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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●家畜を、育てよう

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第322話 今度こそ言わない、と!




 家畜となるモゥブル達の世話をしながら、畜産のイロハを学んだファイ。


 あれこれ丁寧に教えてくれたミーシャだが、もともとはニナのもとへ菜園に関する資料を届けに向かっていた最中だ。


「じゃあね、ファイ。また後で顔を出すつもりだけど、それまで頑張りなさいよ」

「ん。大丈夫」


 モゥブル達の乳搾りが終わったことを機にミーシャと別れ、ファイは改めて放牧場の整備を進める。


 差し当たりファイがしなければならないのは草刈りだ。


 3mを超える背丈の草をかき分け、モゥブル達から距離を取ったファイ。


「〈フュール・エステマ〉」


 風の魔法で自身を浮かせ、地上10mほどの位置から放牧場の全容を把握することにする。


 足元のやや後方。モゥブル達に驚いた様子が無いことを確認したファイが顔を上げると、そこには一面の草原が広がっていた。


 放牧場は、ファイが思っていたよりもずっと広かったらしい。遠く向こうの壁を見通すことはできず、奥行きは3㎞以上あるだろうか。


 ただし天井の高さや空間の幅は場所によってまちまちで、エナリアの裏でよく見かける、人工的な半球状の空間ではない。いくつもの部屋を掘削してつなぎ合わせたような、少し歪な造りになっている。


 そんな巨大な空間を埋め尽くすのが、植物の緑色だ。


 およそ全域が3mほどの下草に覆われていて、風を受けて気持ちよさそうになびいている。所々に木も生えていて、将来、動物たちが木陰で休息する姿がありありと浮かぶようだ。


 さらに草原には小さな泉も点在していて、家畜たちの水飲み場として活用されていたに違いない。


 第7層の表にある大樹林とはまた違う、のどかな景色が眼下に広がっていた。


 心なしか時間がゆっくりと流れているようにも思える景色を堪能しながら、フヨフヨと空中を移動するファイ。


 部屋の広さと景色は確認できた。次に彼女が探すのはモゥブル達の家、つまりは厩舎(きゅうしゃ)だ。


 まずはその厩舎を復旧し、入り口付近に居るモゥブル達を移動させてあげなければならない。


(きゅうしゃ、きゅうしゃ……)


 恐らく建物だろう厩舎を探してさまようこと、少し。


「アレ、かな……?」


 遠く。放牧場の入り口からでは影になって見えないだろう場所に、建物群を見つける。


 広くて大きい建物が1つ。鉄柵や餌箱などが置かれているため、アレがモゥブルの暮らす厩舎だろうか。その隣には民家らしきものがあり、家畜の世話をする人々の住まいだろうことが想像できた。


 ただ、それ以外にも謎の施設がいくつかある。


(確か、ニナ。家畜を殺す場所、とか。お肉を切り分ける場所、とか。他にも牛乳を貯めたり、牛酪にしたりする場所もあるって言ってた……?)


 果たしてあの建物たちのどれが、どんな役割を持っているのか。ファイにはてんで分からないが、このエナリアにはまだまだ未知の施設達が眠っていそうだった。


 ひとまず、建物や設備の状態を確かめようと建物群の方に移動するファイ。


 使えるかどうかは分からない部分も多いだろうが、例えば経年劣化で崩れていたり、どこかが壊れていたりといったものはファイでも分かる。


 先ほど、ロゥナはどれくらいの金属が必要になるのか懸念していたように見えた。


 日ごろから、陰でお世話になっている彼女が見積もりを立てやすいように、と。ファイなりに考えての行動だった。


 そうして建物との距離が近づき、設備の敷地が鮮明に見えてきた頃。ファイの目が、敷地内で動く影を捉える。


“ソレ”との距離は100mほど。白髪として常人よりも優れた目を持つファイだ。普段であればもう少し遠くからでも対象を補足できる。


 にもかかわらず、ファイがここまで接近してからしか存在に気づけなかった理由。それは、動く影が非常に細身だったからだ。


 いや、細身などという話ではない。ソレには一切の肉がなく、骨だけの存在になってしまっている。


 動く骸骨。幽霊、もしくは幽霊族と呼ばれる存在だ。


 くだんの骸骨はファイに気づいていないらしい。膝で陽気に拍を刻みながら、一輪車を押している。もし唇があれば、口笛を吹いていそうなほどだ。


(「幽霊」は、知能が低くてあんなことしない。つまり、アレ……ううん。あの子、は、きっとガルンの「幽霊族」)


 かつて、探索者の死体が発見されていないことから「同僚として幽霊族が一緒に働いているのでは?」と予感していたファイだ。


 会えることを秘かに楽しみにしていたこともあって、金色の瞳がきらりと輝く。


(でも急ぐ、は、ダメ。私はウルン人で、幽霊族はガルン人。敵って思われちゃうかも、だから)


 かつて敵だと勘違いしたミーシャに刃を向けられたこと覚えているファイ。過去からきちんと学ぶ彼女は、好奇心をぐっとこらえ、慎重な行動を心掛ける。


「おーい、おーい」


 相手を驚かせないよう、また、驚かせて攻撃されても対応できるよう、上空から声をかけながら近づいていくファイ。


 すると、ファイの声が聞こえたのか、何かを感じ取ったのか。骸骨がこちらを振り返る。そして、ポカンとしたような顔でファイの姿を見上げていたかと思うと――


「(ガシャン!)」


 ――まさにファイが「あっ」という間だ。人としての形を保っていた骸骨は一瞬にして崩れ去り、ただの骨の山に変わってしまう。幽霊族の本体が骸骨から抜け出してしまったのだ。


 しかし、ファイは諦めない。実体を失った幽霊族はまだ、すぐそばにいるはずなのだ。


 実際、骸骨が崩れ去ったその場所からは、緑色の淡い燐光が舞っている。この光こそ、幽霊族を構成する高密度のエナの塊だ。


「わ、私はファイ! ウルン人だけど、ここの従業員。戦わない……よ!」


 苦手ながら精いっぱい声を張って、自分に敵意がないことを伝える。


 だが、ファイの努力むなしく、どれだけ待ってみても骸骨が再び動き出すことは無い。サワサワと、草木が揺れる音が聞こえるだけだ。


「……あぅ」


 接触方法を間違えて、驚かせてしまっただろうか。つい肩を落としてうつむくファイの視線の先には、“幽霊族だった骨”がある。


 幽霊族は、生前に縁が深かったものを動かすことができるとミーシャは言っていただろうか。だとすると、この骨こそが幽霊族の生前の肉体の一部だったのだろう。


 化石と同じようにこの骨をピュレ葬してしまうと、幽霊族の従業員が使える“身体”がなくなってしまうかもしれない。


(しばらくしたら戻って来るかも……。だったら)


 驚かせてしまった代わりに、せめて骨をそれっぽく並べておくことにするファイ。意味があるかは分からないが、少しでも謝意を伝えられたらファイも本望だ。


 しゃがみ込んだファイは、骨を順に手に取っていく。と、その時だった。


 天井の夜光石の光を受けてきらりと輝くものがあることに気づく。


 ファイがそれをつまみ上げてみると、髪の毛だ。薄い黄緑色の長い髪が落ちている。それも、1本だけではない。2本、3本と、細く艶やかな髪の毛が骨に絡みついていた。


 驚くべきは、1本1本の髪の長さが優に5mを超えていることだろう。きっとお風呂場ではかなり時間をかけて髪の手入れをしなければならなくて――


「……!?」


 ――突如、ファイの身体が、大きく震える。


 お風呂場。黄緑色の長い髪。何か、思い出してはいけないものを思い出しそうになっている気がするファイ。本人も意図しないところで身体は震え、奥歯がカチカチと音を立てる。


(これ、良くない……!)


 このまま緑色の髪の毛について考えていると、完全に弱い自分――心――が露呈してしまう確信がある。


「その……驚かせてごめん、なさいっ!」


 ほんの少し。わずかに目端に涙を浮かべながら謝罪の言葉を口にして、そそくさとその場を後にするファイ。


 ひとまず骨と髪の毛のことは置いておいて、ファイは各設備の老朽具合を確認することにしたのだ。


 だが、先ほどの幽霊族の従業員が手入れをしていたのだろうか。十数年放置されていたにしては、どの建物も驚くほどにきれいだ。


 厩舎と思われる建物もそれは変わらない。硬い石材と鉄柵で区分けされたどの区画も、荒れ果てたという印象は受けない。小ぎれいで、草で寝台を作ってあげれば、今すぐにでもモゥブル達が暮らせそうに思える。


 施設があるこの一帯だけ草が生い茂っていないのもそうだ。


(さっきの幽霊族の子、が、頑張ってくれてた……!)


 その後ざっと見て回った施設も、(つた)が生えていたりはしたものの、極めて保存状態が良かった。


 こうなってくると、俄然、ファイは先ほど見かけた幽霊族の女性に会ってお礼が言いたくなる。


 そもそもファイが彼女に会いたかったのも、長年にわたってニナの夢を陰から支えてくれていたからだ。


 探索者の亡骸に憑依して移動させたり、できる限り各施設をきれいにしてくれていたり。以前はファイの推測でしかなかった幽霊族の存在も今や、こうして現実のものになっている。


 だとするなら、ニナの道具であるファイは幽霊族の女性にきちんと「ありがとう」と言わなければならないはずなのだ。


「……ふぅ」


 最後に状態を確認した謎の施設のすぐそば。小さく息を吐いたファイは、先ほど骸骨を見かけた場所に戻ることにする。


 怖くないと言えば、嘘になる。なにせ、自分がなぜ「怖い」と思っているのか、ファイは理解できていないからだ。原因が分からないのから、対処のしようもない――こともなかった。


(――私は、道具。大丈夫、怖くない)


 客観的評価はともかく、ファイは自身の心の制御には自信がある。喜びも悲しみも、怒りも恐怖も。あらゆる感情を自身の中に閉じ込められると確信している。


 また、先ほどと違って今のファイには「ニナの代わりに『ありがとう』を言う!」という使命感がある。頑張る理由があれば、ファイ・タキーシャ・アグネストはいつだって強い自分――道具――になることができる。


 気持ちを新たに、先ほど幽霊族の女性と会った場所に戻るファイ。


 怖い。怖くない。怖い。大丈夫。怖い。自分は道具。


 理性とは裏腹に早鐘を打つ心臓。その左胸の辺りできゅっと拳を握るファイがたどり着いた先には――


 ――三角座りをしながら地面に指で文字を書く、奇妙な骸骨の姿があった。




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