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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●戦うのは、得意……!

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第39話 いく、ね?




「〈ゴゴルギア〉」

「はわわわっ」


 魔法を唱えたファイが地面をつま先で叩くと、地鳴りが半球状の空間を襲う。悲鳴を上げたニナが跳び上がって空中に逃げている間に出来上がったのは、土塊(つちくれ)の巨大な人形だ。円筒と球とを組み合わせて作られた体長5mの人形が3体。空中に居るニナに向けて、拳を振り下ろす。


 ファイが踏みしめても割れない、この空間の石材――強頑石(カッチード)でできた土人形だ。ガルンでも屈指の硬度を誇る土人形の攻撃を、


「わぁ……! お人形さんも作れるのですわね!」


 空中で身を躍らせたニナが、回し蹴りで迎え撃つ。すると、1体の土人形の拳に入ったヒビは全身に広がり、次の瞬間には粉々に砕け散ってしまった。


 また、そうして崩れていく土人形が遺す巨大な破片を、ニナはファイに向けて全力で蹴り出す。その衝撃はすさまじいらしく、強頑石は一瞬して崩壊。破片は細かな小石となり、散弾と化してファイを襲った。


「〈フュール・エステマ〉」


 自身の周囲に強風の壁を纏い、散弾をやり過ごすファイ。風の魔法を解いた時、ニナは残った2体の土人形をただの岩塊へと変えていたのだった。


(これでもダメ……。となると、私の残された魔法は――)

「行きますわよっ!」


 汗一つかくことなく、再びファイに接近戦を仕掛けてくるニナ。当たれば必死の拳をどうにか避けながら、次の手を考えるファイ。


 魔法は色々と便利だが、全員が全部の魔法を使うことができるわけではない。魔法を使えること自体はウルン人に共通しているが、どのような魔法をどれくらいの規模で使えるのかには大きな個人差があった。


 そして誰がどの魔法を使えるのかは、完全に運だと言われている。ある日突然、脳内に魔法の文言と引き起こされる現象の()が流れ込んでくるのだ。『魔法の鍵』と呼ばれるその脳内画像が無ければ、たとえ魔法の文言を知っていたとしても魔法を使うことはできなかった。


 それは、たとえ白髪であっても同じだ。


 ファイも、数百、数千とあると言われる魔法の、ほんの一握りしか使うことはできないのだ。


(しかも、私の残りの魔法、規模が大きすぎて使い勝手が悪い)


 ファイが金色の瞳でチラリと見遣るのは、部屋の片隅。ファイとニナの戦闘を呆けたように見ているルゥ達だ。ファイに残された魔法は、彼女たちを巻き込む可能性が非常に高い。


 脳裏をよぎる、黒狼に捨てられた日の記憶。デデンという名の巨人族が投てきした斧から組員たちを守ろうと、普段は巻き込んでしまわないようにと封印していた魔法を使ってしまった。結果、やはり〈フュール〉の魔法で組員たちを吹き飛ばし、迷惑をかけてしまって、捨てられた。


 その記憶が、どうしてもファイに魔法の全力使用を躊躇させる。全力で来いというニナの指示に応えるつもりでありながらも、他者を――大切な人を傷つけるかもしれない。主を失ってしまうかもしれない恐怖が、最後の一歩を踏み出させてくれない。


(どう、しよう――)

「隙ありですわ」


 捨てられた日の記憶がよみがえったことで身体が硬直し、微かに反応が遅れてしまったファイ。そんな彼女の左肩を、ついにニナの拳が捕らえた。


 ファイの体内で響く、パキリという軽い音。その音は腕だけにとどまらず、鎖骨にまで響く。同時に聞こえるのは肉がつぶれるような湿った音だ。


「ぅっ」


 激痛に、たまらず顔をゆがめるファイ。悲鳴を堪えられたのは、日ごろから道具として振舞ってきたからだろう。ただし、どうしても痛みで体は硬直してしまう。その隙を見逃してくれるニナではなかった。


「トドメッ!」


 今度はファイの心臓の位置を目がけて、ニナが真っ直ぐに左の拳を突き出してきた。


 当たれば肋骨(ろっこつ)どころか心臓そのものを破壊されかねない小さな拳を、


「っ!?」


 ファイは地面を背に、膝を折ることでどうにか回避した。そして、胸の前にある伸び切った状態のニナの左腕を、まだ使える右腕で掴むと、


「わ……わわわ……」

「ふ、んっ!」

「きゃぁぁぁ~~~!」


 ニナの小さく軽い身体を天高く投げ飛ばした。


 感覚も加速している世界。錐もみ状態で空中を舞うニナとファイの目が合う。その瞬間、ニナが浮べたのは笑顔だ。


 挑戦的でありながら、ファイに大丈夫だと語りかけるような。ニナがいつもファイに見せてくれる、見ているだけで安心し、笑顔になることができてしまう微笑み。


 その温もりを受けて、ファイの中にある恐怖が解けていく。


(そっか。そうだよ、ね……)


 思えば、ファイがこの戦闘で最も恐れるべきは、迷惑をかけることではない。主人たるニナに、ファイが弱いと思われてしまうこと。


 つまり、戦う道具としても使えないと思われてしまうことを恐れるべきなのだ。


 ニナにとって庇護の対象である限り、彼女はファイを道具としては使ってくれない。時に心配し、時に配慮して、命ある人間として扱ってくることだろう。実際、これまでがそうだったように。


(けど、この勝負に勝てば……。ニナより強いって、証明できたら。道具として雑に扱ってって、もっとちゃんと言えるようになる、はず!)


 ガルンの文化で育ってきた彼女であれば、自分より強い存在の言うことを聞いてくれるはずだ。


(つまり、私の言うこともちゃんと聞いてくれるようになる!)


 自分は守られる存在ではない。遠慮も心配もしなくても良い、ただの道具であること。それをこのエナリアで働く人々に周知徹底するためにも、ファイはニナよりも強くなければならない。


「ニナ。……いく、ね?」


 そう言ったファイの顔を見て、大きく目を見開いたニナ。


「ふぁ、ファイさん……!? いま、笑って――」

「〈ファウメジア〉」


 ファイが呟いた瞬間、半球状の空間の気温が一気に低下する。床や壁、天井には一瞬にして霜が降り、ファイの吐く息が白く染まるようになった。


 そしてファイが1歩歩みを進めた瞬間――




 世界が音を立てて凍り付いた。




 あらゆるものが氷に覆われ、大小の氷柱が突き立つ。その時にはもう、地面に居たルゥやミーシャは氷漬けとなり、透き通った氷の中にとらわれて動けなくなっている。


 さらにファイが1歩歩みを進めると、今度は氷の世界に無数の花が咲き誇った。


 各所から突き出していた氷柱が、氷でできた6枚の花弁(はなびら)を持つ花に姿を変えたのだ。


 ファウメジア。それは、雪国にだけ咲く白い花だ。その花を模した美しい氷の花園が、ほの暗いエナリアの底に広がる。


「きれい、ですわ……」


 ただ感嘆するように、言葉を漏らしたニナ。宙を舞って大きな隙を晒しているというのに余裕を見せる彼女に、ファイは畳みかける。


「〈ヒシュカ〉」


 気温が下がり作りやすくなった氷で無数の槍を創り出す。ただ、ニナのことだ。この程度の攻撃には必ず対処してくる。そう確信しているファイは、さらなる魔法を使用する。


「〈ヒシュカ・エステマ〉」


 唱えた瞬間、〈ヒシュカ〉で作り上げた槍とは異なる、大質量の氷の塊が空中に出来上がる。そして、槍と氷塊が完成した瞬間、その全てをニナへ向けて射出した。


 対するニナは、


「せいっ!」


 回し蹴りの風圧だけで、氷の槍のほとんどを粉砕。巨大な氷塊に関しても、回転の勢いを使用した殴りつけで簡単に砕いてしまう。


「氷の魔法! きれいですわね、ファイさん!」

「ありがと、ニナ。――でもまだ私の番、だよ?」

「ふぇ?」


 宙を舞っていたニナが着地したその瞬間、彼女を囲うようにして氷の壁がそそり立つ。よく見ればそれも花弁を模した氷で、一瞬してニナを捕らえる氷の檻と化す。さながら、開花を待つ花の蕾のようだ。


 厚さ10(セルチメルド)。薄くとも、常人ならそうそう割ることができない氷の花弁。だが、もちろんニナは拳1つで穴を開けてしまう。


(知ってた。……でも!)


 ファイがニナに向けて指先を振った次の瞬間には再びニナを覆う花弁が出来上がり、彼女を捕らえる。しかし、それも破壊されてしまう。


「まだまだ」


 破壊されては再び形成される、氷の蕾。再生成されるその度に花弁は厚く、青くなっていく。やがて花弁はニナをもってしても一撃で割ることができなくなり、ついには――。


「きゃっ!?」


 ニナの拳を受けても、ヒビすら入らなくなったのだった。


 その時の花弁の分厚さは3m(メルド)。ファイが〈ファウメジア〉の魔法で作り上げることのできる花弁の最大の分厚さだった。


(けど、捕まえた。こうなれば、あとは、時間の問題……)


 蕾の内部は極寒の密閉空間だ。時間を経るごとに内部の生き物の動きは緩慢になり、やがて死へと至らしめる。その時にようやく、ファウメジアの花は咲き誇る。まるで中にいる生物の死を養分とするかのように。


(お願い、ニナ……。早く降参して)


 さもないと、真っ先に凍ったルゥやミーシャも凍死してしまう。


 ニナであれば、勝負の行方はもちろんだが、ルゥたちの命を優先するだろう。そう判断したファイが、ニナに投降するように口を開こうとした時だった。


 面接のときに開閉していたガルンに続く巨大な扉が、突如、破壊された。その衝撃で、扉を覆っていた氷が甲高い音を立てて砕け、キラキラと宙を舞う。


 何事かとファイが目を向けてみれば、空中を浮遊する侍女服姿の女性が居た。


 金色の髪に青い瞳。前方に突き出した角を有することからガルン人、それも()(つの)族の女性であることが分かる。


 服装からして、またしてもこのエナリアの関係者だろうか。そんなことをファイが考えていると、宙に浮いていた女性が大きく息を吸い込むような仕草を見せた。途端、ファイの全身に怖気が走る。本日二度目となる“死”の気配だ。


「――っ! 〈ヒシュカ・エステマ〉!」


 ファイが、魔素の残りなど気にしない、全身全霊でもって分厚い氷の盾を創り出した次の瞬間――。


 極寒の世界から一転、岩をも溶かす灼熱が大広間を満たした。




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