかし、それと同じくらい、友人だと言って自分のことを心配してくれるルゥに見捨てられることを恐れる心もある。が、どちらも見捨てられることへの恐怖であることには変わりない。そのため、ファイにとっては“いつもと変わらない恐怖”のように思えていたのだった。
そうして2つの恐怖心が含まれたファイの謝罪に、むしろ焦った様子を見せるルゥ。
「あっ、いや。ファイちゃんに冗談が通じないって言うのは分かってたし。そこまで落ち込まれると、わたしこそごめんっていうか……」
紺色の立派な巻き角を撫でながら、彼女も彼女でファイに謝ってくる。が、やはりファイとしては色々とルゥに訂正を要求しなければならない。
「……ルゥ。私は落ち込まない」
「え、いや、でも。さっきまでめちゃくちゃ“ごめんね”が顔に出てて――」
「私は、感情が無い。落ち込む、は、できない」
「え、あ、うん……。はい」
ずいっと顔を寄せて言ったファイの言葉に、ルゥがコクリと頷く。
「ついでに私への謝罪も必要ない。だって謝罪は――」
「人間にする物だから、だよね。はいはい、はいはい。あ~、もうっ! この子ほっっっんと、めんどくさ~~~っ!?」
頭を抱えて大広間の天井を見上げたルゥ。それでも立ち上がってファイと目線を合わせた彼女は、ファイを指さして自身の考えを言葉にする。
「言っとくけど。道具を大切にするのは、使い手……ファイちゃんが言うところの主人の役割だから。で、わたしは使ってる道具にも気を遣うし、ありがとうとかごめんねを言うようにしてるの。」
「うん……?」
何が言いたいのか。首を傾げたファイを、不意に、そっと抱きしめてきたルゥ。
「つまり、わたし達にもファイちゃんを心配させてほしいし、『ありがとう』と『ごめんなさい』くらい言わせて欲しいってこと。……分かった?」
ファイの耳元で、優しく囁くように言い含めてくる。
ただ、ファイは主人を煩わせたくない。ファイのことなど何も気にせず、考えず、ただ淡々と使って欲しい。
(じゃないと、私は弱いから。すぐに、心が出ちゃうから……)
道具でも何でもない。弱くて、無知で、何もない。空っぽな“自分”が出てしまう。
「でも――」
「分かった? 優秀な道具なら、ご主人様の言うこと、聞けるよね?」
反論しようとしたファイに、一転。強い口調で言葉を被せてくるルゥ。的確にファイの弱点をついたそんな物言いをされては、ファイとしてはもう頷かざるを得ない。
「……うん」
「ふふっ! なら、よろしいっ! ……って言うか、なんでこんな話になったんだっけ?」
「ルゥが私を心配してくれて、私が『どうして?』ってなって、えっと……」
と、流れのまま至近距離でファイがルゥと話していた時だ。
「ふぁ、ファイさん! ルゥさんとの距離感が、その……。ふ、不適切ではないでしょうかぁっ!?」
背後にリーゼを従えたニナが、茶色い髪を揺らして姿を見せた。眉を逆立てて、なにやらお怒りの様子だ。
例によってサッとルゥと距離を取ろうとしたファイだったが、ふと、ニナとリーゼが親しげに抱き合っていた光景が脳裏をよぎる。そして、次の瞬間には――。
「なっ!?」
「ファイちゃん!?」
「(ぎゅぅ~~~!)」
ニナの目の前で、ルゥの身体をぎゅっと抱き寄せて見せた。
「ふぁ、ファイさん!? な、なにをなさっているのですか……!?」
「ルゥは、私を友達って言ってくれた。友達は、仲良し。仲良しは、こうする。間違ってない、よ?」
ニナが言った“距離感”に問題が無いことを示して見せる。そんなファイの行動に対して目つきを鋭くしたニナが睨みつけたのは、ルゥだった。
「ルゥさん! 抜け駆けいたしましたわね!?」
「ニナちゃん、言い方! ……それに安心して。別にわたしはファイちゃんをどうこうって気持ちは微塵も無い。だから抜け駆けって言うのは語弊があるかな?」
「で、ですがっ! ファイさんの初めての友達という栄誉を……ファイさんの貴重な貴重な初めてを、奪いましたわ! そ、それも、2つもっ!」
「いや、だから言い方ね……って、2つ?」
1つ目は初めての友達についてだよね、と、ファイに抱かれながら人差し指を伸ばしたルゥ。
「けど、2つ目は……?」
「わ、わたくしの口からはとても……っ。ですがっ、ともすれば接吻よりも高度なあんな行為を、ファイさんと……」
何やらファイのことで憤慨したり恥じらったりしているニナの様子に、ようやくファイの胸にあったモヤモヤが消える。肩から力を抜きそっと抱擁を解いたファイを真正面、青い瞳で見つめてきたのはルゥだった。
「ファイちゃん。わたしが死んでたときに、何かした? もっと言うと、ファイちゃんが、わたしに、なにをしたの?」
その問いかけを受けて、ファイはルゥが蘇生する時に起きたアレコレを包み隠さず話して見せる。淡々と話すファイとは対照的に、説明を聞き終えたルゥの顔はニナにも引きを取らないほど赤くなってしまっていた。
「えっ。じゃ、じゃあわたし、ファイちゃんの唾液飲んじゃったってこと……!?」
頬に手を当てて目を白黒させているルゥの発言に、ファイは頷きを返す。
「そう。けど、ガルンでは他人の唾を飲むのは普通、だよね?」
「なんでそうなった!?」
「だってルゥもミーシャも、ニナの唾を飲んでた。衝撃的だったから、覚えてる」
「それは、そうだけど……。いや、でも、だからって普通……。いやいや、ファイちゃんに普通を求める方が間違ってて……」
「……あれ? 私、ひどいこと言われてる?」
必死で自分を納得させようとしているらしいルゥと、彼女の発言に疑問符を浮かべるファイ。他方、改めて当時の状況を思い出したのだろうか。ニナも「はうっ……」と情けない声を漏らしてその場にうずくまり、火照った顔に手を当てている。
そうして混沌とする状況をなだめたのは、リーゼだった。
太く立派な尻尾を地面に叩きつけ、大きな音を立てる。それだけで、うろたえていたニナもルゥも背筋を正し、直立する姿勢を取った。ファイも、リーゼが無言で放つ威圧感から目を離せない。
冷たい印象を与えてくる吊り上がった目元をさらに鋭くしたリーゼは、淡い青色の瞳をまずはルゥに向ける。
「ルゥ様」
「は、はいっ」
「ファイ様にどうしてあのような頓智来なガルンの常識が身につくに至ったのか。のちほどじっくりとお伺いさせていただきますね?」
「ひぃ……!」
リーゼの言葉と視線に、分かりやすく悲鳴を上げたルゥ。
「……返事は?」
「は、はいぃぃぃっ」
ルゥによる悲鳴混じりの了承の声に小さく頷いたリーゼは、続いてニナへと視線を向けた。
「お嬢様。新たな“可愛いモノ”に執着するのは結構です。が、今はこんなことをしている場合ではないのではないでしょうか?」
「はわっ!? そ、そうでしたわ! ファイさん、ルゥさん! よくお聞きくださいませっ!」
そう言って皆が傾聴できる空気を整えたニナは、
「ウルンでも指折りの探索者組合と言われる『光輪』の方々が、このエナリアにいらっしゃるようですっ!」
リーゼが帰還した理由を口にした。




