第35話 戦いの、予感?
さかのぼること、数時間前。
「この石が暗くなるまで、休養に努めてくださいませ!」
ニナにそう言われてぼんやりと光る石を渡されたファイ。それは時計石と呼ばれ、一定間隔で明滅する不思議な石だ。ウルンではこの石が自転の周期と一致していることで知られており、この時計石の一度の明滅がウルンでの“1日”の基準となっている物でもあった。
そうして、言われた通り時計石が暗くなるまで睡眠と“待て”をしていたファイ。時計石が完全に光を失うや否や、部屋を飛び出す。そして、ニナの待つ執務室へみれば、なにやら話し込んでいるニナとルゥの姿があったのだった。
「ニナ?」
「あら。おはようございます、ファイさん!」
「おはよ、ファイちゃん」
ファイに挨拶をしながら、持っていた資料を引き出しへとしまったニナ。どうやら書類仕事を片付けていたようだった。
「うん、おはよう、ニナ。ルゥも」
後ろ手に扉を閉めながら挨拶を返したファイは、早速。
「私は何をすればいい?」
自身への指示を求める。休養という名のお預けを食らっていた今のファイは少しだけ、積極的になっていた。
そうして“自主性”を覗かせるファイに、2人して顔を見合わせてクスッと笑ったニナとルゥ。そのまましばらく2人で話していたかと思うと、ルゥがファイに向き直った。
「これからファイちゃんには、わたし達と戦ってもらいます!」
食事を済ませ、部屋を移動したファイ。ニナ達に連れてこられたのは、20層にある大広間だ。硬い岩盤を半球状にくりぬいたその場所は先日、ニナが面接場所として使っていた場所でもあった。
「ここはガルンでも有数の硬度を誇るカッチードと呼ばれる石でできておりまして、戦闘訓練はもちろん強力な魔獣の調教などにも使われる、多目的室でもあるのですわ」
「ついでに。ガルン側にはこのエナリアの出入り口がいくつかあるんだけど、ここは一番大きい入り口だったりします」
この部屋について改めて説明をしたニナとルゥ。彼女たちを含め、この場に居る全員が動きやすい服装に着替えていた。その理由こそ、先ほどルゥがファイに言ったもので――。
「ここでニナ達と戦う、の?」
「はいっ!」「うん」「ええ」
コテンと首を倒したファイに、ニナ、ルゥ、ミーシャの順で頷く。
「以前も説明いたしましたが、ガルンでは基本的に力こそが全てなのです。自分より強いものに従う。自分の身体も、あらゆる権利も、全てを捧げる。それが、ガルンでの常識なのですわ」
指を立ててそう言ってきたニナ。
「つまり、ガルン人にとって力関係(物理)は非常に重要なのです。誰に従い、誰に従わなくて良いのか。それを、わたくし達はこうした決闘で見極めるのです」
「なるほど……」
つまり、このエナリアにおける自身の立ち位置を決めようという話なのだろう。
「ついでに、ニナちゃんのエナリアにおける主な面々の序列はこうだよ!」
そう言ったルゥが手元の紙を広げて見せる。そこには、ガルン語で名前と思われるものが羅列されていた。
『リーゼ・ハゥゼレン・ブイリーム ≧ ニナ・ルードナム > ムア・シュエラム ≧ サラ・ティ・レア・レッセナム > 下層の魔物 ≧ わたし(ルゥ) > 中層の魔物 ≧ ユア・シュエラム ≧ 上層の魔物』
まだ字を読めないファイのために、序列を読み上げてくれたルゥ。中にはファイがまだ聞いたこともない名前も多くある。恐らく、ニナが言っていた6人の管理職に居る人々なのだろう。
「今回ファイの実力を確かめて、この先のお仕事の割り振りも決めるんですよね、ルゥ先輩?」
「ミーシャちゃんの言う通り! で、強い方が任せられる仕事の幅も広がる。だから働きたがりのファイちゃんは、手加減なしで戦うことをお勧めします」
「分かった。頑張る。……けど」
ミーシャとルゥによる補足に、コクリと頷いたファイ。一方でファイの注意はすぐに別のところに向く。
(リーゼ……。ニナより強い人が、居る……)
強さの序列で、ニナよりも先に名前が挙げられている人物が居る。その事実に、無意識に冷や汗をかいてしまうファイ。
(竜を素手で倒しちゃうニナですら、ウルンで言うと赤色等級以上の魔物。それよりも強いってことは、リーゼって人は、間違いなく黒色等級)
黒色等級の魔物。それは、たった1人で国1つを壊滅させられる実力を持つとされている黒色等級の探索者が複数人居ないと倒せないとされる魔物だ。そんな存在が、ここ“不死のエナリア”には居るというのだ。
(階層も20層ある。つまりニナのエナリアって、赤色等級なんかじゃなくって――)
国が総力を挙げても攻略できないかもしれない。そんな黒色等級のエナリアであることに、この時ようやくファイは気付いたのだった。
「ファイさん? どうかされましたか?」
「……ううん、何でもない。それより、ミーシャの名前は無い、の?」
管理職に居る人物が6名だと聞いているファイ。そして先ほど挙げられた名前も6人。その中に、ミーシャの名前が無かった。てっきり彼女もエナリアにおいては重要人物だと思っていたファイの問いかけに、ニナが苦笑する。
「ミーシャさんは、他の方をまとめるには、その……」
そこで言葉を止めたニナの言葉の続きを、ファイが容赦なく引き継いだ。
「弱い?」
「……っ!」
ファイがその言葉を口にした瞬間、真っ赤な顔をしたミーシャがファイを見てきた。眉を逆立ててこちらを見つめるミーシャの顔には、恥ずかしさや怒り、情けなさなど、様々な感情が浮かんでは消えていく。
「あはは……。さっきも言ったけど、あるていど実力が無いと住人の人も魔獣も言うことを聞いてくれないから。だからミーシャちゃんは、見習いってところかな」
ついでにミーシャちゃんの立ち位置はココ。そう言ってルゥが指し示したのは、上層の魔物と同じ位置。つまり、エナリアの序列における最下層の位置だ。
その説明を受けたうえで、改めてミーシャを見つめるファイ。
「……な、なによ! なんか文句でもあんの!?」
涙がこぼれないよう上を向き、それでも気丈にファイを睨みつけてくるミーシャ。必死に強がる彼女の姿に得も言われぬ愛らしさを感じたファイは、泣きそうなミーシャをぎゅっと抱きしめることにした。
「んにゃ!?」
「よし、よし?」
ニナやルゥがしていたことの見よう見まねで、ミーシャの頭を撫でる。最初は驚いた声を上げて抵抗していたミーシャも、ファイの腕力に敵わないことを悟ったのだろう。
「あんたのどこが道具なのよ、バカ」
文句を言ったかと思えば抵抗を諦め、緩やかに尻尾を揺らしたまま立ち尽くしていたのだった。
(ふむ……。これが、力の上下関係……?)
強ければ、相手を思うままにできる。そんなガルンの文化を感じながらファイがミーシャを抱いていると、不意に視線を感じた。見れば、何とも言えない顔でこちらを見つめるニナの姿がある。
「ニナ。どうかした?」
「……ふぁ、ファイさん。意地悪を承知で質問なのですが、その……」
言うか言うまいか数秒だけ悩んだらしいニナが、それでも口を開く。
「ミーシャさんを“自分から抱きしめること”は、道具であるあなたにとって、て、適切なのでしょうかぁっ!?」
「……あっ」
ニナにそう指摘されて、反射的にミーシャの抱擁を解いたファイ。明らかに道具としての振る舞いを越えた行動であるかもしれないことを自覚したからだ。
金色の瞳をさまよわせ、必死に合理的な理屈を探すファイ。
「ち、違う……よ? ニナ。これは……そう。主人が求めているものを私が考えて、行動した結果」
「ふ、ふぅん? そうなのですわね。それではファイさん。わたくしの願望も察して、叶えてくださいませ」
そう言ってニナはファイに正対すると、大きく両腕を広げて見せた。
「……?」
彼女が何を求めているのか、思考を全力で稼働させるファイ。だが、彼女が答えを出すよりも先に動いたのは、ニナと長年一緒にいるらしいルゥだった。
「あぁん♡ ファイちゃんとミーシャちゃんの“仲良し”に妬いちゃったんだよね!? 人肌が恋しいんだよね、ニナちゃん! だからわたしがギュってしてあげるね!」
「はわぁっ!?」
興奮した様子のルゥがニナを抱きしめる。
「ニナちゃんのこと誰よりも理解してるのはわたしだもんね! はい、ぎゅ~~~っ!」
「わぷっ!? 苦し………お胸で……その大きなお胸のせいで、わたくし死んでしまいますわぁ~~~っ!」
助けを求めるニナの声に反応したファイが、素早くニナとルゥとを引きはがす。
「ルゥ。ニナが死んじゃう」
ニナを抱えたままわずかばかり目線を鋭くしてルゥを見たファイ。対するルゥも、挑発するように細い尻尾を揺らしながらファイを見降ろしてくる。
「ふ~ん? じゃあ、ほら。ニナちゃんがどっちのものなのか。ついでに、ファイちゃんがわたしに言うことを聞かせられる立場にあるのか。早速決めよっか?」
「……望むところ」
こうして、ファイとルゥの決闘が幕を開ける。
「わ、わたくしの意思はどこに……」
そんな、ニナの混乱の声を置き去りにして。
※いいねでの応援、本当にありがとうございます。とても励みになります。いいねの数も参考にしながら、各話の良し悪しを判断させていただこうと思います。




